懐かしの服
「夕桜様、本日のお召し物はいかがなさいますか?」
ノクトとのやり取りが頭から離れず悶えるしかできないわたしに、セツナがそう声をかけた。
手で覆っていた顔を未だ羞恥に歪めながらセツナに向けると、目に映った光景に自然と顔から力が抜けていき、呆然とした。
開け放たれたクローゼットの扉の先は、奥行も広さも想像以上だった。セツナに促されるまま、そのウォークインクローゼットの中に入ると、一部屋分の広さがあり、唖然とするしかない。
それもそこに並んでいる多種多様なドレスは、どれもデザインが繊細な上に肌触りもよく、それに合わせてドレスと対になった靴もあり、デザイナーの拘りを感じる。
それこそ、おとぎ話に出てくるお姫様が着るようなのもあれば、どちらかと言えば動きやすさ重視のものもあり、丈の長さや色も幅広かった。
ネックレスや耳飾り、指輪といったアクセサリーに関しては、煌びやかな宝石がふんだんに使われたのもあれば、大きな宝石が一つ鎮座しているもの、逆にさり気なく宝石が施されているにも関わらず光を反射し存在感を示すものもある。
要は、容易に触れることが
そんな中、一際目を引くものがあった。
絢爛豪華さを感じざるを得ない中、それは質素かつ異質なデザインで、それでいて馴染み深いものだった。
見覚えのある、いや、見覚えしかない服。ブラウンのゆとりのあるデザインをしたニットと、ボリュームのある薄いピンクのチュールスカートに、黒のショートブーツ。それと、桜のイヤリング。
それらは、前の世界にいた時のお気に入りのコーディネートで、よく着ていたものだった。
「それにしますか?」
思わずじっと見つめていたわたしに、セツナがそう問いかけてくる。わたしは、なぜここにこの一式があるのか疑問に思いながらも、セツナの問いに頷き、久々に元の世界の服を身にまとった。
部屋を出て廊下に出ると、廊下の長さに反し、扉の数が少ないような気がした。
少ない代わりに扉同士の距離はあいており、一つ一つの部屋が広いことが予想できる。実際、今自分が使わせてもらっている部屋もとても広い。一般的なマンションの一室よりも広く、そこで普通に暮らせそうなほどだ。
「ここは元々ノクティス様専用のフロアとなっております。ノクティス様のお部屋や執務室を始め、ノクティス様以外の者の入室及び使用が禁止された部屋などもございますので、このフロア自体、限られた者のみが立ち入りを許可されております。恐らく、この後ノクティス様からこの魔王城をご案内頂く際に、詳しくご説明下さると思います」
辺りを忙しなく見回しているとセツナがそう話してくれた。
そんな重要なフロアに自分の部屋があるということにも驚きだが、その部屋の中にはわたし用にセッティングされた家具や衣服があそこまで揃っているのにも、驚きを通り越して違和感を感じざるを得ない。
(わたしの名前も知っていたし、あの部屋にはわたしの元の世界の服もあった。わたしは、過去にノクトと出逢ったことがあるのかな……。ここにも、来たことがある……?)
そんなことを考えているうちに、気づけば別の扉の前にいた。場所的には自分の部屋の隣にある扉だ。
セツナが数回ノックをして声をかけると、中からノクトの声が聞こえ入室を許可される。
中に入ると、中央に位置するシンプルかつシックなデザインの机に両肘をついて手を組み、机と同じデザインの椅子に腰かけたノクトがいた。その横にはアベラルドと呼ばれていた褐色肌の男が腕を組みながら壁に寄りかかるようにして立っている。
褐色肌の男の伏せがちだった視線が徐々に持ち上げられ、わたしを捉えた途端大きく見開かれる。比例するように開いた口から何か発せられようとした瞬間、「夕桜」とノクトが遮るようにわたしの名を呼んだ。
ノクトに視線を向けると、彼はこちらに歩み寄り真正面まで来ると、そっとわたしの頬に触れながら微笑む。
「良く似合っている。その服も、持ち主との再会に喜んでいるだろうな」
そう言うノクトの目は、どこか懐かしむようにわたしを見つめていた。
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