第17話 ピザを作ろう
食事を終えた私たちは、『カボチャの馬車亭』へ帰ってきた。
宿に入ると、カルラとカリーナが受付の椅子で裁縫をしている。
「おや、クズノハさん、お帰り。仕事は終わったのかい?」
「ええ、まだ見習い冒険者ですから簡単な仕事しかありません」
「おじさん、時間あるんだよね。今朝のトマトを使った液体を教えて」
裁縫していた布を机の上に投げ捨てたカリーナが私の方へ近づいてきた。
そう言えば、トマトソースを教える事になっていた。
エーリカが料金云々と言っていたが……どうしようか。
私が悩んでいると、エーリカが私の前に移動する。
「情報は大事です。教えるには代価を貰います」
エーリカがカルラの方を見て言う。
「クズノハさんたちはお客さんだからね。無料と言う訳にはいかないか……」
カルラが顎を当てて考え始める。
「おじさん、宿代は今日までだったよね。今後の宿代ではどうかな? ねぇ、お母さん」
カリーナが期待を込めた目でカルラを見る。
「そうだね。うちはあまりお金が無いから……宿泊三日でどうだい?」
カルラの提示は非常に助かる。
手持ちのお金が少なく、冒険者の依頼では昼食代しかならない。
はっきり言って、赤字だ。
このままでは貧民地区の安宿、最悪は野宿になってしまう。
私が同意しようとしたらエーリカが口を挟んできた。
「トマトソースを使ったレシピを付け加えますので、宿泊七日でお願いします」
「エーリカ、あまりがめついと品がないよ」
私は品性高潔をモットーとする日本人である。
「新しい料理です。安いぐらいですよ、ご主人さま」
「えーと……レシピって何だい?」
「調理方法です。トマトソースの作り方とそのソースを使った新しい料理を教えます。二つのレシピで宿泊代七日です。激安大バーゲンです。ちなみに作るのはピザです」
「「ピザ?」」
カルラとカリーナが首を傾げる。
「ピザは、トマトソースとチーズをパン生地に乗せて焼く料理だそうです。チーズの脂とトマトの酸味、小麦の香りがするパンのコラボレーション。わたしはぜひ食べてみたいです」
エーリカが拳を握って力説する。
「エーリカが食べたいだけじゃない……まぁ、その……こんな事を言っていますがどうします?」
私はカルラに聞いてみた。
「良いよ」
即答である。
「えーと、旦那さんに確認とかは……」
「あれはパンさえ焼ければ満足する男だよ。経営は私が全て任されているから問題ないさ」
そういう事ならと私たちはさっそくトマトソースとピザを作る事にした。
受付の右側の扉が台所に繋がっていた。
すぐに目に入ったのはレンガで作られたシングルベッドサイズの大きな竈。三つの穴が空いており、真っ黒に焦げたケトルがぶら下がっている。
その隣には、業務用冷蔵庫サイズの巨大な石釜。鉄の扉が取り付けてあり、こちらも真っ黒に汚れている。ゴーレムみたいで存在感が半端ない。
対面は調理場らしく、木製の机にナイフや包丁が置いてある。壁には色々なサイズの鍋やフライパンが掛けられていた。
部屋の隅に細身の男性が無言で私たちを見ている。
カルラの旦那さんで、カリーナのお父さんだ。
名前はブルーノ。
軽く会釈すると、ブルーノも無言で頭を下げてくれた。
優しそうな人だ。
「材料は好きに使っていいよ」
調理台の横に色々な野菜の入った木箱が置いてある。
「自分用のソースも一緒に作りますので、足りなければ使わせていただきます」
私はエーリカに頼んで、使いかけの野菜を取り出してもらった。
足りないのは脂と塩胡椒ぐらいか。
「竈に火を起こしてもらっていいですか」
「パン釜はどうする? そっちも火を付けといた方がいいかい?」
「ええ、最後にピザを焼きますので、一緒にお願いします」
カルラは竈を、ブルーノはパン釜に火を付けていく。
凄く手際が良く、見ていてほれぼれしてしまった。
「それと余っているパン生地ってあります? ピザの生地にしたいんですけど」
「夕方のパン用に寝かしてあるから、それを使うといいよ」
カルラが笑顔で答える。
何から何までありがたい。
私は水瓶から水をすくい軽く手を洗うと、「それでは始めましょう」とみんなに告げた。
カルラは、私の横で観察。
カリーナは、木札とペンを持って筆記担当。
ブルーノは、黙って釜の火を調節している。
エーリカは、邪魔にならないよう壁際で待機していた。手伝う気はなさそうだ。
まず壁に掛けている鍋を手に取り、水を入れて、竈で火にかける。
お湯が沸く間にニンニクと玉ねぎをみじん切りにする。ついでにセロリみたいな香りのある野菜が木箱に入っていたので、それも少量みじん切りにした。
「植物性の油ってあります?」
「麻の実の油で良いかい」
お湯を沸かしている鍋よりも一回り大きめの鍋を火にかけて温める。
そこにカルラから受け取った麻の実油を垂らし、ニンニクを炒めた。
ジュウジュウと良い音と共にニンニクの香ばしい香りが部屋を充満していく。
ニンニクがきつね色になったので、玉ねぎとセロリもどきを投入し、木べらを使って炒める。
水を張った鍋が沸騰したので、暇しているエーリカを呼んで、代わってもらう。
私はトマトを何個か用意して、お尻に切れ込みをしてからお湯へ入れる。十秒ほど茹でたら火から下ろし、水で冷やした。
「それは何の意味があるんだい?」
カルラが不思議な顔して聞いてきた。
「湯剥きといって、トマトの皮が取りやすくなるんです。トマトの皮を取った方が、口当たりが良いのでやります」
川辺で作った時は、面倒臭くてやらなかったが、今回は人に教えるのでやってみた。
「ご主人さま、玉ねぎが美味しそうな色になりました」
「じゃあ、こっちに持ってきて」
エーリカが炒めてくれた鍋に、皮を剥いたトマトを握り潰しながら入れていく。
そして、水とローリエ(っぽいやつ)、バジル(っぽいやつ)、オレガノ(っぽいやつ)の乾燥ハーブを入れる。
「カルラさん、竈の火を弱火にしてくれますか?」
カルラがひっかき棒で火の付いた木材を移動させて火力を調整してくれる。
「鍋に入れたのは薬草ですか?」
木札にメモをしていたカリーナが聞いてきた。
「そうそう薬草。私は香辛料って言ってるよ。これは臭み消しや風味を付ける為に入れるの」
カリーナがハーブの名前を丁寧に木札にメモをする。真面目な子だ。
竈の火が調整できたので、再度、鍋を温める。
「あとは焦げ付かないように混ぜつつ、三十分ほど煮込み、最後に塩胡椒で調整してお終いです」
「幾つか変わった事をするけど、作り方自体は簡単だね」
「このソースにひき肉を入れて煮込んだり、砕いたクルミを入れるのも美味しいです。あと、香辛料の種類や量によっても変わりますので、研究してみてください」
私はエーリカをトマトソースの混ぜ混ぜ担当に任命してから、ピザへと取り掛かった。
「では、このソースを使った料理……ピザを作ります」
「パン生地を使うんだったね。どのぐらい必要だい?」
ここにいるのは私を含めて五人。
試食とはいえ一枚じゃ足りないだろう。
「お皿のように薄く平ぺったい生地を二枚欲しいです」
カルラとブルーノが、手際よくパン生地を伸ばしていく。
「このぐらいかい?」
「もう少し、薄めでお願いします」
この世界のパンは硬い。
耳の付いた厚みのあるピザ生地では食べるのが大変なので、生地の薄いクリスピー型のピザにした。
「今回は薄めの生地にしましたが、パン生地は厚くても構いません。お客さんの要望に合わせてください」
私はエーリカが混ぜているトマトソースの鍋を持ってきて、カルラとブルーノが伸ばしたパン生地にトマトソースを塗り付ける。その上に刻んだチーズをたっぷりかけて、薄切りにしたベーコンを乗せた。
一枚はシンプルにチーズとベーコンのピザ。
もう一枚は、チーズの上に刻んだ玉ねぎ、ピーマン、とうもろこしを乗せた野菜ピザ。
二種類のピザを作って、ブルーノにパン釜へ入れてもらう。
パン釜の鉄口を開けると熱風が部屋を充満する。
竈もパン釜も火が付いているので部屋全体が凄く熱い。
カルラたちは慣れているらしく、へっちゃらな顔をしている。エーリカは暑さに強いらしくいつもの眠そうな顔のまま。私だけ汗だくだ。
「この熱だとすぐに焼けそうですね。チーズが少し焦げるぐらいが美味しいので、焼く時間は専門の方に任せます」
私はハンカチで汗を拭きながらブルーノに任せた。
「あいよ」とカルラとブルーノは、熱々のパン釜にピザ生地を入れていく。
待つこと三分。
窯の中を見ていたブルーノが、鉄口を開けてピザを取り出した。
チーズが溶岩のようにグツグツと波打っている。
温度が高かったのか、パン生地の端が少し焦げてるが、それはそれで美味しそうだ。
「うわー……」
カリーナのため息が漏れる。
エーリカの視線はピザに釘付けになっている。
私の口の中は唾液で溢れている。
久しぶりのピザ。楽しみだ。
ピザカッターが無いので、包丁で五等分……って、どうやって切るんだ? まぁ、適当でいいか。私は目分量で五等分にした。
「熱いので気を付けてください。では、食べましょう」
私が宣言すると、みんなの手が一斉に飛び出た。
伸びたチーズがえらい事になっている。
「ほう、これは……」
感嘆の声を出すカルラ。
「なにこれ!? 凄く美味しい! お父さんもそう思うよね」
目を見開いて驚くカリーナ。
ブルーノは頷きながら、黙って食べている。
エーリカは既に二枚目のピザを無言で食べていた。
私も手に取って、ピザを食べ始める。
チーズとベーコンの濃厚な油がトマトソースの酸味と混ざり、言葉では表現できない旨味が口の中に広がる。硬いパン生地だが、薄く広げているのでスナック菓子のようにサクサクと崩れ、顎が疲れる事もなく食べられる。
野菜ピザは、ピーマンが焦げてしまっているが、玉ねぎやとうもろこしは健在。
玉ねぎの僅かな辛み、とうもろこしの甘み。
パンチには欠けるが、野菜ピザも美味しい。
「どうですか、一週間分の宿泊代には成りますか?」
「ああ、十分過ぎるぐらいの料理だよ」
皆、満足してくれた。
不味いと言われなくて本当に良かったとホッと胸を落とす。
「お代わりをください!」
エーリカが皿を持ち上げて叫ぶので、私は「無いよ」と即座にツッコむ。
「はっはっはっ、夕方の忙しくなるまで、復習がてら何枚か作ろうかね。しっかりと味見してもらうよ」
豪快に笑うカルラが、エーリカに味見係を任命した。
「もちろんです。何枚でもかかってきなさい」
これから戦地に行くかのように鼻息を上げるエーリカに、「私も私も」とカリーナの声が重なる。
「トマトソースですが、このままでも使えますが、裏ごしすると滑らかになります。料理によって使い分けると良いでしょう。また、ピザの具もソーセージやジャガイモ、カボチャも合います。色々と試してみてください」
シーフードもピザに合うが、この街では川魚と沢カニぐらいしかいない。
無い物ねだりをしても仕方がないが、いつかはシーフードピザも食べたいな。
「エーリカ、私は部屋に戻るけど、カルラさんの邪魔だけはしないようにね」
「はい、邪魔はしません。味見するだけです」
自信満々に言うエーリカが無い胸を反らす。
「いや、手伝えよ」
私はエーリカにツッコんでから部屋へと戻った。
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