第2話 エクソシスト

 あれから数日が経つ。

 前回急いでトイレに行った事が仇となり、以前のレミーネらしく無い行動が屋敷内全員に知られてしまい、不審に思われてしまった。

 それでも専属として世話を焼いてくれる侍女、オフィーリアは初めは警戒をしてたんこぶを触るような扱いで接していたが、危険性が無いとわかったのか今は普通に接してくれている。

 エンブルザード家の夫婦はと言うと、今のレミーネが余りにも以前の人格とかけ離れいている事に恐れ、風呂とトイレ以外は寝室に軟禁状態にして外に出さないよう使用人達に厳命しているようだった。

 そんな状態の俺は、少女でいる事への不満と自由に外に出れない苛立ちでストレスが溜まり爆発しそうだった。


「ねぇ、オフィーリアお外に出る事は出来ないのかしら?」

「申し訳ありませんお嬢様、『外には出すな』と旦那様と奥様に申し付けられております。不便かと思いますがご了承下さい」


 少しは親密になれたと思ったが、やはり当主に忠実なのだろう断られてしまった。

 それならお話しでもしたいわ。何かお話をしてくれないかしら? っと尋ねたら『それならなば大丈夫ですよ』とオフィーリアは話しをしてくれた。

 教えてくれたのはエンブルザード家の家族の事だった。

 まず1番初めに教えてくれたのは現当主であるロニー・エンブルザード公爵の事だった、彼は祖父であるウィリアム・エンブルザードからこの公爵の地位をを引き続き、屋敷を守り続けて来たのだと言う。

 チャリオットレースで好成績を収め今の地位を維持しているのだと言うのだ。

 次に妻であるミディア婦人はどこぞの伯爵家の娘らしいのだが聖母であるマリアエクステレス様に愛され、回復系魔法を授かりかなりの傷を負っても治してしまう力があるらしいのだ。

 馴れ初めもロニーがチャリオットレースで大怪我をした時に治癒し、看護したのがミディアらしくその後、付き合い始めたとの事だった。

 そんな公爵家に3人の子供が生まれる訳で、1番上の兄がイケメンのカインお兄様だ、あの容姿だから屋敷内を歩くだけで女性使用人が失神をしてしまう程で反則級の美男子と言えよう。

 そして次に誕生したのが次男のカリムお兄様だ、長年仕えてるオフィーリアさえも顔も姿も見た事も無く、部屋から出て来ない引き篭もりのヒッキーとの事、謎の次男である。

 そして3番目に生まれたのがレミーネ事俺らしいのだが、そこまで話をしていると扉をノックする音が聞こえる。

 俺は『はーい』と答えるとミディアが扉を開けオフィーリアを呼ぶ。


「オフィーリア、ちょっと」

「はい、少しお待ち下さい奥様」


 俺に一礼をしてから扉の向こうのミディアの場所に行き話し始める。

 何やら俺には聞かせたく無い話なのだろうか小さな声でゴニョゴニョと話しオフィーリアは一度驚く。


「えっ! 奥様、そんな事は……」

「命令です。おやりなさい!」

「はい……」


 オフィーリアは渋々と俺の所に帰って来て辛そうな顔で一言話す。


「レミーネお嬢様、お許し下さい……」

「何を言ってるのオフィーリア……」


 彼女はミディアから渡された頑丈なロープを俺に巻き付け縛り上げ、動けないようにされた。


「オフィーリア、何をするの?」

「奥様のご命令です。申し訳ありません……」


 俺をロープで縛り動けないようにすると、廊下の向こうからロニーとミディアが次々に入って来てその後ろから怪しい御一行が入って来た。


「オフィーリア、良くやったわ。さっ! 大司教様よろしくお願いします」

「うむ」


 取り巻きである若い司教の後ろから真っ白な髭を生やし大錫杖を持ち、白と金ピカの派手な祭服を身にまとった悪魔祓いエクソシストのプロである大司教が入って来た。

 どうやら俺の事を悪魔だと勘違いしたらしく数日間軟禁し、油断させてその間に大司教を呼んで祓うつもりだったらしいのだ。


「さぁ〜公爵殿の娘に住み着く悪魔よ。去るが良い我が神の裁きにより地獄へと帰るが良い!」


 俺はどうしていいか、わからなかった。

 別に悪魔でも無ければ神様でも無い、転生された思念体で有り帰れと言われても帰れる訳も無かった。


 (さて、どうしよう……ここで何もしないと変だし、このまま軟禁が続くのも嫌だし何とかしなければ……そうだ!)


 俺はここで一芝居打つ事にした。


「ふっ、ふははっ、はははぁぁぁぁぁ! よくぞ見破った大司教よ」

「やはり悪魔なのか!」


 悪党っぽい口調に変え、悪魔を演じる事にしたのだ。

 それを目の前で見たロニーとミディア2人は共に抱き合い怯えている。


『貴方! お前!』

「公爵様、奥方様、危険ですからこの部屋から出て行って下さい」

「でもレミーネが……」


 大司教はエンブルザード家の2人を俺から遠ざけるようと左手でかばい若い司教の取り巻き達に夫婦を外に逃すよう指示をするが、2人は腰を抜かしてしまい部屋の隅でうずくり逃げる事が出来なかった。


「くっ、悪魔め! 公爵殿の娘の体を乗っ取り何をするつもりだ……その娘を返して貰おう」

「嫌だと言ったら……」

「不届千万、ならば!」


 縛られた俺の前で大錫杖を突き立て、大司教は退魔の呪文神聖魔法を唱え始めた。


「天に至る大いなる我が神マリアエクステレス様、我が力となりこの悪魔を追い払えたまえ。ホーリーレイ!」


 俺の胸元に大錫杖を軽く突き立てると錫杖の先から光らしき何かが通り抜け体を貫いて行った。


 (ん! 何かしたのか、痛くも痒くも無いのだが?)


 神聖魔法は悪魔にしか効果が無い為に俺の身体には一切の傷も痛みも無く数秒が過ぎて行った。


「……」


 静寂が過ぎて行く中、何かリアクションをしないといけないと思い俺はアドリブをする事にした。


「くっ、くっわははははっ。そ、そんなものは効かぬわ、この悪魔であるえ〜っとデュ、デュアラス様に何人なんぴとたりとも傷など付けさせぬわ〜!」

「何! あの大魔王デュアラスの事か!」


 大司教は驚いた、俺が即席で考えた名前がこの世界では大魔王の名前らしく顔面が蒼白していたのだ。


「ま、まさかこの娘の中にそんな大物が居るとは……」

「大司教様!」


 一瞬、大司教と取り巻き達はたじろぐが少しすると気を取り戻し立ち向かおうと身構える。


「大魔王だろうと何だろうと我が神の前では無力! この神聖なる力にひれ伏すが良い」


 俺は本当かよと思いながら大司教がまた神聖魔法唱え始めて来たので身構えた。


「公爵様、奥方様、この王都領域内で使える最大の神聖魔法を使います。危険ですからこの部屋からお逃げ下さい」

「さぁ、ミディアここから逃げるんだ」

「でもレミーネが……」


 夫であるロニーは腰を抜かした状態でミディアに逃げるよう進めるが、娘の身を案じるミディアは最後まで見届けようと動くことが無かった。


「行くぞ魔王! 我が神の力を存分に知るが良い、天に至る大いなる我が神マリアエクステレス様。その力を解放し地上に聖なる光を放ちたまえ。 セイクリッド スマイト!」


 俺の頭上に大きな円柱が形作られ、眩しき光が天から降り注いで来る、それは光が滝のように流れ落ちて俺はその光を浴びるのだった。


「流石の大魔王もこれならば……何!」


  大司教は目を疑った、なぜなら苦しむはずの悪魔呼ばわれされた俺は平然と立ち尽くし光を浴び続けているからだ。

 神聖魔法は悪魔にしか効かない、俺の思念体もレミーネの体も無事でい他のだ。

 退屈になって来た俺は少しからかってやろうと前世のアニメで言ってみたかったあの言葉を思い出し、言い放つのだった。


「これがダメージ……痛みか!」


 全くダメージが効いて無い素ぶりをすると大司教はもうダメだと膝からゆっくりと崩れ落ち座り込んでしまった。


『大司教様!」


取り巻き達は大司教の所に行き、支え立たせようとする合間に俺は次に何の神聖魔法をしてくるか期待をしながら待っていた。

 だが大司教は次の神聖魔法を放つ訳では無く何かぶつぶつと独り言を言いながら立ち上がり右手を懐に入れた。


「もはやこれまで! 奥方様申し訳ありませぬ、もう娘様を助ける事は叶いませぬ。彼女の中に居る魔王は昆虫で言えばさなぎの状態、このまま外に出す事は王都、あるいは世界が滅んでしまいます。媒体となっている娘様を倒し一時的に魔王を転生させたいと思います。どうかご了承下さい……」


 俺は『えっ!』っと思った、悪ノリがし過ぎたのか大司教を追い込んでしまい最終手段に出てしまったのだ。

 大司教は懐に入れた右手を取り出すと持っていたのは宝玉が散りばめた神聖の短刀で鞘を抜いたのだ。


「娘様を殺した責任は私自ら自害して取ります。ご勘弁下さい」


 『やばい、殺される……』そう思った瞬間だった。


「お待ち下さい、大司教様!」


 大司教が短刀を俺に突き付けようとした時、母であるミディアが中に入り止めようとした。


「奥方様、何を!」

「大司教様、邪魔立てをして申し訳ありません。ですが可愛い娘が目の前で殺められるのはとても偲び無く存じます。さすれば私が説得して見せます。もしダメでしたら私と娘を殺めてくださいませ」


 意を決して、偽りの魔王である俺と交渉するべくミディアは話しかけて来た。


「奥方様、危険です。魔王と交渉など……」

「レミーネ、私のレミーネ。怖かったでしょ、貴方1人で逝かせはしないわ。私も一緒に付いて行くから……だから安心してね」


 ミディアは縛られた俺に抱き付き涙を流して死の覚悟を決めていた。

 母親を知らない俺は親とは自分を犠牲にしてまで子供を守るものかと心を打たれ、その暖かさと温もりを実感し悪ノリした事に罪悪感を感じるのだ。

 そして俺は慈愛に満たされながら涙を流し『お母様……』っと口に出して呟くのだった。


「な、なんと! 魔王が涙を流してる……効いている。これは効いているぞ! 奥方様、もっと愛を、そう魔王が苦手な愛を注ぐのです」

「は、はい!」


 ミディアは俺を強く抱きしめて居ないはずの魔王を追い払おうと必死に声をかけ続けた。


「レミーネ、お願いだから戻って来て、魔王に負けないで!」


 こんな事を言われてしまうと演技など続けられる訳も無く、演技を終わらせる為にある行動をとる事にしたのだった。


「ぐおおおおおおおっ! なんだこの違和感は、この娘の中に居続ける事など出来ぬ。辞めろ、辞めるんだ〜!」

「す、凄い!あの魔王が苦しんでいる……最大級の神聖魔法さえも効かなかったのに……奥方様! もっとです。もっと愛を注ぐのです」

「はい! レミーネ家族の事を思い出して! 楽しかったあの時を思い出して!」

「辞めろ……辞めるのだ! もうこの娘の中には居られぬ。だがこのまま引き下がるのもしゃくと言うもの、代償としてお前の娘の記憶を持ち去ってやるわ〜。せいぜい空っぽになった娘をいつくしむがいい……わっははははh……」


 俺は気を失う振りをしてミディアに寄り掛かり意識を無くす真似をした。


「レミーネ、レミーネ! しっかりして、レミーネ!」

「う、うっっっん……貴女は誰? ここは何処?」

「レミーネ、あなた記憶を……」


 上手く演技が成功したのか過去の記憶を失った俺事レミーネが完成したのだった。


「奥方様、すいませぬ。わたしが不甲斐ないばかりに娘様の記憶を魔王に盗られてしまいました……」

「いいのです。大司教様……記憶は盗られてもレミーネはここに居ます。私が愛した娘が……」


 ミディアは記憶喪失となり無垢に帰ったレミーネを抱きしめ頬擦りしながら生きている事に幸せを感じて居たのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る