現実離れした幼きメイドの少女

 食事を終えてからというもの、再び抱きかかえられ連れてこられたのは、薄い桃色と白を基調とした可愛らしくも落ち着いた部屋だった。ノクト曰く、わたしのために特別に用意した部屋らしい。


 そして、部屋に入ってすぐのところに、メイド服を着た一人の少女が立っていた。


双子が着ていた執事服とお揃いであろうメイド服は、襟と袖口が白い、黒を基調としたワンピースで、袖口とワンピース上部の前を留める金色のボタンが服全体の雰囲気を引き締めている。

 腰から下には、フリルが施されたワインレッドのエプロンがワンピースのスカートを覆っており、上品な色合いの中に女性らしさを感じさせる。首元のフリルリボンを留める銀色のブローチには、やはり何かしらの模様が描いてあるようで、はっきりと見えないものの、その模様は双子のものとは違うようだった。


 そんなシックなデザインのメイド服を着ているのは、小学校高学年くらいの少女。透けるように真っ白な髪を後ろで編み込んでまとめており、晒されている首も雪のように白い。何よりも印象的なのは、目を覆い隠す包帯だった。


 そんなちぐはぐに感じるはずの出で立ちが、妙に現実離れした雰囲気で正当化されているのか、違和感が仕事をしない。

 

「ミア、彼女が君の専属メイドになるセツナだ。君の生活のサポートをしてくれる。それにいざという時は、生活面以外でも君を助けてくれるだろう」


 ノクトの紹介に合わせ、少女は両手でスカートをつまみ軽く持ち上げると、腰を少し落とし会釈をした。

 その動作にぎこちなさはなく、むしろ滑らかで慣れを感じさせる。

 表情からも緊張や不安、それらによる強張りは見受けられず、むしろ優雅ささえ感じるほどの柔らかな微笑みを浮かべ、落ち着いている様子だった。

やはり、見た目から見受けられる年齢に似つかわしくない立ち居振る舞いだ。


 そんな少女を見て逆に緊張してしまったわたしは、どもりながら「よろしくお願いします」と返すことしかできなかった。

 わたしのほうが五歳以上も年上だというのに、抱きかかえられたままの体勢で挨拶することのなんと恥ずかしいことか……、わたしは思わず頭を抱えた。


 しかしそれを“そんなこと”と言えてしまうほどに、その後わたしはそれ以上の居た堪れなさを感じざるを得なくなる。



 ノクトの腕の中から漸く解放されたわたしを待っていたのは、小学生くらいの少女に、着替えやらお風呂やら髪のセットやらといった諸々のお世話をされるという、申し訳なさと恥ずかしさで困惑を極める事態であった。


 今まで奴隷として生きてきたわたしにとって、そもそも他者にお世話されるということ自体に不慣れで申し訳なさを感じるし、他人に裸や無防備な姿を晒すという行為に恥ずかしさと共に、不安と恐怖に近い感情から抵抗を感じる。


 しかしそのお世話をするのが目に包帯を巻く大人びた子どもだというのだから、“どうして目に包帯をしているのに、難なく動けているのか”とか、“その小さい体で大変じゃないのか”といったことが頭を過っては、“大人びた子だとはいえ、初対面でタメ口はよくないのでは? いやでも子どもだから逆にタメ口のほうが親しみやすいのかも”とかも考えて接し方や話し方自体迷走するしかない。


 困惑しながら自分でやると訴えてみるものの、何を言っても少女が手を止めてくれることはなかった。最終的には「これが自分の仕事ですので、どうか仕事を奪わないでくださいませ」と穏やかながらも懇願するように言われてしまっては、こちらが折れるしかない。


 抵抗を諦め、わたしはされるがままに、彼女に身を任した。


 一通り終わってベッドに入ったわたしは、これまでと違い精神的な疲労を強く感じていた。少女から受けるお世話の他に、今日一日があまりに濃密すぎた。


 闇オークションに出品され、奴隷としてどこぞの富豪に買われるかと思っていた最中、自分を買ったのは魔王で、魔王城に来てみれば御伽噺のお姫様かのような至れり尽くせり――、夢の中だと言われたほうが納得できてしまう。


 そもそも異世界転移をした身としては、今この場にいる自分というものが曖昧に感じるからか、“夢”自体の境界線がよくわかっていない。これから寝ようとしている今の行動も、不思議に感じてならない。


 とは言っても、わたし一人では有り余るほど広いベッドに横たわり、その柔らさと温かさに身を委ねれば、ベッドに吸い込まれるように疲労が溶けていき、同時に睡魔が押し寄せる。


 夢と現実の間を彷徨っていると、隣に誰かが来て頭を優しく撫でた。


「ゆっくりおやすみ。良い夢を」


 穏やかで心安らぐ落ち着いた低音が、わたしを夢へと見送る。

 微睡む意識のなか、視界に入った月の光に煌く銀色がとても綺麗で、もっと見ていたいと思うものの、そんな意思に反してわたしは夢の中へと入っていった。



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