第4話

 

 それから私は厳しい魔法使いの修行を毎日受けることになった。朝は森中を駆け巡り、足腰と持久力を鍛える訓練。昼は座学で魔力のコントロールの仕方と魔法の歴史を学んだ。夜は実践的な体術の練習をした。正直、体術に意味があるのかは不明だけど、体幹を鍛えて姿勢がよくなったおかげで、スタイルまで良くなった気がするのでよしとしよう。気のせいじゃないはず。

 そして、そんな修行を続けていたある日の事だった。


「よし、そろそろいいだろう」

「え?」

「一週間前と比べて大分魔力も安定してる」

「本当ですか?」


 私は思わず喜んだ。これで私も魔法使いになれるのだ。そう思うと、何とも言えないワクワク感が湧いてくる。


「という事は、いよいよ私も卒業で……」

「いや、そろそろだ」

「……?」


 何がそろそろなんだろう。師匠(そう呼べと言われた。呼ばないと怒られる)は、腰に手を当てて何かを決意したように大きく頷いた。


「あのー……」


 おそるおそる訊ねる。


「そろそろって、まだ何かするんですか?」

「決まってるだろ、実践だ」

「実践?」


 実践編がスタートするらしい。


===


 それはとある一軒家での出来事。

 家の中からは意地の悪そうな女の人の声が聞こえる。


「あなたのような醜い姉は、次のパーティに参加する必要なんてありませんわ」

「そうね、お姉様よりも私達の方が百万倍も美しいんですもの」


 この家は五人家族だ。父は海外に長期出張中で、母は仕事で忙しく家を空けていることが多い。そして残された三人姉妹。親のいない隙を見ては、二人の妹が姉と呼ばれる少女に向かって、汚い言葉を並べるのは日常茶飯事だった。

 姉だけが異様に美しくて皆に愛されている。妹二人はそんな姉をあからさまに妬み、憎んでいた。だからこそ狡猾な彼女達は、誰も見ていない時、姉が純粋で善人であるのをいい事に、嘘を並べては姉を傷つけてばかりいたのだった。

 今日は楽しみにしていたダンスパーティの日。


「えっ、待って。私の話を聞いて」

「あなたのような不細工は、誰にも必要とされてないわ!」

「そうよ。一生家に引きこもっていればいいのよ!」

「でも私は今日、またあの方に会って一緒に踊るって約束を……」

「「そんなの私達に関係無いわ!!」」


 そう言って妹達は、姉を部屋に押し込めた。がしゃんと強めに扉を閉めて、ついでに出られないようにと外から鍵もガチャリと施錠した。


「……」


 閉ざされた部屋。可哀想な少女は一人ぼっち。実際はこっそり魔法で侵入した私達がいるから一人ぼっちじゃないけどね。


「師匠、これはいかにもな、コッテコテのシチュエーションですね」

「何がコッテコテだ。やる事はもう分かってるな? バカなことを言ってないで早く行ってこい」

「はい」


 私は頷いた。さて、実はこの一週間の修行の成果が実を結ぶ時が来た! さあ悲しきヒロインちゃん。私に任せなさい。


「私っ、今日……もう一度彼に会えるって思ってたのに……」


 少女は顔を覆ってしくしくと泣いていた。このタイミングこそが私の出番だろう。よし、いくぞ、せーの。


「あらあら可哀想なお嬢さん、お困りかしら?」

「!?」


 少女は驚いた様子で顔を上げる。

 暗闇の中に松明の明かり。雰囲気バッチリ。

 ぼんやりと見えたその顔はとても美しかった。やっぱり彼女の方が妹達より百万倍美しい。


「あ、あなたは?」

「私は魔法使いです。何やらお嬢さんはお困りのご様子。お話だけでも聞かせてもらっても?」


 優しげににこりと微笑む。完璧だ。百点満点。

 しかし私の心の中とは裏腹に、少女の目は大きく見開かれていった。


「あ、怪しい人! どうやってうちの中に侵入を!?」

「え、怪しい人!? た、確かに。え、ええっと、警戒心が抜群だから……困ったな……こういう時は、マニュアルマニュアルっと……」

「馬鹿野郎!」

「うわっ、師匠!」


 振り返るとそこには私と同じ黒いローブを羽織った師匠が立っていた。自分は手を出さないで見てるだけって言ったのに。目深くフードを被っているが、呆れた表情をしているのが何となく分かる。


「なんだこの部屋の暗さは! こういう時は、光の魔法で明るく照らして、警戒心を下げろって言っただろ」

「でも松明の方が雰囲気が出ませんか?」

「雰囲気なんてどうでもいいんだよ!」

「えぇー」


 雰囲気大事……。


 師匠はさらりと流れるように呪文を唱えた。

 あっという間に部屋は電気を付けたように明るくなる。


「お嬢さん、警戒させてすまなかった」

「は、はい……」


 手を取り謝罪をする師匠に、少女は大人しくこくんと頷いた。


「よし、さっきのところからやり直せ」

「……了解しました」

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