第2話

 軽く歓談が落ち着いた後、そのまま休憩へ入った。達人は煙草を吸いに行った。私は諦めが悪く、周囲の者が自由に過ごしてる様を確認し、追いかけるように達人を探した。窓から死角になる駐輪場付近に影が見えた。急いで向かうが、達人ではない別の人物であった。そのまま自販機がある一角まで歩くと、達人はそこに居た。というよりも、そこに在った。ふとした瞬間に探し物が見つかった感覚に近い。


「そこに居たんですか。いや、さっきは驚きましたよ。もうそこに居なくなってしまったような感覚でした。」

 まずは無難に感想を述べた。思ったよりすらすら口をついて出た言葉は、怪我人に「大丈夫ですか?」と確認する行為に近いものがあった。彼が生命以外の何か、はたまた無機物の類ではなく本当に先程の達人であるのか一抹の不安があったのだと後になって腑に落ちるのである。


「それは良かったです。結構大人の方でも普通に楽しんでいただけたようで、これは自信になりますね。ありがとうございます。」

 達人は謙虚であるが、その言葉には顔がなかった。というのは、実態はあるのに一番知りたい確信に迫るものが何一つ感じられなかったからである。ただ、同時にそれを引き出すための都合の良い言葉を私はもちあわせていなかった。それに、何か、恐れのようなものもあったかもしれない。

「しかし、どうやっていないいないばあを極められたんですか?」

「そうですね、強いて言うならば、場数を踏んだくらいですかね。誰でも手軽にできる故に誰も練習しないでしょう? そこを逆手に取って極めたら面白いなって、ただやり続けただけですよ。」

「でも、それだけで、あんなに出来るもんなんですかね?……」

「ははは、それは私が一番知りたいですよ。周りから言われない限り、自分の言動には気づけないものじゃないですか、人って。私自身、こんなになるなんてって驚いていますよ。」

「そうなんですか。」

「ええ。」

 しばらく、沈黙が続いた。達人が胸ポケットから煙草を取り出し、吸い始めた。

私も真似するように煙草に火をつけた。

「……誰一人、生身の自分の姿を捉えた者はこの世にいません。いないはずですよ。写真や鏡で虚像を確認するだけです。誰だって、自分が一番見えていないものですから。」

 私は虚をつかれたようにその言葉を聞いた。


「思ったんですけど、自分の思う自分って、それこそが虚像で、周囲から認められてそこに存在する自分が実像みたいなものしゃないですか。本当は自分だけが本当の自分を知っているし、それを周りにわかって欲しい。ただこの世で生きる以上、実際問題、周囲から、社会から受ける評価が自分なわけじゃないですか。」

「……たしかに、それはそうですよね。でも、周りから気付かされて発見する自分もある訳じゃないですか。それこそ、いないいないばあがそうだったじゃないですか。」

「そうですよね。それは本当に自分でも驚いていて。……ただ、もしかしたら私は、歓談中に皆さんが真似してやっていようないないいないばあを、ただただ普通にやりたかっただけだったのかなって。」

「なるほど……。」

「私、怖いんですよ。本当に。このまま本当に自分自身が居なくなってしまうんじゃないかって。」

「……えっと、それはいないいないばあの『ばあ』の時になっても反応がないというか、気付かれない恐さ、みたいな感じですか?」

「……それも、あるかもしれないですね。でも私が言いたいのは、いないいないばあに限らず、私自身そこに居るのに居ないようになってしまって周りから気付かれないというか……。」

「……そんな、まさか! まじないなんかじゃないんですから。ははは。」

「それはわかっているんですが、こう、私自身が自分をよくわかっていませんし、皆さんが評価されるものなので……。私から何を言ったところでその顛末はこちらではわからないので、それがやっぱり怖いですよ。私は。」

「ははは。自信持って良いですよ。ちゃんと凄いんですから。私もちゃんと騙されましたよ。でも、だからって、本当に消えるなんてことはあり得ないことですし、ね?」

 達人は自分のいないいないばあのロジックについて理解していないようだった。無理もない。こちらだって、本当にタネも仕掛けもないことはわかりきっている。だが、タネも仕掛けもない、その予見できぬ状況こそが、怖さの一端を大きく担っている。



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