第3話

 

 本当に見つけた魔法使い。その存在を私が逃すはずがなく。


「は? 弟子?」

「はい。私を弟子にして下さい」


 逃げられないようしっかり手を握ってお願いする。あとはここから魔法の練習を始めれば……。


「……いや、断る」

「断る!?」


 短くそう言った彼は、逃げるように私の手を振り解いた。


「どうしてですか? 何かおかしいところでもありましたか?」

「おかしい。全部おかしい」

「どの辺が」

「弟子だって? こんな辺境な森に住む男の? どうかんがえても怖がるだろ」

「怖くなんてありません。そんな心配をするよりも、どうしても魔法が使いたいんです!」


 怖さなんて二の次だ。それより私は魔法使いになりたい。


「正気か?」


 彼は私を見下ろした。フードの隙間から鋭い視線が見える。でもそんなもの、今の私には何の脅しにもならなかった。私は男の人の目を真っ直ぐ見た後、すぐに地面に膝をついた。そして両手を重ねて土下座をする。これは昔読んだ本に載っていた最上級のお願いの仕方だ。これでダメなら他に方法はないかもしれない。


「お願いします! 弟子にして下さい!」

「……」

「……」


 暫く無言が続く。でもこの決意、譲る気はない。


「はあ」


 諦めたように小さくため息を漏らすと、彼は私に問いかけた。


「……魔法で何がしたいんだ?」

「私を捨てた相手を四散爆発させたいです」


 ようやく目的が伝えられた。私は晴れやかな気持ちで彼を見上げた。快諾の言葉はもうすぐだ。


「……」


 しかし彼は無言のままだ。あれ? 思っていたのと違う反応に私は戸惑った。


「どうかしましたか?」

「いや」

「?」

 

 二度目の「いや」。あれ、おかしいな。変なことは言ってないはずだけど。

 もう一度脳内で言葉をなぞる。いやってのはやっぱり否定する時の言葉だよね。……ないない、そんなはずはない。魔法使いに弟子入りなんて、スタートラインに立つつもりでいるのに。その肝心なポイントで大ゴケするなんてこと……


「殺しは駄目だろ」

「え」


 それは魔法使いであるにも関わらず、とてもまともな意見だった。

 うん、そうだね。殺しは駄目だ。婚約破棄するよりももっと駄目。分かってる。分かっているんだ。正論です、それ。

 

「いいか。魔法ってのは、悲しみや辛さを少しでも幸せに変えるためにだな……」

「で、でも」

「?」

「じゃあ私っ……私はどうすれば」

「!?」


 目元にじわりと温かいものが込み上げる。感情が暴走して心がギュッと痛くなる。


「今までずっと頑張ってきたのに……苦手な人間関係だって……立ち振る舞いだって……私の時間全部使って尽くしたのに……家族だって、私を期待して……」

「……」

「分かってます。殺人は罪だって……でもそのくらいしないと悔しいんです!!」


 そう言って私は泣いてしまった。

 子供でも無いのに、わんわんと。

 でもここは人気のない森の奥。周りの目なんて気にしなくていい。だから私は気が済むまで、ひたすら泣いた。


 それから十分後。


「……分かったよ」

「え?」


 立ち去るでも声をかけるでもなく、ただそこに立ちすくんでいた彼は、ぼそりとそう口にした。


「まあ色々事情があるのは分かった。いいよ、弟子にする」

「本当に?」

「ただし人を殺すってのは無しだからな」

「も、も、勿論ですとも!」


 彼の言葉を覆うように、私は声を張り上げた。


「四散爆発なんて冗談。私は悲しんでる人や辛いことを抱えてる人を幸せにする為に魔法使いになります!」

「うん、それならいい」


 彼の言葉に、私はこくこくと首を振った。

 大丈夫、嘘はついてない。

 辛いことを抱えている人っていうのが、私も含まれていることはあるけど。


「それではよろしくお願いします!」


 こうして私は晴れて魔法使いの弟子になった。

 しかし、大変になるのはこれからだということを、私はまだ知る由もなかった。

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