ディファレントワールド イグニッション

天夢佗人

プロローグ

 春の訪れ、俺が生まれてから22回目の季節がやって来る。

 木々は芽生え,鳥がさえずり春風さえもが気持ち良く、心を踊らされる。

 そんな俺の朝はスマホのアラーム音から始まる。


 ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ!


「うるせなぁ〜もう……」


 スマホの目覚ましに文句を言いながら起き上がる俺は、服を着替え、洗面所で顔を洗い、歯を磨き、朝食を済ませると言うルーティンから始まる。


「さて、出かけるとしますか」


 この俺、筒島慎也つつしましんや20歳は片親で育てられながらその父親からも離れ、アパートに1人で暮らしている。

 子供の頃から車が好きで高校に入る時には自然と自動車科を選び、入学していた程だ。

 その後、もっと自動車の事を学びたくて親父にわがままを言い、専門学校に通う事にした。

 贅沢は出来ないので2年制の学校に行き、勤勉に励んだ俺は二級整備士の資格を取り卒業を迎えるのだった。

 成績は可もなく不可も無く普通で、就職先は近隣のスバルディーラーを選び希望した。

 採用された時は嬉しく、今日俺はその念願の初出勤を迎えるのだ。


「早く起きたし時間も十分、この時間帯なら間に合うな」


 中古で買ったスバルのステラに乗り、目的のディーラーへと向かう。

 だが朝の通勤ラッシュは思っている以上に混雑しており、途中の渋滞に捕まってしまうのだった。


「ありゃ〜まさかの渋滞かよ! 予想より混雑するんだな〜後で時間修正し無いとダメだな〜」


 渋滞に巻き込まれる車は、ライン工場の部品のように1台、また1台と順番に前へと進み流れて行く、そして俺の車が信号の交差点前にたどり着いたその時だった。

 交差点の右側から凄い勢いで大型トラックが走って来たのだ。


 (おい、おい、おい、まさかこっちに来るんじゃ〜無いだろうな!)


 思った瞬間だった、『キキッー ガッー!』っと言う音と共に曲がり切れない大型トラックは俺の軽自動車に突っ込んで来た。


「嘘だろ……」


 『ガシャン!』とぶつかったトラックは、俺の軽自動車を巻き込みその後続車までも次々に巻き込み走り続けるとトラックはようやく止まり静寂を迎えた。

 ここまで数秒の出来事だった。

 シーンっと静まり帰る後に、今度は『きゃー!』っと言う悲鳴と叫び声が木霊こだまする。

 泣き叫び倒れ込む者も居れば救助もしないでスマホを取り出し、写メをする者まで居た。

 フォロワーを稼ぎたいクズ野郎だろう、世の中とはこんな奴等ばかりなのだろうか? 野次馬は増えるが救助する人は少ない。

 そしてそんな少ない中で正義感ある男の人が俺を助けようと軽自動車にやって来る。


「おい、君! 大丈夫か? うっ、車に挟まれて……誰か! レスキューを呼んでくれ、レスキューを……」


 前からは大型トラック、後からは普通乗用車に押され挟まれ、サンドイッチにされた俺の体は見るも無惨で、助けに来た男もその現状から目を逸らしたくなるような姿でいたのだった。

 骨と言う骨は折れ、内臓もやられているのだろう血を吐き激痛が走りまわる。

 時間と共に段々と血の気が引き始める俺は、意識も薄れて行く中で走馬灯が走っていた。


 (ああっ、ちゃんとスバルディラー行って仕事を沢山したかった……そして優秀賞をもらいニュルブルクリンクの24時間レースに呼ばれ、メカニックとして活躍したかった……父ちゃん1人で育ててくれてありがとう、仕送り出来なくてごめん……)


 何も出来ず、その想いを果たせぬまま事が終わるのがとても悔しくそして今世、俺は何をしに生まれて来たのだろう? っと思おいながら力尽きるのだった。


「ニュースです。今朝8時ごろ群馬県O市の407号線の交差点で大型トラックが左折をし、信号待ちで停車していた軽自動車に衝突をすると言う事故がありました。軽自動車に乗っていた筒島慎也さん22歳は救急車に搬送中に死亡。相手の大型トラックの運転手からは大量のアルコールが検出され県警は飲酒運転として取り調べを続けているもようです……」



 この世界では無いどこか。

 時代背景からすれば中世紀ヨーロッパの街並みと暮らしぶりが目立つ世界。

 王様が居て貴族が居て農民が田畑を耕してる時代だ。

 前の世界と比べるなら魔法と言う物が存在し、魔物達が居る世界だ。

 文明はゆったりとしているのだろうか、機械と言える物は少なく移動手段が動物を使う様な世界だ。

 そんな世界のマザリック大陸西部にある国チグレクタ王国。

 豊かな大地に恵まれ農作物が豊富で中世ながらに環境が整った国だ。

 その東側領土を納めているのがエンブルザードと言う貴族である。

 エンブルザード家は『チャリオット』と言う戦闘馬車を扱うのが得意な貴族で名家である。

 この古来、いくさに使われていた『戦車』で有るチャリオットは、2頭立てあるいは4頭立ての馬を動力にした2輪の馬車を引いて戦う乗り物で、戦う時は立って搭乗し、剣や槍、弓矢に魔法などを使っていた。

 だが時代が変わり戦闘用馬車で有るチャリオットは、今の時代には不向きで不要な産物になってしまった。

 その理由は馬に直接搭乗し、騎乗出来るくらあぶみが発達して小回りが効く軽騎兵が主流になってしまったからだ。

 なので今現在のチャリオットは名残なごりとして競技化されたレースとして使われている。

 エンブルザードはその競技化されたチャリオットレースで多くの成績を収め貴族として繁栄し名家に成り上がった貴族なのだ。

 そんなエンブルザード家の中で俺は目覚めるのだった。


「うっ、う……ん」

「お嬢様……お嬢様……」

「ここは何処……病院?」

「病院ではありません、お嬢様お目覚めになられたのですね」


 (お嬢様? 一体誰の事を言っているんだ? 俺は男だぞ!)


 看護している目の前の女性は異人であるが何故か言葉が理解出来る。


「貴女はいったい誰?」

「侍女のオフィーリアです。お忘れになられましたか?」


 オフィーリアと名乗る20代前半の金髪女性は、メイド服を着て心配そうに俺の顔を覗き込み体の容態を心配をしていた。


「ごめんなさい、わからないです。それにここが病院では無いのなら何処なの?」

「レミーネお嬢様の寝室でございます。わからないのですか? もしかしたら旦那様のチャリオットから落馬して頭を打ったせいかもしれませんね。一時的な記憶喪失かもしれません、安静にしていれば元に戻ると思われます」


 (旦那様? チャリオット? 落馬? 一体全体何の事を言ってるんだ? 俺は大型トラックに突っ込まれたはずなのになんで生きている?)


 ベットに横たわりながら周りを見渡すと貴族風の高級な部屋である事がわかる。

 高そうなベットには天井から吊るされたカーテンの天蓋てんがいきらびやかなシャンデリアに装飾が施された椅子やテーブル、家具など、例えるなら高級ホテルのスイートルームに居る贅沢な感じだった。

 そしてもう一つ驚くことがあった。それは上半身を起こした時に自分の髪の毛が胸元まで滝のようにサラサラと流れ落ち、その色は細い桃色をしているのだった。


 (えっ! 嘘だろ? 俺は日本人だから髪の色は黒いはずだし、こんなに長くは無い。なんで?)


 疑問はすぐに解決した。それは近くにある姿見の鏡が俺の体を写し出し、西洋の少女である事を表していた。


「うっ、嘘! い、嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「お嬢様、しっかりして下さい。今ミディア奥様を呼んで来て参ります」


 侍女であるオフィーリアは慌てて別室に居ると思われるミディア奥様を呼びに行ってしまった。

 俺は西洋の11〜12歳くらいの少女になっている事を受け入れる訳も無く、ただ混乱と発狂をするしかなかった。


 (西洋の少女? あり得ない……俺の男の体はどこにいった? なんでこんな場所にいるんだ!)


 両手で耳の部分を抑え、首を左右に振り回し錯乱しているとミディアなる婦人が部屋に突然入って来る。


「レミーネ大丈夫? レミーネ!」


 婦人はレミーネと言う少女と同じ桃色髪で大人びて貴賓きひんある姿でメイジ魔法使いらしい短い杖を持っていた。

 ミディアは咄嗟とっさに両膝をひざまずき手を握り合せ、天に向かい呪文を唱え始めた。


「慈愛なる女神、マリアエクステレス様! この私にどうかお力をお与えください。メンタル スタビリティ!」


 呪文が唱え終わるや否や俺は再び寝かせつけられるようにスヤスヤと寝てしまっていた。


「精神安定の魔法を施したわ。いいオフィーリア、レミーネが起きたら私にすぐに教えなさい」

「わかりました、ミディア奥様……」


 魔法を掛けた後、母親であるミディアはまた別室に戻って行ってしまった。


「レミーネお嬢様……」


 侍女であるオフィーリアはその場に残り、俺と言うレミーネの頭を撫で、心配そうに寝顔を見つめ続けるのであった。

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