第18話 エーリカと訓練

 ピザを教えた後、私は部屋に戻るとベッドへ倒れ込み、眠ってしまった。

 太陽の位置から察するに、一時間ぐらい眠っていたようだ。

 エーリカの姿は見えない。まだピザの試食でもしているのだろうか?

 私が一階へ降りて行くと、受付の机でエーリカとカリーナがジュースを飲みながらおしゃべりをしていた。


「ご主人さま、おはようございます」

「ああ、おはよう。何の話をしているの?」

「エーリカちゃんには沢山のお姉さんがいるんだって。いいな、私一人っ子だからうらやましい」


 カリーナが私用のジュースを用意してくれる。


「ありがとう」と言って、ジュースを一口飲む。

 果実たっぷりのリンゴジュースだった。


「エーリカは、何とか三番機とか四番機とか言っていたね」

「ヴェクトーリア製魔術人形二型六番機です」


 エーリカが頬を膨らませながらジト目で睨んでくる。


「ごめん、ごめん。と言う事は、上に五人の姉がいる訳だ。妹は?」

「私は末っ子です」

「やっぱり、お姉さんもエーリカちゃんとそっくりな何とか人形なの?」


 エーリカが人形だという事はカリーナに話したみたいだ。


「ヴェクトーリア製魔術人形です。姉とは全然似ていません。一番上の姉は、事あるごとに注意をしてくる口うるさい姉です。二番目はうろちょろとまとわり付く羽虫みたいな姉です。残りの姉も似たり寄ったりです。私が一番まともです」


 思い出したのか、げんなりした顔をするエーリカ。


「一番まともって……」


 私が胡乱うろんな目でエーリカを眺めると、「何か?」と再度睨んできた。


「それでも、お姉さんと会えないのは寂しいよね。今は何をしているのかな?」


 カリーナが悲しそうな顔で聞いている。

 優しい子だな。


「一五〇年ほど眠っていましたので、姉たちが今どうしているのかは分かりません。停止しているのか、破棄されているのか、どこかで動いているのか……」


 平気な顔をして姉の状況を語っているが、あまり良い話ではなさそうだ。

 私は強引に話を切り上げる事にした。


「カリーナちゃん、ジュースありがとう。私はちょっと外出してくるよ」

「ご主人さま、外で何をするのですか?」

「まだ夕飯には時間があるから、体を鍛えようと思っている」

「なら、わたしもお供します」


 エーリカも椅子から立ち上げる。


「エーリカも体を鍛えるの?」


 人間そっくりに作られた魔術人形だ。

 エーリカも鍛えれば強くなるのだろう。


「いえ、ただの監視です」


 さいですか……。


 

『カボチャの馬車亭』の脇道を奥へ進むと広場がある。

 建物の隅には井戸があり、奥様たちが野菜を洗いながら井戸端会議をしていた。


「人がいるとやりにくいな。別の場所にしようかな」

「ギャラリーの目を気にしていたら、いつまで経っても強くなりません」


 私が弱音を吐くと、ビシッとエーリカが叱る。

 何かヤバイ雰囲気だ。


「まずは基礎筋力を上げます」と言われ、エーリカに腕立て、腹筋、背筋、スクワットをさせられた。

 私の体力では各十回が限界。

 「もう、無理ぃー」と地面に倒れると「小休憩後、もうワンセット」とエーリカの無慈悲な声が飛ぶ。

 計三セットを終えた汗だくの私に、エーリカがアイテムボックスから手斧を取り出した。


「小休憩後、武器の訓練です」


 エーリカの訓練は、新兵訓練のハートマン軍曹のような下ネタの怒声ではなく、いつものような淡々とした声で指示が飛ぶ。

 その淡々とした声で指示されると、逆に逆らう気が起きない。

 私の心が折れそうになるとタイミング良く「わたしのご主人さまは、こんな所で諦めません」と言う。

「わたしのご主人さまは……」「わたしのご主人さまは……」と自分を引き合いに出してやる気を引き出していくスタイルだ。

 私のお人良しスイッチを上手く使うなんて、何たる軍曹だろう。


 野菜を洗う奥様の視線を浴びながら、私は斧を振り続けた。

「体全体で振るのです」「角度が無茶苦茶です」「柄をしっかりと握らないからブレるのです」とエーリカの言葉を聞きながら、一心不乱に手斧を振り続ける。

 握力が無くなり、手斧すら握れなくなった私は地面に倒れ込む。

 美少女が指示を出す訓練でヘロヘロになる筋肉中年の図だが、気力も体力も無くなった私は、井戸端会議の奥様の視線なんか気にする事もなくなった。

 指一本も動かない。今日の訓練は終わりにしよう。


「休憩後、夕食までランニングです」


 部屋に戻ってゆっくりしようと考えていた私にエーリカの無慈悲な指示が続く。

 


 ゴシックドレスを着たエーリカと並行して街中を走る。

 街人の注目の的だ。恥ずかしい。

 そして、夕方の鐘が鳴ると同時に道を引き返し、『カボチャの馬車亭』へ帰ってきた。

 軽く汗を拭いてから食堂へと向かう。

 若い女性一人と親子連れの三人組が既に座っていた。

 私たちも空いている席につき、夕飯をご馳走になる。


 本日の献立は、カボチャのスープ、豚肉のピカタ、そしてパンの代わりにピザが付いていた。

 豚のピカタには、ヒヨコ豆が入ったトマトソースが掛けられている。

 ピザはトマトソース多め、チーズ少なめ、具はキノコである。

 早速、ピザを食べる。

 ハーブを多めに入れてあり、爽やかな香りが鼻に広がる。

 さすが長年お客さまに料理を提供してきたプロ。適当に作った私のソースよりもすでに美味しいソースが出来上がっていた。


「私が寝ている時、どのくらいピザを焼いたの?」

「ハーブの量を変えて四種類のソースを作りました。それに合わせて四枚のピザを味見しました。どれも美味しかったです」


 ソースにこだわったので、ピザのソースは多めにしてあるんだね。

 今後は生地も具も研究して、どんどん美味しくしてもらいたい。


「どうだい、美味しくなっているかい?」


 給仕にきたカルラが、ピカタを食べていた私に声を掛けてきた。


「私が作ったよりも凄く美味しくなっています。短時間でここまで変わるとは思わなくて驚いていたところです」

「色々と試す予定だから、率直な意見を聞かせておくれ」

「それでパン屋の方はどうですか? 売れました?」

「それが具の乗ったただのチーズパンと思われて、ちっとも売れないね。知り合いに三枚ほど買って貰ったぐらいだよ」


 肩を上げて「美味しいのにね」とカルラが嘆く。


「試食をしてもらえば良いのです」


 カボチャのスープを飲んでいたエーリカが提案した。


「試食?」


 疑問の顔をするカルラに私が説明をする。


「小さく切ったピザを、お客さんに無料で食べて貰うのです。味が分かれば、買ってくれるでしょう」

「ああ、なるほどね。……うん、明日の朝にでもやってみようかね」


 そう言って、カルラは他のお客さんの方へ向かった。

 他のお客さんからもソースが美味しいと絶賛の声が聞こえる。

 


 夕食を堪能した私たちは順番にお風呂に入り、エーリカの髪を梳いてからベッドに入った。


 今日は、初のお仕事。

 変な依頼だったが、無事に依頼を完了できた。

 恐喝犯に絡まれたが、エーリカのおかげで無事に済んだ。

 料理のレシピも教えて、食事の改善に役立てた。

 色々な事があって疲れた。

 最後のエーリカのしごきで、余計に疲れた。

 そのおかげか、昼寝をしたにも関わらず、目を閉じるとあっという間に深い眠りへと落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る