第16話 エーリカの実力

「ご主人さま、後ろを振り返らず、聞いてください」


 冒険者ギルドに向かって、貧民地区を二人で歩いているとエーリカが小声で囁いた。


「わたしたちの後ろから三人の男が後をつけています」

「えっ!?」


 私が無意識に後ろを振り返ようとしたら、「前を見てください」とエーリカに注意された。


「彼らの話を聞く限り、わたしたちのお金が目的みたいです」

「聞こえるの?」

「高性能魔術人形ですから」


 エーリカがドヤ顔で答える。

 なんてデビルイヤーなの。


「私たち、お金なんか持ってないけど」

「そんな事、彼らは知りません。わたしの姿でお金があると思ったのでしょう」


 私たちは前を見ながら小声で話しながら歩く。

 裕福地区まではまだ距離がある。


「どうする? 逃げる?」

「どうせなら、捕まえましょう。街の貢献度アップにちょうど良いです」


 確かに犯罪者を捕まえたら、街への貢献度が大きく上がるだろう。

 そうしたら、見習い冒険者から鉄等級冒険者へ昇進するのは早まる。

 ただ……。


「私、ビックリするぐらい役に立たないよ。危険を冒したくない」

「問題ありません。素人の三人ぐらい、わたし一人で大丈夫です。ご主人さまは欠伸でもしていてください」


 そう言って、私たちは荷車を置いて、建物と建物の間の脇道へと駆け足で入っていった。

 ゴミが散乱する脇道の奥で待機していると、三人の男が急いで駆け込んできた。


「へっ、この通路は行き止まりだぜ」

「金目の物を全部出しな」

「お前たちが見習い冒険者だって分かっているんだ。綺麗な娘が傷物に成りたくなければ、手でも上げていな、おっさん」


 男たちはナイフを持って凄んできた。


「ご主人さま、言質げんちを取りました。これから排除します」


 そう言って、エーリカは一歩前に出て、人差し指を男たちに突き付けた。


「へっ、何の真似だ。しゃぶって欲しいのか?」


 一人の男が喋ると同時に、エーリカの指先から光の弾が三つ飛び出した。

 ボン、ボン、ボンと高速に飛び出した光の弾は、男たちの顔に吸い込まれるようにぶつかる。

 男たちが後ろへ吹き飛び、動かなくなった。


「へっ、何それ? 魔法?」

「いえ、魔力を圧縮して飛ばしただけです。このぐらいのサイズなら魔術を使うよりも燃費が良いです」


 へー、そうなんだ。今度、教えてもらおう。


 男たちに近づく。

 一人は鼻が潰れ、顔が血みどろになっている。

 一人は、口に当たり、歯が何本か地面に落ちている。

 最後の一人は、額が青黒く膨らみ、痛々しいたんこぶが出来上がっている。

 三人とも白目になって気絶していた。


「結構、血を流しているけど、死なないよね」

「問題ないと判断しますが、念の為、死ぬ前にギルドへ届けましょう」


 私たちは地面に落ちていた紐を使って、男たちの手足を縛り、馬糞で汚れた荷車に男たちを放り込んだ。


「二日前に窃盗にあって、今度は強盗だよ。私、幸運値は高いと言われたけど、全然、運が良くない気がする」

「今回の件も回り回ってご主人さまに良い事が起こるかもしれません。先にも言ったように、彼らを使って、冒険者の評価を上げましょう」


 エーリカが居てくれて助かった。

 私一人では三人の男を相手に出来ない。

 それを危なげなく退治してくれるエーリカは非常に頼もしかった。


「それにご主人さまはわたしと出会った事自体、最大の幸運の持ち主です。わたしもご主人さまと契約出来たので、わたしも幸運の持ち主です」


 見た目は貴族令嬢のような美しい少女。たまに毒舌で、我が儘で、食いしん坊の相方。

 コミュニケーション嫌いの私がストレス無く話せるのは、たぶん彼女が人形だからだろう。

 そう思うと、本当に人形の彼女が仲間になってくれて良かったと思う。

 私はエーリカの頭に手を置いて、ゆっくりとでてあげる。

 エーリカが私を見つめると、「うんこで汚れているかもしれません。手を洗ってから撫でてください」と眠そうな目で言ってきた。

 ご主人さま、泣いちゃうよ……。



 ようやく冒険者ギルドへ到着。

 エーリカに恐喝犯の見張りを任せ、私は一人でギルド内へ入る。


「レナさん、ちょっといいですか?」


 受付で書類仕事をしていたレナに声をかける。


「アケミさん、仕事は終わりました?」

「ええ、無事に終わりました。ただ、帰り道に……」


 私が簡単に事情を説明すると、レナが心配する表情に変わった。


「二人とも、無事ですか? 怪我とかしてないですか?」

「ええ、大丈夫です。エーリカが上手く対処してくれました」


 私はレナと近くにいた無表情の男性職員を連れて外に出る。

 荷車に積まれた恐喝犯を見て、無口の男性職員は北の方へ走って行った。


「衛兵を呼びに行かせていますので、その間、もう一度、詳しく教えてください」


 エーリカが事の顛末を盛大に話し始めた。

 盛った個所は犯人たちの事。

 挙動不審で肩が触れただけで刺されそうな雰囲気だった。殺気が凄くてネズミが逃げ出した。自分の見る目が性犯罪者だった。ご主人さまへの見る目が性犯罪者だった。などなど、この犯人たちがいかに危ないかを熱烈にアピールしている。


「誰かが被害に遭う前に、わたしたちが捕らえる事が出来て良かったです。街の平和を守る事は、わたしたち冒険者の使命ですから」


 そして、街に多大な貢献をした事をアピールする。


「ちなみに証拠はこれです」


 エーリカが手の平を上に向けると、スマートフォンのような画面が浮かび、ノイズ交じりの映像が流れた。


『へっ、この通路は行き止まりだ』

『金目の物を全部寄越しな』

『お前たちが見習い冒険者だって分かっているんだ。綺麗な娘が傷物に成りたくなければ、手でも上げていな、おっさん』


 エーリカ視点の映像が音声と共に流れると、レナが食い入るように見入った。


「凄い魔術ですね。見た物をそのまま流せるのですか?」

「光と空間とちょっとした魔術を組み合わせた独自の魔術です。燃費が悪いのでほとんど使いません」


 レナが恐喝事件の調書をそっちのけで、魔術について色々と聞いている。

 面倒臭いのか、エーリカはのらりくらりと生返事で答えていた。

 そんなやり取りをしばらく眺めていたら、馬に乗った衛兵が現れた。

 彼らは馬糞で汚れた荷車の上で気絶している犯人を見て、一瞬動きを止めるが、すぐさま犯人たちを馬の上に乗せてくくり付ける。

 レナが代表の衛兵に調書の木札を渡し、簡単に説明してくれた。


「荷車は僕が持っていきます」


 いつの間にか戻ってきた無表情の職員が汚れた荷車を持って行ってくれた。


「それでは依頼の完了処理をしますので、中に入りましょう」


 立ち去った衛兵を見送ると、レナと一緒にギルド内へ入り、依頼完了の報告をした。


「はい、では今回の報酬です」


 依頼主のサインが書かれた木札をレナに渡し、代わりに報酬のお金を貰う。

 報酬は銅貨数枚。……とても少ない。


「見習い冒険者の依頼は、奉仕活動みたいな物ですので、しばらくは我慢してください。正規の冒険者になれば、それなりの報酬になります。ただ、依頼内容もそれに合わせて跳ね上がりますけど……」


 表情に出ていたのだろう、レナがフォローしてくれる。

 まぁ、街中を回って馬糞を回収しただけだし、半日で終わってしまった。

 こんなものと言えばこんなものだ。


「明日の依頼は川の清掃です。濡れても良いように用意してください」


 見習い冒険者だから依頼内容は既に決まっているようだ。

 それにしても、川の清掃とは……本当に奉仕活動である。

 私は少ない報酬金をポケットに入れ、眠そうな目のエーリカと外へ出た。



 時刻は昼。

 この世界の住民にとって昼食を食べる習慣はないが、私や腹ペコエーリカにとっては昼食の時間は存在する。

 暇そうにしている飲食店を見ながら歩き始める。


「ご主人さま、串焼き屋があります」


 裕福地区の串焼き屋だから、変な肉は使っていないだろう。

 エーリカが食べたそうにしているので、串焼き屋に向かった。


「お兄さん、串焼きの肉って何を使ってるの?」


 私は暇そうにしている若い店員に、一応、聞いてみた。


「基本豚肉だ。少しだけど鶏肉もある。あとはカエルと野菜。昆虫も若干用意できるよ」


 串にバッタやコオロギが刺さった昆虫串は除外する。エーリカも全く見ようともしない。

 私は鶏肉と野菜にした。エーリカは豚肉とカエルを頼んだ。


「これから焼くから少し待っていてくれ」


 これだけでは足りないので、ドライフルーツを混ぜたパンとオレンジジュースを別の店で買って、串焼き屋の前に設置してある椅子に座り、焼きあがるのを待った。


「今日の報酬は昼食代で消えた」

「お金は使えば消えます」


 エーリカがドライフルーツ入りのパンを千切って口に入れている。


「今回の報酬は昼食に消えたけど、今後は依頼の報酬は折半でいい?」

「いえ、わたしは従者です。ご主人さまが全て管理するべきです」

「でも、自分用に欲しい物が出てくるでしょ」

「その時はご主人さまに許可を取って買ってもらいます。それに個人用のお金は少しだけ持っています」


 エーリカは裾口からピンク色の可愛らしい巾着袋を取り出した。

 中を確認すると、銀貨と銅貨が数枚入っている。


「これもご主人さまに差し上げます」


 エーリカがピンク色の巾着袋を差し出してきたが、私はそれを押し返す。


「何があるか分からないから、それは保険としてエーリカが持っていなさい」


 エーリカは、特に思いがある訳ではないようで、すんなり裾口へ戻した。

 頼んでいた串焼きが焼きあがったので、エーリカに取って来てもらい、正式に頂きますをする。


「カエルって美味しいの?」


 皮を剥がされたカエルの足を串に刺して、こんがりと焼かれている。

 日本ではほとんど食べられていないが、大陸では普通に食べられていると聞いた事がある。


「淡泊で美味しいです。鳥のササミに似ています」


 ウシガエルのような太い足を串から取り外し、手羽先のようにしゃぶりながら食べている。

 見た目お嬢様のエーリカが、カエル足をしゃぶって食べている姿は、ベートーベン好きの不良がミルクバーを楽しんでいるみたいにシュールな光景だった。

 私も鶏肉を一口かじる。

 パサパサでスジスジなのは焼き過ぎだけではないだろう。

 野菜串は普通に美味しい。

 ただ、ここに醤油があればもっと美味しいのだが……。


 醤油って作れないかな? と思ったが、麹菌の作り方が分からないので断念。

 こういった菌を使った発酵食品は全部作れないだろう。作り方が分かれば、味噌も納豆もお酢も柔らかいパンも作れる。ただ、分からないものは分からないので諦める。

 いや、この世界にもビールやチーズはある。

 これらも発酵食品だ。

 機会があれば、見学させてもらおう。

 情報分析の得意なエーリカも居るし、挑戦してみてもいいかもしれない。

 私は心のメモ帳に『発酵食品』とメモする。


「ご主人さまが決意に満ちた表情をしています。何があったのですか?」


 カエル肉を食べ終えたエーリカが、豚肉をかじりながら尋ねてきた。


「今後の食事について改善していこうと思って」

「それは重大事項です。食事は生活する上で欠かせないもの。ぜひ、わたしもお手伝いいたします」


 エーリカが、豚肉串を振り回して、やる気アピールをしてくる。


「食べ物を振り回さない。まだ先の事だし、出来るか分からないけど、その時はよろしくね」

「味見担当は、わたしにお任せを」


 エーリカの態度に苦笑いをしながら、私は昼食を食べ続ける。

 初めて働いた賃金で食べる食事。

 充実感もあり、気持ちの良い昼食だった。

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