第7話

 

「とまあ、魔法もそれなりに一通り覚えたし、運命の変え方もなんとなく分かっただろ」

「ええ……一応」

「じゃ、今日で卒業だ」

「ほ、本当ですか?」


 あの少女を助けた日からしばらくして、私は遂に師匠から卒業を言い渡された。


 卒業、卒業かぁ……。


「卒業って事は、私、今すぐにでも元婚約者のところに行って、運命を変えてきていいってことですよね?」

「そういう事になる」

「やったあ、早速行ってこよう」

「そうだな。よし、行くか」

「……え?」

「……ん?」


 今、聞き捨てならない台詞があったような。一応、確認してみるか。


「あのぉ」

「ん?」

「師匠も行くんですか?」

「そうだけど」


 聞き間違いじゃなかった。


「……何故?」

「弟子の卒業式ぐらい、きちんとこの目で見たいからな」

「し、師匠……!!」

 

 それは私の予想を遥かに越えたまともな答えだった。 

 スパルタなところもあったけど、最後の最後に見せた師弟愛! 人付き合いが苦手な引きこもりとか思っててごめんなさい。考えを改めます。


「是非、お願いします」

「ああ任せろ」


 ……という訳で、私達は二人で元婚約者のところへと向かった。


「俺はこっそり見守ってるから、上手くやれよ」

「ありがとうございます、師匠!」


 明るく返事をする。

 婚約者の屋敷は目前。私は息を呑み、屋敷の門の入り口に近づいた。その時だった。


「何してるんだ?」

「え?」


 聞き覚えのある声。

 振り向くと、元婚約者の男が立っていた。隣には勿論新しい妻を連れて。


「あ、え、えっと」


 背後にいるのは想定外。

 こういう時、どうしたらいいんだっけ?

 私はわたわたと言葉にならないジェスチャーを生み出していた。

 どうやらその動揺は相手にも伝わったようだ。


「ははっ、何しに来たかと思えば」


 高笑いが耳に響く。


「どうせ昔の地位が惜しくなって俺に懇願しに来たんだろう?」

「っ」


 おかしい。あれだけ、自信満々に家を飛び出してきたのに言葉が出ない。

 どうした私。頑張れ私。


「無理だ、無理。お前を受け入れる余地なんて、この世のどこにもありはしないな、はははは」


 腕を組み、私を見下したように彼は告げた。

 なんて屈辱。お前なんて、今すぐ魔法で存在ごと無に帰すことさえ出来るというのに……それっ、えいっ、とりゃっ…………。

 強い気持ちとは裏腹に私の魔法が発動することはなかった。


「んー? なんだ、どうした。睨むだけで何の返答もなしか。つまりそれは認めたってことだな。全く、俺の時間を無駄に使わせるなよ」


 あー駄目だ。やっぱり念じても魔法が出来ない。惨めすぎる。

 諦めかけた、その時だった。


「……まあ、いいや。俺はもう行くからそこをどけ……っわ! な、なんだ!? 火? 火の玉!?」

「火の玉?」


 私は咄嗟に振り返った。


「ったく、折角卒業って言ったのに」

「師匠!」


 それは師匠の魔法だった。


「はああ? なんだお前、いきなり現れて何をし……」


 そこまで言ってから、元婚約者の動きがピタリと止まった。


「お、お前、もしかして王室公認の魔術師!?」


 王室公認の……魔術師?


「ん? ああ、そうだよ」

「どうしてそんな奴がこんな場所に!?」

「面倒なこと聞くなよ。なんとなくだよ、なんとなく」

「なんとなくでこんなパッとしない女と一緒にいるはずないだろ!?」

「失礼だな」

「失礼ですね」


 ぷるぷると震えながら私を指さす元婚約者に、私も師匠も同じ感想を浮かべた。


「おい」

「なんですか?」

「こんな奴に魔法使うなんて魔力の無駄だからやめとけ」

「そうですね」


 何故だろう。

 今までずっと悔しさが勝っていたはずなのに、師匠にそう言われただけで、私は嘘みたいに清々しい気持ちになっていた。


「じゃ、帰るか」

「そうですね」


 私達はパチンと指を鳴らす。すると、目の前の空間がぐにゃりと歪み、新しい入り口が生まれた。


「ま、待て、俺は何も知らなかった! お前にそんな凄い知り合いがいるなら俺だってお前を捨てたりしなかった! どうだ? よければ俺と一緒にやり直さないか?」

「……だそうだが?」

「ご冗談。復讐するつもりはありましたけど、やり直すつもりは一ミリもありませんでしたよ」

「そっか」


 普段は表情を変えないこの人が、少しだけ、笑ったような気がした。


「ま、待て!」


 制止の声は勿論届かない。

 私達は元の森の奥深くへと帰っていった。


===


 それから……。


「師匠ー私は結局卒業出来たんでしょうか?」

「馬鹿を言え、取り消しだ。肝心な場面で力を発揮出来ない弟子なんて、世に出せるわけないだろ」

「ですよねー」

「だからまたしばらく、練習だ、練習」

「はい、喜んで―」


 こうして、私達の物語はまだまだ続くのでした。

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婚約破棄された私は最強の魔法使いの弟子になって元婚約者に逆襲するようです 椿谷あずる @zorugeru

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