第一章

第1話

アレスとアテナ

 ノクトは大通りに出たところで辺りを見回すと、小さく息をつく。すると一瞬にして視界が彼の髪を彷彿とさせる銀色一色になり、驚きに瞬きをした次の瞬間には景色が変わっていた。なおの事瞬きが繰り返される。


 瞬きする前までは涼し気な風を感じ空が見えていたというのに、今ではノクトの美貌の先に絢爛豪華なシャンデリアが視界に映った。

 辺りを見回せば、風とは無縁の一切の隙間が無い、何でできているかわからない壁。その壁伝いに灯っている底冷えしそうなほどに青白く揺れる火。

 ノクトの背後に目を向ければ、両開きの大きなドアがあり、ここが所謂お城の玄関ホールなのだと知る。


 つまりはこの一瞬で魔王城に着いてしまったらしい。まだ心の整理も準備もできていないというのに……。わたしは思わず緊張に体を強張らせた。

 するとそれに気づいたらしいノクトが安心させるように小さく微笑み、子どもを宥めるように優しい口調で言う。


「安心しろ、ここにお前を害する奴はいない。それに俺がついている。だからそう怖がるな」


 その言葉に緊張が少し解れたのも束の間、ノクトが「アレス、アテナ」と口にすると、突如目の前に分身の如くよく似た容姿をした二人組が現れた。


「ノクティス様ぁ、おかえりなさーい」


「ノクティス様、おかえりなさい」


 声までよく似た二人は、セミロングくらいの長さの鮮やかな瑠璃色の髪をしていた。対になるように三つ編みにされた横髪は、鈴がついた紐で結ばれており、彼らが床に足をつけると同時に軽やかな音を奏でる。

 双子の細目は、片方は笑顔、片方は伏し目がちで、一見目を瞑っているようにも見える。


「あ、ユラさんじゃーん! ちゃんと取り戻せたんだぁ」


 彼らが近くに寄ってきて顔を覗き込まれる。わたしを知っているかのような口振りに疑問符を抱いていたが、覗き込むその表情にわたしは思わず息を呑んでしまった。


 笑顔を浮かべていた片方は一転、表情が抜け落ちたかのような無になっており、伏し目がちだった方はというと目に焼き付けようとするが如く目を見開き凝視してくる。金色と紅色のオッドアイが露呈し、見慣れない横長な瞳孔が恐怖心を煽る。わたしを観察するように見つめる瞳には猜疑的な意が含まれているような気がした。


「おい、そういきなり距離をつめるんじゃない。ミアが驚いているだろう」


 ノクトの咎める声に、片方は一瞬で笑顔に戻り「はぁい」と無邪気な返事をして、片方はまた伏し目がちになり俯きながら、二人ともわたしから距離を置く。

 わたしは無意識に止めていた息を吐きだし、恐怖で勝手に震える手を抑えるようにぎゅっと力を込め握りしめた。


「驚かせてすまない。俺の側近のアレスとアテナだ。お前の身辺警護も務めてもらう」


 ノクトがそう言うと、「あぁ、そっか」と何かを思い出したように呟く双子の片割れに、わたしは首を傾げた。身辺警護を務めるっていうことを忘れていたのだとしたら、大分不安が出てくるのだが……。


 そんな心配を他所に、双子はわたしに名前を名乗る。

 「アレスだよぉ、よろしくー」と言って、向かって左側の横髪を三つ編みにした笑顔を浮かべる彼がひらひらと手を振る。

 「アテナ」と一言か細い声で言ったのは、向かって右側の横髪を三つ編みにした伏し目がちで無表情な彼。


 ひらひらと振られる手が白い手袋に包まれており、そこで初めて彼らが執事服を着ていることに気づいた。

 上着の裏地とベストのワインレッドが黒と組み合わさってシックな印象を与える。そこに金色のボタンが控え目な高級さを放っていた。

 その中でも一際目を引いたのは、首元の黒いリボンを止める銀色に煌めく大き目のブローチ。そこに模様が描いてあるような気がするが今の距離でははっきりとは見えなかった。


「食事の準備は?」


「もちろん言われた通りに、ちゃーんとできてますよぉ」


「ミアの部屋の準備は?」


「完了してます」


 そんな会話のあと、ノクトはわたしを見て「だ、そうだ。どうする?」と決定権を委ねてきた。

 まさか自分が判断することになるとは思っていなかったわたしは困惑するしかない。


「えと……、ノクトにお任せ、します。ノクトがお腹空いてるなら、食事に――」


 ――と決定権を返そうとしたとき、情けなくもわたしのお腹が力なく呻いた。

 沈黙が流れ、腹の呻きが反響したのではと錯覚するような余韻が残る。気まずさと恥ずかしさで目を瞬かせるノクトから視線をそらした。

 すると、ふっと息が漏れた音が耳をかすめ、やがて吹き出されるようにして笑い声をあげたノクトが、そのまま笑いを交えながら言う。


「じゃあ、食事にしよう」


 わたしは縮こまるようにお腹を押さえながら小さく頷いた。



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