穢れたモノ

 有無を言わさぬ彼の雰囲気に、司会者は怯え震えだす。


「聞こえなかったのか? 早く、鍵を、寄こせ」


「――な、ないんです」


 彼の意にそぐわない回答であることに恐怖を抱きながら、司会者は震える声音で言った。


「わ、私が、見つけた、時には……、既にそいつは、主人の手から離れ、に、逃げている最中、でした……。首輪の鍵が、必要に、なる、なんて……、思ってもみなく、って……」


 司会者の言い分を聞いていくにつれて、銀髪の男の眉間にある皺が深くなっていく。


「――一つ聞こう。貴様は、ミアに何かしたか」


「へ……?」


 もう一度言わせる気か? とでも言いたげに目を細め、司会者を睨みつける銀髪の男。


「な、なにも、し、してません……」


「なにも? 触れてもいないと?」


「へ……? い、いや、ここに連れてくるために、触れる、くらいは、し、しました……」


 恐怖で怯えながらも、質問の意図がよくわからず視線を彷徨わせながら答える司会者。


「ほう?」と訝しむように口にして銀髪の男の目が再びわたしに向く。

 彼の視線を追うと、それはわたしの手首にあった。そこには、攫われる際に逃げようと必死に抵抗したからか、痣ができていた。

 自分でも今の今まで気づかなかったそれに、彼はこの短時間で気づいていたことに驚く。


触れる・・・程度では、済んでいないようだが?」


 吸った息を無理やり止められたかのような、音ともとれるかすれた声を漏らす司会者。


「さて、もう一度聞こうか。


 本当に、何も・・、していないんだな?」


 司会者の震えた足がついに体を支えきれなくなり、崩れるようにその場に座り込んだ。その状態のまま銀髪の男から距離をとろうと後ずさる司会者に、銀髪の男は呆れたように息を吐いた。


「もういい」


 彼がそう呟いたのを耳にした瞬間、気づけばわたしはまた彼の腕の中にいた。

 わたしの頭を自身の胸に、顔が埋まるほど押さえつけるようにして抱かれたその背後で、何か大きく尖ったものが床に刺さったのか、鈍い音と共に足の裏に振動を感じる。


 次の瞬間、耳をつんざくような悲痛な絶叫が聞こえた。しかしその絶叫は一瞬のうちに消え、残ったのは観客のざわめきだけだった。



「俺としたことが……順番を間違えましたね。声をつぶすのを先にすればよかった」



 思わず、息をのんだ。そう言った彼の声音はどこか弾んでいたからだ。


 背後で何が起こったのかはわからないが、彼によって司会者の身に何かが起こったことは確かだろう。

 それが、残酷なものであることが容易に予想できるが、それに反し、彼の声音は、まるでそれが至極当然のことをしたかのように、元の丁寧な口調に戻り、そしてその声音は、気持ちが晴れたかのようにすっきりとしたものであった。


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