第2話 ボス、再会する。そしてスカートを履く。

 穏やかな日差しの差し込む室内に再び男の叫び、もとい女の子の叫びが聞こえる。


「なんじゃこりゃぁぁぁぁ!?」


(おいおいおい、太陽に二回も吠えちゃったよ! 一体何がどうなってるんだよ!!)


 男(少なくとも中身は)はベッドから飛び降りて右往左往うおうさおうしていると部屋のドアが開き、男が入ってきた。


「だ、誰だ!?」


 部屋に入ってきた男は筋骨隆々かつスキンヘッドでおまけに右目のあたりに大きな傷跡もあった。どう見てもではないだろう。男のその風貌ふうぼうをみてさっと身構える。


「ボス……、やっと、やっと目覚めたんですね……」


 男はそうつぶやくとその眼から大粒の涙が流れ出した。


「なな、なんだよ……、だから一体お前は誰なん――」


 その言葉をさえぎって男は足元にしがみつくとおいおいを大声を上げて泣きだした。


「うおおおおっ!! よかった! ほんとによかった!! もう目覚めないのかと!   

 ずっと! ずっと信じてましたよボスぅぅぅぅっ!!」


「だからお前は誰なんだよぉっ!!」


 魔力を込めた拳を男の後頭部に叩き込むと男は床に顔面を打ちつけた。うん、どうやら魔力による肉体強化は変わらずできるようだ。


「うぐぐ、やだなぁ。ボス、オイラですよ。マーサ・バンクス。忘れちまったんスか?」


「マーサ? マーサってもしかしてあのマサか?」


 マーサ・バンクス、もといマサはうちのファミリーにいた新入りだった。やたら懐いてついて回ってきたから雑用をさせる用ににそばに置いていたが、たしか記憶だとやせっぽちのガキだったはず。それが一体どうしてこんなことに……。


「思い出してくれたんスね、ほんとうれしいっスよ!」


「おいおい、待て待て。落ち着け、一体何があったのか説明してくれよ、俺は死んだんじゃないのか? それにこの身体は?」 


 またしがみついてきそうな様子のマサを手で制していると突然、背後から声が聞こえた。


「それについては私がご説明いたしますです、旦那様」


「うわっ、なんだ!?」


 不意に聞こえた声に驚いて振り返ると、そこには深い青色の髪を結わえた長身でメイド服姿の女性が立っていた。


「お前、まさかリサか?」


「ええ、お久しぶりです、旦那様。といっても今目覚めやがった旦那様にとってはつい昨日のことでしょうけど」


 リサと呼ばれた女性は淡々とした調子で奇妙な敬語を使い、答えた。リサ・マイヤー。うちのファミリーに長らく所属している諜報員ちょうほういん兼暗殺者。前は近接戦闘を教わっていたこともあるぐらいやり手なんだがどうにもつかめないところがある。ちなみに歳は不明だ。


「それで? オレに何があったんだ?」


「旦那様が港に落ちた後、私とマーサの二人で何とか旦那様を拾い上げることができたんです。もうすこしでくたばるところでしたが、さすがは旦那様です。意識を失いながらも身体強化用の魔力の層が体からの出血を抑えてくれてましたです」


「そうか、それで助かったのか……」


 リサからの話を聞いてふぅっとため息をつく。昔にやらされた地獄みたいな訓練が役に立つこともあるもんだな……。


「はい、それから治療にあたったのですが、そのままのお姿ではせっかく助かったとしても命が狙われると思いましたので、様々な手段を使って変身薬を使わせていただきました」


「変身薬……、姿形を変えられるっていうかなり貴重な薬だろ? よく手に入ったな」


「正直かなりコネを使いまくりやした。でもその価値はあったと思いますです」


 そういってリサはおもむろに小さめの手鏡を取り出し、渡してきた。それを受け取り、軽く深呼吸をしてからのぞき込む。


「これが……、今のオレか」


 手鏡に映る顔をまじまじと見る。夜の闇のように黒く少しごわついていた髪は桃色の艶やかな髪に、ほの暗いルビーのようだった瞳は澄み切ったサファイアのような青い瞳に変わっていた。深く刻み込まれたしわも世の中に疲れきったような目つきもそこにはなかった。


「確かにここまで変われば誰もオレとはわからないだろうな」


「正直、私もここまでうまくいくとは思ってはおりやせんでした」


「オイラもっス。全然ボスとは思えないっス」


 なぜか誇らしげにリサとマサの二人が胸を張った。


「それじゃ、今までのオレはいなくなっちまったんだな」


「ええ、そうでありますね。これから旦那様はどうされるつもりです? 元のファミリーに復讐されちゃったりするつもりです?」


「……いや、今のところは考えてない。というかこんな体だしな、しばらくは慣れるとこから始めることにするよ」


 ベッドに座りなおしてそう答えると、リサはおもむろに部屋にあったクローゼットから服を取り出した。


「そういうと思ってました。それでは、こちらをお召になりやがりくださいませ」


「ん、そうだな、たしかにそろそろ体を動かしたほうがいいな。ずっと寝てたからずいぶんなまってるみたいだ。この体に慣れるついでに外を歩いてみるか」


 そういってリサから服を受け取るがふとその手が止まった。


「おい、これはなんだよ……」


 そういった手に握られているのは何の変哲もないスカート。だがその布は元男にとって大きな問題をはらんでいた。


「ただのスカートですが? さぁ、はやく着替えちゃってください」


 こともなげに答えるリサにさらに食ってかかる。


「ズボンでいいじゃねぇか! こ、こんな布切れオレは履かないぞ!」


「はぁ、そんなことわがまま言ったところでもう後戻りはできねーです。これから女の子として生きていくんですからとっとと慣れやがりくださいませ」


「う、うぐぐ……、確かにそうだけどぉ……」


 気恥ずかしいやら情けないやらでなんだか目に涙があふれてくる。おかしい、オレってこんな涙もろかっただろうか?


「それじゃ、オイラたちは隣の部屋にいるっス。準備できたら教えてくださいっス」


 そういうと二人は頭をさげ、部屋を出ていった。部屋に一人残され、握りしめていたスカートを再び見つめる。


(ええい、ままよ! たかが布切れひとつ! 腹くくって履いてやる!)


 覚悟を決めて着ている寝間着を脱いでいくが、その光景に思わずたじろぐ。


(ああ、ほんとにオレ女になったんだな……。まさかこんなことになるなんて)


 胸の二つのふくらみを眺めてため息をつく。これからの人生どうなることやら。


 着替えるだけでたっぷり15分はかけたのち、部屋から出ると居間にいる二人に声をかける。


「待たせたな、お前たち。さぁ、出かけるぞ」


 清楚な白いブラウスと丈が気持ち短めのチェック柄スカートのシンプルだがかわいらしい姿を見た二人が口をそろえてほめた。


「ボス、かわいいっスよ、似合ってるっス!」


「ええ、どこをどう見てもかわいらしい美少女であります、旦那様」


「か、かわ……、二人ともうるさい! はやく行くぞ!」


 ほめられて顔を赤くなるのを感じながらぶっきらぼうに答えると居間を横切り玄関のドアを開け、外へと歩き出した。オレってこんな恥ずかしがりだっただろうか?









 

 

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フィックス・マイ・ボス!~あるいは裏切られたマフィアのボスは少女になりていかに平穏な学園生活を送るか? 霜月 由良 @johnny4115

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