第1話 ディファレント
夢の中、俺の意識は海の中で漂うようにゆらゆらと、ゆらゆらと、揺れ動きながら人間の形を保ち
体は前世の男のままで周りには何も無く、何も聞こえず、夢の中で漂っている感じだった。
だがその静寂を掻き消すように遠くから声が聞こえて来る。
「……です……お願いです」
誰かが俺に声を掛けているようだった、少女ぽいその声は何かを伝えたがっているようだった。
「お願いです。貴方の力が必要なのです」
「俺の力? 誰だ!」
話しながら近づいて来る物体は段々と少女の形となり俺の前で立ち止り、姿を現す。
サラサラな桃色の髪の毛に切長の目、スーッとした鼻立ちに小さな口、俺が姿見鏡で見た少女と同じだった。
「私はレミーネ、生前貴方が見た少女の持ち主です」
「あれは君の体なのか、それなら返したいどうすればいい?」
「そうでは有りません。聞いてください」
「んっ?」
弱々しく、力無く、悲しそうな表情を浮かべている彼女は俺に何かをしてもらいたそうだった。
「近い将来エンブルザード家は危機に襲われます。その時に貴方の力が必要なのです」
「俺の力? 俺には何の力も無いんだが?」
「いえ、前世で学び、培ったその技術が必要なのです。どうか私達にその力をお貸しください」
「技術って言っても……あれは前世での技術だし……中世のあの時代に必要な技術とは思えないんだけど……」
「ああっ、もうこの状態を維持する事が出来ません。どうかお願いです、その力をエンブレザード家の為に……よろしくお願いします……私達を助け……」
話の途中で彼女の思念体は人の形状が保てず段々と崩れ、泡となって消えて行ってしまった。
「ちょっと待って! まだ話が……」
消え去る彼女を手で追いかけるが間に合う訳も無く、ただ追い眺める事しか出来ず。全てが消え去ると同時に意識が戻り始め、目が覚めて行くのだった。
「うっ、ううん……」
「レミーネお嬢様、お目覚になられたのですね。今奥様を呼んで参ります」
侍女のオフィーリアはレミーネの母親であるミディアを呼びに寝室から飛び出し、別室に行ってしまった。
静まり返る部屋の中を俺は見渡すが、やはり貴族らしい豪華な寝室で寝ている事を自覚し、姿見鏡で俺を覗くと白いワンピースのネグリジェを着て桃色の髪を
「はぁ〜っ、やっぱり少女のままか……これからどうしたらいいのやら……」
落胆していると母親であるミディアが部屋に入って来て、その後ろからオフィーリアも付いて来た。
「やっと目覚めたのね。一時はどうなるかと心配したわ」
数日間、目が覚まさなかったレミーネを心配して強く抱きしめるミディアだがその豊満な胸に圧迫されるや、余りの強さに窒息しかけたので離れようと手でもがき出した。
「モガっ! く、苦しい……息が……」
「あっ、ごめんねレミーネ。でも貴女が無事で良かったわ」
ホッとしたミディアは抱きしめるのを辞め、俺と言うレミーネの体に異常が無いか所々触り、無事であるか確認していた。
「体調はどう? 痛い所は無い? 気持ちが悪かったりしていない? 何かあったら言って頂戴」
母親と言うのはこんな感じなのだろうか、片親で育った俺にはわからない事だった。
「だ、大丈夫よ。お、お、お母様……」
以前のレミーネに似せようと振る舞っては見るが、過去の彼女を知らない俺は、ただ女性っぽい喋り方を真似て誤魔化すしか無かった。
「あらっ、なんか雰囲気が違うわね。どうしたのかしら? 以前のレミーネはもっと
(ギクっ! や、やばい……)
「奥様! レミーネお嬢様は落馬した際に頭を強く打たれておられます。もしかしたらそのせいかも知れません」
「頭を……後遺症が残らなければいいのだけど……」
説明するオフィーリアの言葉を聞きながら、ミディアは俺と言うレミーネが外観上無事である事に安心し、目覚めた事を家族全員に知らよおうと侍女や使用人達に伝言を伝え始めた。
「レミーネ、今家族の皆んなを呼んだから元気な顔を見せてお上げなさい」
「えっ!」
当たり前の事をミディアは言っているのだが俺にとっては不都合で有り、中身が違う事がバレるのを恐れ、何か誤魔化す方法が無いかと考えるが即席の言い訳しか思い付かなかった。
「い、痛! いたたたったたっ……お母様、私まだ体が痛いの。だからもう少し休ませて欲しいのですけど……」
幾らか痛みが有るのは事実だが、それを大袈裟に話して時間を稼ごうとした。
「大丈夫よ、治癒魔法を使えば痛みなんってすぐに取れるわ」
話を言い終えるや否や、ミディアはすぐさま治癒魔法を唱え始めた。
「慈愛なる女神、マリアエクステレス様。この私にどうかお力をお与え下さい。 インジュリ リカバリー!」
両膝を
「どう、取れたでしょ」
「嘘! 全然痛く無い……お母様ありがとうございます……」
「お礼なんていいのよ、家族ですもの。さ〜っお父様達が来るのを待ちましょ」
魔法と言うものを意識して体験したのは始めてなのだが、これで俺は大人しくベットでエンブルザードの家族を待つしか無かった。
静寂が訪れ数十分もすると、扉の向こうからドスドスと大きな足音が聞こえいきなり扉を開けて男が入って来る。
「レミーネ、愛しのレミーネ! 大丈夫だったかい? 落馬をさせたのは本当にすまなかった……許しておくれ……」
敬愛なる言葉を口にし紳士な姿で口髭を生やし、如何にも中世紀頃のヨーロッパ衣服を着たその男こそエンブルザード家、現当主で有りレミーネの父親で有るロニー・エンブルザード公爵である。
「まぁ〜貴方ったら、そんな大声で突然入って来て。怪我人の前ですよ」
「それはそうだが……もう治癒魔法で治っているのだろ? なら良いではないか」
魔法と言う不思議な力を体験し、貴族と言う階級社会の中に何もわからず放り込まれた俺はこのエンブルザード家で、どうやってレミーネとして演じきり生活を送れるか悩んでいた。
「ん? レミーネ、何をキョトンとしているのだ。父の顔も忘れてしまったのか?」
「そ、そ、そ、そんな事はありませんよ。お、お、お父様っ。おほほほほほっ……」
やはりレミーネがどんな性格だったかわからない俺は喋れば喋るほど墓穴を掘って行くのだった。
「どうもおかしいなぁ〜? いつものレミーネでは無い気がするのだが……」
「貴方もそう思います? 一体どうなっているのかしら?」
エンブルザード家の夫婦は頭を傾げていると1人の若い男が扉を開けて入って来た。
「父上、母上、どうかなされましたか?」
若い男の歳は20代前半だろうか、父親譲りの金髪に優しい顔つき、目は切れ目で鼻筋が整い、今で言うイケメンと言う言葉が合いながらも体付きは細身ながら筋肉質の体格で好青年だった。
「おおっ、カイン良い所に来た。レミーネの様子がおかしいのだ。お前も見てやってくれまいか?」
「レミがですか? わかりました」
ここの実兄であろうカインと言う若者は俺の元に近づき声を掛けて来た。
「レミ、体調はどうだい?」
親しみを込めて短く『レミ』と呼び、片膝を付きながら姿勢を落とすとベットで寝ている俺の顔を覗き込んで来た。
彼の透き通る青い瞳は宝石のように澄んだ目で、それを見続けているとなんだか体が熱くなり顔が赤く火照り始めてしまうのだった。
(えっ! あれ? なんで俺、こんなに顔が赤いんだ? そしてこのドキドキ感はなんだ?)
体が女性だからなのだろうか、それともイケメンであるカインと言う実兄の魅力に惹かれてしまったのだろうか、頭がクラクラになってしまい段々と恥ずかしくなって見続ける事が出来なかった。
(うわ〜なんだこれ恥ずかしい……)
慌てて肌掛けを頭から被り、丸くなってしまう様はまるでカタツムリのようでそのまま天の岩戸を決め込んでしまった。
「あはははっ、どうしたんだいレミ。僕の事も忘れたのかい?」
イケメン、カッコいい、素敵、魅力的、いい男、頭の中でその単語がグルグルと回り続けどうしていいかわからなかった。
(これ俺の感情ならホモ? でも体が女なだからセーフ? わからない……)
「どうだカイン、やはりレミーネの様子がおかしいだろ?」
「そうですね。ですが父上、オフィーリアが言っておられた通り頭を打ったショックで一時的に記憶が無くなってるかも知れません。少し様子を見てはいかがでしょうか?」
肌掛けに包まった俺から目を離し立ち上がると、父親であるロニーと母親のミディアの方に顔を向き2人に進言をしてみたのだった。
「お前がそう言うのならそうしよう、それにしてもカリムはどうしたんだ?」
「それがカリム様は『そんな事で行く必要は無いと』っと部屋から出て来ないのです」
「アイツはいつもこれだ!」
伝言を伝えた使用人が説明をするとロニー公爵は出て来ないもう1人の兄であるカリムに腹を立て、ドスドスと音を立ててカリムの部屋に向かって行ってしまった。
「レミ、また後で来るよ。さぁ〜母上も戻りましょう」
「でもレミーネが……」
「レミは少し休ませた方がいいのですよ。さぁ」
包まり続ける俺を察してなのか、カインはミディアを連れて寝室から出て行き、残ったのは専属の侍女であるオフィーリアだけになってしまった。
「レミーネ様、皆さんは退出して行きました。もう顔をお出ししても大丈夫ですよ」
オフィーリアは肌掛けに包まり続ける俺に、優しく声を掛け顔を出すのを待っていた。
俺はと言うとドキドキが収まり平常心へと戻ると、緊張が解け安心をしたのか今度は生理現象に襲われ、潜り込んだ肌掛けから飛び出しオフィーリアにトイレの場所を聞いた。
「ねぇ、オフィーリアさん」
「オフィーリアで結構でございます」
「それじゃ〜オフィーリア、お、おトイレはどこかしら?」
「寝室を出て右側にあります」
聞き終えるや否や女性と言う事も忘れ、一目散にトイレへと向かい走って行く。
トイレに着いた後、立って用を足そうとするが男のシンボルである物は無く立って用が足せない事に気づく。
「あっ、そうか今は女なんだっけ」
すかさず座り込んで用を足し、スッキリして扉を開くと下の処理に来たオフィーリアが不思議そうに尋ねて来た。
「貴女は本当にレミーネお嬢様なのでしょうか?」
トイレに行く事に夢中になり、我を忘れて男のように振る舞ってしまった俺はその事で仇となり、彼女に不信を抱かせてしまったのだ。
どうにも弁解がつかいない俺はオフィーリアに開き直り『今は凄く疲れてるの、察して欲しいわ』っと嘘をつき、彼女を無理矢理黙らせるのであった。
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