フィックス・マイ・ボス!~あるいは裏切られたマフィアのボスは少女になりていかに平穏な学園生活を送るか?

霜月 由良

序章

第1話 ボス、生まれ変わる

「はぁ、はぁ……、 くそっ!」


 暗い夜の港を一人の男が走っていく。そのすぐ後ろをすばやく人影が追跡している。人影が放った氷の柱が地面を砕く。もしも走る速度を緩めればひとたまりもないだろう。


「くっ、炎の槍よフレイムランス!」


 男が走りながら腕を振ると巨大な炎が槍の形を成して人影に向かって飛んでいく。だが、人影は腰から剣を抜き放つと一振りでたやすく槍を消して見せた。


(おいおい、まじかよ……! いくら中級魔法でも少しは足を止めるもんだろ、バケモンかよ)


 男はその光景を見てがく然としながらも口の端をゆがめて笑う。それから足に魔力を流すと全力で走り出した。それを見た人影は剣をさやに納めると、さらに加速して男を追いかける。


 男が港の端に立つと周りを見渡しながらぜえぜえと荒くなっている息を整えた。どこにも隠れる場所はない、ここまでだ。背後で足音が聞こえ、振り向くとマントを着た少女が立っていた。


「ここで終わりです、ボス。観念してください」


 少女は一切の息の乱れも見せずに剣を引き抜く。少女の短く整えられた銀色の髪が月明かりに照らされ、まるで物語の一場面のような雰囲気を放っていた。


「ああ、そのようだな。まさかお前に追い詰められるとは思ってなかったが」


「こうなってとても残念です、ボス……。ですが安心してください、私もすぐに後を追いますから。一人にはさせません」


 剣をまっすぐに男に向けてほほ笑む少女だがその頬には一筋の涙が伝っていた。こうなったら誰も止められない、それを男はよく知ってる。


「そうか、ならやれよ! 覚悟はできてる! やれ!」


 男が両腕を広げて叫ぶと少女は一気に距離を詰め、男の胸を突き刺した。


「ッ……! なんだよ……、ちゃんとやれたじゃねぇか……」


 剣が突き刺さったまま、少女の頬をゆっくりと撫で涙をぬぐう。

 

「ごめんなさい、ボス……。ごめんなさい……」


「お前はお前のやり方を貫いただけだろ……、だからお前は生きろよ、オレの後なんか追うんじゃねぇ。これはオレの命令だ、最後のな……」


 男はそういうと少女が答える前に突き飛ばした。男の身体が宙に浮き、胸からは剣が抜け、血が噴き出す。少女が慌てて男に手を伸ばしているのが見える。すべてがスローモーションのようにゆっくりと流れ、そして男は海に落ちた。


(ほんとざまぁねぇよな、こんな終わりで。まぁ、これも当然のむくいってヤツか……)


 男の意識がどんどん闇に沈んでいく。男の脳裏に今までの人生の記憶が走馬灯として流れていった。


(ろくでもねぇ人生だったな、どうか神様がいるってんなら次の人生はちったぁマシな人生を……、ねぇか、そんなもん)


 水の中で男がゆっくりと目を閉じると意識と身体は完全に闇へと沈んでいった。


――――


 どれほどの時がたったのだろうか、再び男の意識が浮かび始めた。肌にかすかに風を感じ、呼吸もできる。男が重いまぶたを開くと知らない部屋の天井が見えた。


(ここは……)


 男はベッドからだるさの抜けきらない体を起こし、辺りを見回す。時間は昼頃だろうか、開いている小窓からは柔らかな日差しが差し込んでいる。時折風が吹くと白いカーテンが揺れている。


(一体どうなっているんだ……?)


 男が必死に記憶をたどるがどうやってもこの部屋にたどりつく記憶はなかった。


(誰かに連れてこられた? そういえば傷……!)


 男がいつの間にか着せられていたシャツを開くと胸の傷はすっかり閉じていた。かすかに跡が残るだけで肌は女の子のようにきれいだった。ん、女の子……?


 その時ようやく男の脳に疑問が浮かび始めた。シャツからのぞく白い肌、到底男とは思えない華奢な体つき、そして小ぶりながら確かに存在する二つのふくらみ……。


「な、な……!」


 男の脳が状況を理解した瞬間、男は絹を裂いたような叫び声を上げた。


「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!!」


 

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