第6話

 

「危ない!」

「きゃっ!!!」

 

 師匠の声と少女の叫び声。ああやってしまった……。そう思って恐る恐る目を開けると、目の前で信じられない出来事が起こっていた。


「お怪我は?」


 そう言って師匠は少女の肩を抱き、もう一方の手を上に掲げていた。その手の先では、落下してきた壺が宙に浮いていたのである。いや違う、浮いているのではない……重力に逆らうように落ちてこないのだ。それはさながら静止したかのように動きをやめていた。


「だ、大丈夫です……」


 少女は顔を青くさせ、小さく頷いた。


「そうか、お嬢さんに怪我が無くて良かった」


 師匠は微笑みを返しながら、壺を再び棚の上に戻した。それはまるでおとぎ話のワンシーンの様な光景だった。


「今のは……?」


 少女の問いに師匠がふっと笑う。けれど決して答えは言わない。うーん、なんてミステリアス。


「お嬢さん」

「は、はい……」

「申し訳ない、うちの馬鹿が余計な事をして……」

「いいえ! あの、助けていただいてありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げる少女。意外と礼儀正しいのね。これはポイント高いですよ、師匠。


「いや、感謝されるほどのことでは」


 そう言って師匠が首を振った時、彼のフードがぱさりとめくれた。


「あ……」


 少女の目が大きく見開かれる。私はすぐにその理由に気が付いた。フードから覗いたのは、黒髪の顔立ちの素敵な青年だったのである! なーんてね。ああ、この後のオチが読めてしまったわ。


「それでさっきの話の続きだが、困っていることがあれば俺達が手助けをしようと思うんだが」

「……それでは、あなたのお名前を教えて下さい」

「……は?」

「名前を」

「名前??」


 嬉々として連絡先を訊ねる少女。呆然とする師匠。私はそんな二人を、生暖かい目で見ていた。


===

 

 帰り道。


「あーあ、なんだったんだ。『パーティはどうでもよくなった。それよりもあなたの名前を教えて下さい』って」

「惚れられたんでしょう。でも、あんな綺麗な子に迫られてよかったじゃないですか」

「なんで? 意味が分からない」

「私はそっちの方が分からないですよ」


 あんなお決まりのピンチに身を挺して助けてくれて、おまけに顔だって悪くない。そんなの惚れるしかないじゃない。


「で、名前は教えたんですか?」

「教えるわけないだろ。個人情報だぞ」

「やだ、この人真面目だわ」

「真面目に生きてるんだよ、俺は」


 師匠はめんどくさそうに溜息を吐いた。この人、一生結婚出来なそう。これだから森に住む引きこもりは。

 私はふと空を見上げた。月が綺麗に輝いている。


「でも結果的には良かったですね。あの子がパーティに行かない決心をして」

「そうだな」


 私の言葉に師匠はあっさりと頷いた。


「あの子が会いたがっていた王子、とんでもない浮気野郎だったものね」

「今頃、正妻から糾弾を受けているところだろ」


 私達は王子の正妻から依頼を受けていた。

 今度のパーティで浮気者の旦那を懲らしめたいから力を貸してくれと。だけど、相手の女の子達はこの男に騙されただけだから、なるべく自然に忘れられるようにして欲しいと。


「正妻のナイフで血の制裁ってことね」

「やめろ」


 こうして私達の夜は更けていく。

 月明かりが綺麗に私達の帰り道を照らしていた。

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