第5話
さて始まりました、テイク2。皆さん準備はよろしいでしょうか。
気合を入れ直し、私は師匠に習って、少女の手を取り台詞を繰り返した。
「ひひひ、私は魔法使いです。何やらお嬢さんはお困りの……っあっぶない!」
開始早々、突然、火の玉が私の前髪を焼いた。殺す気かしら。
犯人は勿論、私以外に魔法を使えるこの男。
「いきなり火の玉って、何するのかしら!」
「嘘! 嘘をつくんじゃねえ! お前は魔法使い見習いだろうが!」
「でも見習いってカッコ悪いではありませんか」
「魔法使いが詐欺師になってどうする!!! 訴えられたら負けるんだからな!?」
やたら細かい。これから人助けしようってのに、その相手を訴える事なんてあるのだろうか?
「しかもその『ひひひ』とかいう変な笑いはなんだ!」
「魔法使いっぽい雰囲気ですよ、雰囲気」
「雰囲気はい・ら・な・い!」
「いらないなんて、そんな……」
反論しかけた時だった。
「あ、あのっ」
少女が戸惑ったように私達の顔を見ていた。そりゃそうだ。目の前を火の玉が飛んでいったんだし。
「ほら師匠、彼女困ってます」
「お前な……」
師匠は私を睨み舌打ちを一つすると、再び少女の手を取り優しく微笑んだ。
「俺達は怪しいものじゃ無い。魔法使いと…………見習いだ」
うわあ、なんて猫かぶり。しかも見習いっていう前に言葉を詰まらせているあたり、師匠だってちょっと恥ずかしいって思ってる。そう思ったら少し笑いが零れてしまった。
「ふふっ…………っわ、熱っ!」
今、鼻で笑った私に超極小の火の玉飛ばしてきた、この人。危ないじゃない。でもそれを感じさせない雰囲気で、師匠は淡々と少女に向けて会話を続けた。
「お嬢さんがお困りの様だったから、その助けになれればと、こうしてやって来たんだ」
「そうだったんですか……」
うわ、爽やかぁ。これじゃ魔法使いじゃなくて、どこぞ口説き文句だろう。やっぱり魔法使いは出だしが『へへへ……』とか『ふふふ……』とか、怪しい雰囲気を醸し出す存在じゃなきゃ。
もう一度二人の方を見ると、相変わらず師匠はノリノリで爽やかに説明を続けていた……つまらないな。
「もういいわ、今日のところは師匠に任せましょう」
なんだか知らないけど疲れてしまった。隣を見れば、ちょうどよく備え付けられている棚。私はそれに背をもたれた。
ごろり。
「……え?」
まるで超小型の雷。そんな風に思わせる鈍い音が、ほんのりと耳に届いた。
「何の音…………あっ」
背筋が凍る予感と視界に映る絶望的な光景。ぐらりと棚の上に載っていた壺がものの見事に揺れていた。その下にいるのは、師匠と少女。落下したら大事故必死である。
「し、しまった」
私の制止も空しく、それは横になり、ごろりと転がり始めた。
「っ」
あっという間だった。
壺は予想するのもたやすいくらい簡単に、師匠と少女の上に落ちていた。
あ、終わった。
私は素直にそう思った。
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