第13話 エーリカ

 私と奴隷商は、今起きた現象に思考回路がついていけず、茫然と立ち尽くしていた。

 自動人形は、自分で椅子から降り、私の前で優雅に会釈えしゃくをする。


「わたしはヴェクトーリア博士が開発したヴェクトーリア製魔術人形二型六番機、エーリカと申します。魔術契約完了に伴い、葛葉朱美をわたしのご主人さまと登録しました。以後、責任をもって養ってください」


 そう言い終わると、エーリカと名乗る自動魔術人形は大きく欠伸をする。


「えーと……これ、どうすれば良いですか?」


 私は奴隷商に向き直り、聞いてみた。


「わたくしもこのような事態は初めてでして……」


 カイゼル髭を指で伸ばしながら奴隷商は考え込む。

 やはり買取かな? 高くなければ良いけど……。

 人形を見ると、自分は関係ないというように腕を伸ばしたり、腰を曲げたりとストレッチをしていた。


「経緯はどうあれ、契約してしまったのでお買い上げですね」

「ですよねー」

「金貨二枚です」

「……えっ!?」

「珍しい光景を見させて頂きましたので、利益度外視で金貨二枚です」


 ニコニコ顔の奴隷商。

 一方、私はアンドロイドのデータ少佐のように青褪める。

 私の所持金は金貨一枚と銀貨、銅貨が数十枚。

 お金足りません。


「契約を譲渡します」

「無理です」

「契約を破棄します」

「できません」

「見なかった事にしましょう」

「現実逃避です」

「安くなりませんか?」

「わたしは安売りする女ではありません」

「……って、何で君が答えるの!?」


 ストレッチをしていた自動人形がいつの間にか私の横に来ていた。


「君ではありません。エーリカです」


 半目で睨む自動人形のエーリカ。


「私、お金足りないの。君を買えないの。分かる?」

「それでしたら……」


 私と自動人形の漫才を見ていた奴隷商が妥協案を提示してくれた。



 私は自動人形と共にとぼとぼと宿へ向かっている。

 今日は金貨一枚を支払った。

 残りの金貨一枚は三十日だけ待ってくれるそうだ。

 利息は無し。本当に利益度外視らしい。


「返せなかったら借金奴隷として、わたくしが主従共々面倒をみます」と言った、奴隷商のニコニコ笑顔を思い出す。

 はぁー、異世界に来て早々に借金を背負ってしまった。

 今日は色々と疲れた。

 武器やハンカチを買って、川辺で料理して、スライムと戦って、冒険者になって……。

 最後は借金までして自動人形を購入してしまった。

 

 夕方の喧噪を眺めながら宿へ足を進めていると、自動人形が眠そうな顔で私を見ているのに気が付いた。


「どうしたの?」

「お腹空きました」


 がっくし……。


「えーと、人形なのにお腹空くの?」

「わたしはヴェクトーリア製魔術人形二型六番機。極限まで人間に近づけた最高傑作の一体です。食事もしますし、寝る事もします」


 無い胸に手を当てて、自慢気に語る。


「へー、それって人形にとっては不便なんじゃないの? 魔力だけで動いた方が効率良さそう」

「魔力は貴重です。それを補う為の食事です。決して食い意地が張っている訳ではありません」

「そうですか」

「ちなみに排泄行為も行います」

「それ、自慢気に話す事?」

「勿論です。子供は出来ませんが性行為も可能です。宿に行ったら、早速、試してみましょう」

「こらこら、子供がそんな事を言ってはダメです!」

「年齢は関係ありません。自然界にとって、生物にとって、当たり前の行為です……あれ、子供が出来ないわたしでは当然の行為ではないのでは? ……どう思います、ご主人さま?」


 可愛く首を傾げて見つめても、内容が内容なので答えられない。


「そんな事、私に聞かれても……」

「その辺は置いといて、わたしとご主人さまは会ったばかりです。コミュニケーションは大事です。そうですよね、ご主人さま」

「絶対にやりません」


 私がそう言うと、自動人形はブーと唇を突き出して拗ねてしまう。だが、料理の露店を前にすると「ご主人さま、美味しそうです」とすぐに機嫌が直った。


「そんなにもお腹が空いてるの? 私の魔力、すっごく吸われたんだけど」

「ご主人さまの魔力は、再起動と身体維持に使い果たしました。その為、わたしの体力はゼロに近いです」


 お腹をさする自動人形。


「お腹空かせているから、そんなに眠そうなの?」

「眠そう? わたしは百五十年と百三十二日も寝ていました。一週間は寝なくてもやっていけそうです」


 半目で私を見ても、説得力がない。


「眠そうな顔をしているから、つい……」

「この顔は通常です。半目キャラなんです」

「……キャラって、自分で言う?」

「個性は大事です。ヴェクトーリア博士もわたし達を作った際に没個性にならないように頭を悩ましていました」

「ヴェクトーリア博士って、君たちを作った人だよね。研究者なの?」

「エーリカです」

「はい?」

「わたしの名前はエーリカです。君ではありません。個性は大事です」

「分かった、分かった。で、エーリカを作ったヴェクトーリア博士って」

「言えません。ご主人さまに管理者権限はありません。情報は伏せられています」

「ご主人なのに……」

「それはそれ、これはこれです」


 私は立ち止まってエーリカに向き直る。

 エーリカも眠たそうな目で私を見つめる。


「えーと、エーリカ。改めて聞くけど、私と一緒に行動を共にする事で間違いない?」

「はい」


 自動人形のエーリカは即答する。


「私は今日、冒険者に成った。危険な事が沢山あると思うけど大丈夫?」

「問題ありません。淑女の嗜みで、戦闘スキルもあります。今のご主人さまよりは強いです」


 ですよねー。

 自慢じゃないけど、私、レベル二ですから。


 成り行きで契約をしてしまった私とエーリカ。

 私は仲間探しに奴隷商会へ行った。

 まさか借金をするとは思わなかったが、主従関係の仲間が出来たので深く考えずに、この縁を良しとしよう。


「分かった。では、これから宜しく、エーリカ」


 私は手を差し出すと、エーリカはためらいもなく握り返した。


「はい、ご主人さま」


 私とエーリカは手を繋いで『カボチャの馬車亭』へ向かう。

 手を解きたかったが、エーリカが離してくれない。

 傍から見れば、ハゲの筋肉中年が、綺麗なドレスを着た美少女と手を繋いで歩いているのだ。誘拐犯に見えないよう気を付けよう。

 私はエーリカの歩幅に合わせながらゆっくりと歩き、夕暮れに染まる街中を進む。

 そして、『カボチャの馬車亭』へ到着した。



「クズノハさん、娘さんが居たのかい?」


 カルラが私とエーリカを交互に見て、首を傾げる。


「いえ、この子は娘ではないです。私は結婚をしていません。ちょっと、先程知り合いになりまして……」

「はい、わたしは先程、ご主人さまと契約を交わしましたエーリカです」

「ご主人さま? 契約? ……クズノハさん、うちは年頃の娘が居るから連れ込みはちょっと……」


 変な風に捉えたカルラは、眉を寄せて言い放った。


「お、おばさん、勘違いしないで! そんな関係じゃないから!」


 私は急いで誤解を解くが、エーリカは「わたしは構いません」と赤く頬を染める。


「君は黙ってて! と言うか、何で人形が顔を赤らめてんの!?」

「高性能魔術人形ですから」


 しれっと言うエーリカ。

 既に眠そうな顔に戻ってるし……。


「人形?」

「いえいえ、こちらの事です」


 変な目で見るカルラに、冒険者としてこれからエーリカと一緒に行動する事になったと説明した。

 ちなみに奴隷云々の所は省いている。


「それで部屋を一人部屋でなく二人部屋に変えてほしいのですが……空いてます?」

「ああ、それなら大丈夫だよ。一人部屋に設置してあった光の魔石がまだ治ってなくて、元々二人部屋の方へ移動してもらうつもりだったんだ」


 私が壊した光の魔石。

 悪いなーと思うけど、お金が無いから故障という事で甘えさせてもらう。


「料金は一人部屋の代金で構わない。お風呂も湯を変えなければ一人分だけ。ただ、ご飯は二人分の料金を貰うよ」

「大盛りでお願いします」


 エーリカがしれっと言う。


「こら、意地汚い事を言わない!」


 私が叱ると両手で耳を塞いでそっぽを向く。


「はっはっはっ、育ち盛りだからね。スープを一杯だけ無料でお代わりして良いよ」

「やりました、ご主人さま。言ったもん勝ちです」

「勝ち負けの問題じゃない……はぁー」


 今日は色々あって疲れているのに、エーリカが来てからツッコミばかりで倒れそうだ。


「クズノハさん、再三言って悪いけど、うちは壁が薄いから他のお客から苦情が来ないように羽目を外さないでくれよ」

「だから、そういう関係じゃないですって!」

「安心してください。私は経験がないので、ご主人さまにリードしてもらい、私はマグロに徹しますので静かです」

「お願いだから黙ってて!」



 カルラと一緒に一人部屋に行き、置いてあった荷物をまとめて、隣の二人部屋へと移動した。

 ベッドが二つある分、少し部屋が広いが、家具や布団、部屋の雰囲気は一人部屋と変わらない。

 私は部屋へ入るなり、ベッドへ倒れ込んだ。


「あー、疲れた……」


 会社から帰って来た中年男性のような声を出す。

 世の中の父親は毎晩こんな気分で帰宅するのか……少しは親孝行すれば良かったかな。


 部屋の中を物色していたエーリカがもう一つのベッドへ腰かけ、私を見ている。

 変な事ばかり言う変な人形。

 これから一緒に生活をする事を約束した。

 今後の事を考え、私の事をエーリカに伝えた方が良いだろう。

 信じてくれるか分からないが……。


「エーリカ、大事な話があります。私の前に座りなさい」


 私はベットから起き上がり、エーリカと対面する。


「既に座っています」

 

 エーリカは両手を足の上に添えて、背筋良く座っている。

 眠そうな顔をしているが、行儀良く座っている姿を見ると、どこぞの大貴族の箱入り娘に見えてくるから不思議だ。


「んん……えーと、これから私について教えるので、眠らずに聞くように」


 そう言って、私はこれまでの事を話した。

 元は日本の女子高生だった事。

 教会の儀式でこの世界に召喚され、追い出された事。

 女性なのに、なぜかハゲのおっさんの姿に変わってしまった事。

 これから冒険者として生活をする事。

 レベルが子供以下で非常に弱い事。

 借金でお金に余裕がない事。

 変なコミュニケーションを期待するエーリカに、私が女性である事を、何度も、何度も、しつこく、強調して伝えた。

 エーリカは口を挟む事も無く、真面目な顔(眠そうな目をしているけど)で聞いている。っと言うか、まばたきすらしない。目を開けながら眠ってるんじゃないよね?


「……っという事です。分かりましたか?」

「はい、既に知っています」


 エーリカは、一度瞬きをしてから答えた。


「そう、それは良かった……えっ、知ってる? 知ってるってなに!? どういう事!?」


 私が驚いてエーリカに問い詰めると、ゆっくりとした声でエーリカが答えた。


「ご主人さまと契約した際、ご主人さまの魔力からご主人さまに関する知識や記憶を読み取りました。そして、魔力から情報を解読し、ある程度理解しています」


 えーと、私の魔力から私に関する個人情報を読み取ったと……冒険者の身分証を作った時も思ったけど、魔力って本当に何なの? 怖いんだけど!


「エーリカがたまに私の居た世界の言葉を使っていたのは、その所為なの?」

「はい、ご主人さまに合わせて語彙ごいを変えています。主従関係はコミュニケーションが大事です」

「そうですか……」


 気味が悪いけど、ありがたい。

 伝わる単語を選んでから会話をするのは、結構、疲れるんだよね、これ。


「ちなみに私の知識や記憶って、どのくらい理解してるの?」

「わたしは優秀なヴェクトーリア製魔術人形二型六番機です。ご主人さまが不快にならないように完璧に理解をしています」

「そ、そうなの……」

「例えば、ご主人さまは自分が女性だと思い込んでいますが、実は中年のおっさんだという事。または、幼いわたしに興味が無いと言いつつも、実はいやらしい目で見つめている事も十分に理解しています」

「全然理解してないッ!」


 今までの説明は何だったのだ!?

 私の恋愛事情を織り交ぜつつ、本当に女性だという事を再度説明する。


 初恋は化粧品のCMに起用された事のある一昔前のアクション俳優。今思えば、本当にカッコいいの? と疑問に思うが、彼が出演している作品が夜中に再放送された時に見て、一目ぼれしたのは小学生の時だ。

 どうも私は男気のあるおじさんが好きみたいである。

 マクレーンよりもハンス。ウィラード大尉よりもカーツ大佐。ウェスト医師よりもヒル博士。

 ついつい渋いおじさんの方に目が行ってしまう。

 だからだろう、ついつい『ケモ耳ファンタジアⅡ』のアバターがハゲで筋肉の中年のおっさんにしてしまったのだ。

 その所為で、今の姿がこれである。

 とほほ……。


 中学の時は、一転してBLにはまってしまった事がある。

 それはもう抜け出せない底なし沼のようであった。

 シャーペンの本体と芯を先端から差し込んだだけでニヤリと口元を歪ませたり、ちくわの中にキュウリが入っているだけで一時間ぐらい妄想して楽しんだりと、人様には言えない時期を過ごしていた。

 そんな時期を得て、今ではケモ耳を筆頭とした幅広いゲームキャラを愛する人間に成長したのだ。


 そんな話をエーリカに熱く語っていると、眠そうな顔がますます眠そうになっていた。

 そして、遠くから夕方の鐘が聞こえると同時に「ご飯の時間です」と言って、エーリカが一階へと走り去って行く。

 うーむ、熱く語り過ぎた。

 人形も嫌気が差すのだなと気づき、私もエーリカの後を追うように一階へと降りて行く。

 


 本日の夕飯は、豚肉のステーキ、カブのスープ、パン、チーズ、ドライフルーツである。

 厚切りの豚肉は塩胡椒のみ。筋切りや漬け込み、叩きがされていないので硬いステーキになっている。

 干し肉が入ったカブのスープは、ボルシチのように酸味が強い。硬いパンをふやかすには合わないスープである。

 エーリカは上品に食べているが、食べ物を口に運ぶ速度は凄く早い。上品かつ豪快に食い意地の張った食べ方は、見ていて混乱する。


「エーリカ、美味しい?」

「いまいちです。下処理も無ければ、隠し味もなし。味付けも塩胡椒のみ。わたしが作った方が美味しくできるでしょう」


 にべもなく答える辛口エーリカ。その割にはガツガツと食べている。

 まぁ、私もケチばかり言っているので人の事は言えないのだが……。


「カルラさんたちには言わないようにね」


 エーリカに釘を刺しておく。


「ご主人さま、それは何ですか?」


 エーリカは私が取り出したトマトソースの瓶を見て尋ねてきた。


「トマトで作った調味料の一種。今日、作ったの」


 ソマトソースを豚肉にかけて食べてみる。


「うん、美味い」


 トマトの酸味が塩胡椒だけの豚肉に絡んで旨味が増す。さすがに添え野菜には合わないけど……。

 エーリカが興味深そうに見ていたので、トマトソースをエーリカの皿にかけてあげた。


「……んんっ!?」


 一口食べたエーリカは、眠そうな目が見開き、凄い勢いで食べ続ける。


「どうやら、気に入ったみたいだね」

「素晴らしいです。調味料とは人類の英知です。塩胡椒しか取り柄のない食べ物が料理へと昇華しました。……お代わり!」と言って、エーリカが空の皿を持ち上げる。


「お代わりはパンとスープだけだ」


 私は自分の豚肉を半分に切って、エーリカに差し出した。

 手間のかかる妹を持った気分で、どちらが主人が分からない。

 そして、エーリカはスープを一回、パンを三回、お代わりをして食事は終わった。



「エーリカ、お風呂に入れるから先に入ってきていいよ」


 人形をお風呂に入れていいのか分からないが、一応、聞いてみた。


「ご主人さまより先に入る従者はいません。ご主人さまが先に入ってください」


 おっさんの私が先に入って、その残り湯で女の子が入るのは非常に抵抗があるが、「嫌なら一緒に入りましょう」とエーリカが言ってきたので、素直にお風呂へ向かう。

 エーリカも一応は女の子だ。

 後で入るエーリカの為に、湯船の前に念入りに体を洗う。

 またすぐに生えるかもしれないけど、髭や胸毛も剃ってみた。

 ヒリヒリする体を湯船に浸かり、「ふぃー」とおっさんのような声を漏らす。

 今日は色々とあり過ぎた。

 考え事をする事も億劫だ。

 私は何も考えず、湯船に浸かり、さっさと部屋へと戻った。



 部屋に入るとエーリカが椅子に座り窓から外を眺めていた。

 こうやって黙っていれば、良いところのお嬢様だ。

 決して、ハゲのおっさんと一緒に居ていい外見じゃない。

 まぁ、人形なんだけど……。

 エーリカが振り向くと私の顔をじっと見つめている。


「ん? どうしたの? ……ああ、髭を剃ったから誰か分からなかったかな?」


 私は剃った顎を触る。

 体が火照って、余計にヒリヒリしている。


「いえ、ご主人さまの顔、体、体臭、魔力、全てを認識していますので、魔法でゴブリン顔になっても間違える事はありません」

「そ、そう……」


 体臭って……凄く嫌。


「海の魔物ポポタンに似ていると思いました」

「ポ、ポポタン? 何か可愛い名前なんだけど。似ているって事はタコの魔物?」

「出会ったら最後、死神も逃げ出す海の大食漢ポポタンです」

「なにそれ? 名前と存在が乖離かいりしてるんだけど……まぁ、いいや、早くお風呂に行きなさい」


 私がタオル代わりの布を渡すと、「持ってます」と言って断られた。

 エーリカは袖口に手を入れて、引き出すとタオルが出てきた。

 それもただの布ではなく、モコモコで柔らかい本当のタオル。


「えっ、服の中に仕舞ってあったの? どういう事?」

「空間魔法の応用で袖口に収納魔術が仕込んであります。私の私物が色々と仕舞ってあります」


 おお、ラノベで有名なアイテムボックスというものか。

 それならそうと早く言って欲しかった。

 私もモコモコタオルで体を拭きたかったな。


「行ってきます」と言ってエーリカが出て行く。


 私は窓を少し開けてからベッドへ倒れ込む。

 火照った体が冷めていくのが気持ちいい。

 明日は冒険者ギルドへ行って、初の依頼を受ける。何の依頼になるのか期待と不安で胸が高まる。

 その前にエーリカの冒険者登録をしなければいけないな。人形でも冒険者になれるのだろうか?

 明日の事を考えているとまぶたが重くなってきた。


 うつらうつらと起きているのか寝ているのか分からない時間を楽しんでいるとエーリカが戻ってきた。

 エーリカは水色のネグリジェのようなワンピースの寝間着へ着替えている。

 ツインテールの髪も落としていて、まだ濡れた金髪は水分を含んで、女性の私でもドキリとしてしまう程、綺麗だった。


「エーリカ、まだ髪が濡れてるじゃない。しっかりと拭かなきゃ駄目だよ」


 私はエーリカを椅子に座らせ、モフモフタオルで髪を拭いてあげる。


「髪が長いので、自分では難しいのです」

「櫛かブラシは持ってる?」

「はい、ここに」


 袖口から取り出したヘアブラシを受け取り、エーリカの髪をいていく。

 サラサラと流れるようにブラシが滑る。


「エーリカの髪は凄く綺麗だね。特別のシャンプーやリンスでも持ってるの?」


 持っていたら私も借りようと思ったが、そもそも髪の毛が無かった事を思い出した。


「殆ど汗をかかないので、洗浄用洗剤は持っていません。水洗いです」


 乳液や保湿用の化粧水などはないかと尋ねたら、それらもないとの事。

 どうやらエーリカは美容関係に興味がなさそうだ。

 こうも長いと乾かすのも大変だな。

 この世界にドライヤーはない。

 無いなら作ってしまおうか?

 火と風の魔石で何とかなりそうだし、昨日会った魔術具の店員に相談すれば作ってくれるかな?

 私は心のメモ帳に『温風魔術具』とメモしておく。

 私はせっせとエーリカの髪を梳かしながら乾かしていく。

 エーリカも私にされるがままの状態で無言になる。


 ある程度、髪が乾いたのでブラシを置いて、眠る事にした。

 私が魔石を触ると壊れるので、満足顔のエーリカに光の魔石を消すように頼む。

 暗くなった部屋の中、布団の中でうつらうつらしているとエーリカの声がした。


「ご主人さま、起きていますか?」

「もう寝ているよ」

「そうですか……実は言いそびれていた事があります」


 暗闇の部屋でこれから寝るというのに、わざわざ声を掛けてきたのだ。とても重要な事だろう。

 私は暗闇の中、エーリカが寝ている場所に顔を向ける。


「な、なに?」


 恐る恐る尋ねる。


「この世界は現実です」

「は?」

「ご主人さまはこの世界は夢だと思い現実逃避をしていますが、間違いなくこの世界は存在します」


 淡々と語るエーリカ。


「うわー、聞きたくない、聞きたくない」


 私は耳を塞いでベッドの上をゴロゴロする。


「ご主人さまが死ぬまで、わたしが一緒に居ますのでご安心を……」

「違う、違う、夢なんだ! 目が覚めたら一時間ぐらいしか経っていなくて、『ケモ耳ファンタジアⅡ』の続きをするんだ!」


 布団に包まって足をバタバタする。


「明日の朝食が楽しみです。では、お休みなさい、ご主人さま」


 これから眠るのに、何て事を言うのだ。

 これでは眠れないじゃない。


 私は、エーリカの寝息を聞きながら寝付くまで悶々としていた。

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