第2話

 

「この辺ね」


 鳥の鳴き声がこだまする。一般人が滅多に近づかない町外れの森。通称、『魔法使いの隠れ家』。私はその怪しげな場所に足を運んでいた。理由は勿論、魔法使いになるため。


「やっぱりいないのかしら?」


 私はきょろきょろと辺りを見回した。しかし人っ子一人見当たらない。森はただ広く暗く続いていた。実のところ、魔法使いが実在するという確証は無かった。あくまでも希望的観測。いかにもなこの森の名前だって、魔法使いが住んでいそうだなというイメージから周囲にそう呼ばれているだけだ。魔法使いなんて実在したら奇跡。

 でも私は、そんな奇跡にさえ縋りたい気持ちがあるのだ。手段は選んでいられない。かくなる上は。


「たーのーもー」


 とりあえず呼びかけみる。

 これは以前どこかの書庫で見つけた主人公が道場破りをする物語にあった台詞だ。

 結果は当然ご覧の通り。


「……」


 無反応。


 だからといってあっさり諦めるわけにはいかない。

 だからもう一回。


「たーのーもー」


 私は叫んだ。


「……」

「…………」

「………………駄目か」


 がくりと肩を落とす。

 いいや、結果は見えていたようなものだ。だってこの森、家がない。人気がない。いかにも無人ですと言わんばかりのただの薄気味悪い森なのだ。魔法使いなんて都合のいい人が出てくるはずがない。出るとしてせいぜい凶暴な猛獣くらいで……


「って、猛獣!?」

「グルル」

「キャーーー!」


 私の声に反応して、獣の唸り声が響いた。そして私の前に大きな影を落とす。凶悪な目をした黒い猛獣がそこにはいた。あ、これ死んだかも……と一瞬で悟った私は、目をぎゅっと瞑って死を覚悟した。その時だった。


「どけ!」

「!?」


 どこからか男の人の声が聞こえた。言葉と共に私の体が強く押し除けられる。


「え?」


 恐る恐る目を開ける。すると私の前には黒いフードを深く被った人が立っていた。

 その人は何やら呪文を唱えている。そして次の瞬間、眩い光が私を襲った。何が起こっているのか分からなかったけど、何か暖かいものに包まれるような錯覚に陥る。と、同時に体中に何かが駆け巡るのを感じたのだ。私は思わず自分の体を抱きしめた。そして数秒後……私は見たのだ、猛獣が炭になっている姿を。


「終わったぞ」


 もしかして、これは魔法? じゃあこの人は魔法使い?でも本当に? 私は思わずその人をじっと見つめた。するとその人はフードを深く被り直し、スタスタと立ち去ろうとする。


「あの!」

「……」


 男の人は足を止めたけれど、何も言わない。私はそのまま続けた。


「どうして助けてくれたんですか?」


 どう考えてもおかしな状況だ。猛獣に襲われそうになっていた私をこの人は助けてくれたことになる。普通なら見捨てるだろうに……それは何故?


「……魔法使いが人間を助けるのに理由がいるのか」


 あ、この人やっぱり魔法使いなんだ。


「ありがとうございます」


 私はお辞儀をした。しかし男の人は私の方を見ることなく、そのまま立ち去ろうとする。だからすかさず、私は彼の手を取った。


「おい……手を」

「私を弟子にして下さい」

「……は?」


 男の人は酷く驚いた顔で私を見る。私は構わず続けた。


「弟子にして下さい!」


 このチャンス、決して逃してなるものか!

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