第12話 奴隷商会へ行こう

 奴隷商会の場所は、北側にある貴族地区と富裕地区の間にある。

 私はレナに教えて貰った通り、貴族地区へ入る坂の手前を曲がる。そして、崖を背にした大きな敷地に到着した。

 レナ曰く、テントが立っているので行けば分かるとの事だったが、テントはテントでもサーカスのような巨大なテントだった。

 テントの脇には、何も入っていない檻が積み重ねてあったり、プレハブ小屋のような簡易な建物が幾つか建っている。

 テントの正面は、好きに入って下さいと大きく開いていた。


「ここで間違いないよね」


 私は入り口の前でうろうろと中の様子を伺う。

 人の命をお金で売買する奴隷に嫌なイメージがあって、中に入るのが怖い。


「お客様ですか?」


 恐る恐る中を伺っていると後ろから声を掛けられた。

 肩をビクッとして、後ろを振り向くと、質の良いスーツに中折れハットを被った小太りの男性が立っていた。カイゼル髭が特徴の愛想の良い中年男性だ。

 私が簡単に事情を説明すると、愛想の良い顔が満面のニコニコ顔になる。


「お客様ですね。わたくしは、このブルクハルト奴隷商会二代目ベネディクト・ブルクハルトです。ぜひ、ベディとお呼び下さい」


 私の手を握って、フレンドリーに挨拶してくる奴隷商。

 初対面なのにゼロ距離で接する相手はとても苦手だ。


「奴隷の値段も分からないので冷やかしになるかもしれませんよ」

「冷やかし結構。今日は買わないにしても、明日、買うかもしれません。十分お客様です。私が誠心誠意込めて、ご案内致します」


 流されるままにテントに入って行く。

 左右に檻が並べられていて、見た事のない生き物が入れられていた。


「これは魔物ですか?」

「ええ、魔物です。ホーン・ラビット、スモールウルフ、ベアウルフ、ヘルハウンド、レインボーバードと基本は揃えています。奥に行けば、ブラッド・タイガーもいます。目玉商品です」


 檻にいる魔物はどれも大人しい。

 私に向かって、吠えたり、睨みつけたり、警戒したりせず、毛づくろいをしていたり、昼寝したりと自然体で過ごしていた。

 檻の中はどこも清潔に保たれており、糞尿などの排泄物の匂いはしない。

 まるでペットショップのペットみたいだった。


「凄く大人しいですね。それも清潔です。もっと、汚いかと……っと失礼しました」


 ついつい思った事が漏れてしまった。


「ご尤もな意見です。奴隷や魔物と聞くと、汚い、臭い、危険と思われる方は大勢いらっしゃいます。でも、我々奴隷商にとって彼らは大事な商品です。商品を蔑ろにする商人はいません」


 商品である魔物が、病気やケガをしていたら買手が付かない。その為、常に良い状態に保つ為、食事、運動、生活環境の衛生面はしっかりと管理しているそうだ。奴隷も同じとの事。


「その分、お値段は高くつきますが、品質は保証致します。それと、彼らは契約魔術で行動を縛っておりますので、人には一切危害を加える事はありません」


 魔物は魔力を持っている為、契約魔術で縛れる。

 これが魔力を持たない(少ない)ただの動物ではそうはいかないと自慢気に教えてくれた。


「魔物は、どういった方が買われるんですか?」

「主に貴族様です。愛玩用や番犬といった用途で購入されます。最近はスライムが流行っておりまして、庭園に離し飼いをして、花と一緒に愛でるのが楽しいようですよ」


 商人が案内した場所には巨大な水槽があり、そこに色取り取りのスライムが入れられている。私の倒した緑色のスライムや黄色、赤色、白色と色々なスライムがプルプルと震えていた。

 ゼリービーンズみたいで少し美味しそうに見える。


 魔物エリアを抜けると、テーブルが数脚置かれ、その前に一段高いちょっとした舞台がある。その周りに、直立した兎や蜥蜴、背の低いおじさんが掃除をしていた。


「はいはい、皆さん、お客様ですよ。一旦、控室へ戻って下さいね」


 奴隷商は、手をパンパンと叩き、彼らを退出させる。


「彼らは従業員ですか? 亜人種みたいですけど……」

「いえ、彼らも商品です。先ほども言いましたが、良い商品を維持するには良い生活環境が必要です。魔物と違って、彼らは自主的に行動が出来ます。自分たちの生活環境は自分たちで作っています。魔物の管理も彼らが行います。勿論、わたくしも行います。みんな仲良く共同生活。みんな家族みたいなものです」


 奴隷自身の目的は、良い条件で良い買い手に買われる事。その為の努力を惜しまないそうだ。

 腕に自信のある者は体を鍛えたり、家事に自信のある者は料理や掃除を練習したりと、自身の能力やスキルを上げる為に日々努力をしている。

 自身の価値が上がれば上がる程、価格は上がる。高く買われる程、能力やスキルが多い程、奴隷の扱いは丁重にされるからだ、と奴隷商は楽しそうに語る。


「ちなみに彼らはどうやって奴隷になったんです?」

「奴隷には主に、借金奴隷と犯罪奴隷がいます。これらは字の如くですね。中には貧しさの為、子供を奴隷として売ってしまう場合もあります。稀ですけど」

「無理矢理、捕まえて奴隷にする事は無いんですか?」

「そんな事をしたら私が奴隷堕ちしてしまいます。このダムルブール教会のお膝元で商売をしていますので、犯罪を犯してまで商売は出来ません。ただ、他の国や裏世界のモグリな奴隷商は、犯罪を犯してまで奴隷を増やしていると聞いた事があります。不健康な奴隷や安すぎる奴隷は、犯罪の可能性が高いので気をつけて下さい。買っただけで罪になります」

「ちなみにケモ耳の奴隷はいます?」

「ケモ耳? ……獣の耳ですか? はい、いますよ」


 おお、さすが奴隷商会。

 ケモ耳と初コンタクトだ。


「ちなみにお客様は、冒険者の方ですか? それとも傭兵とか、鍛冶屋ですか?」

「成り立ての冒険者です」

「つまり、冒険者の手伝いをさせたい訳ですね。結構、結構」


 奴隷商はパンパンと手を叩くと、奥の扉からメイド服を着た女性(人間)が現れる。

 その女性は奴隷商から幾人の名前を聞くと、一礼し来た扉から去っていった。


「お客様のご希望の奴隷を連れてくるように伝えました。しばらく、お待ち下さい」


 奴隷が来るまで時間があったので、奴隷の相場値段を聞いてみた。

 能力やスキルや人種によって金額に差があるが、平均の値段としては、私の手持ちでようやく一人は買える金額だった。


「ちなみに性奴隷は取り扱っておりません。これも教会の教えで犯罪になってしまいます。契約魔術で縛りますのでご了承下さい」

「安心して下さい。まったく、考えていません」


 私は現役女子高生だよ! 何て話をするの! これだから男は! って、私も今は男だった。


 しばらくすると、先ほどのメイドさんを先頭に四人の亜人が現れ、目の前の舞台に並んだ。


 一人目は、一七〇センチほどの二足歩行の狼。しなやかな体つきで灰色の美しい毛並みをしている。ワーウルフである。

 二人目は、二メートル近い二足歩行の虎。ガタイの良い体つきで、こちらも綺麗な虎柄模様。ワータイガーである。

 三人目は、一メートルほどの二足歩行の兎。少し猫背で鼻をヒクヒクさせている。ワーラビットである。

 四人目は、一メートルほどの二足歩行の猫。完璧な猫背で落ち着きなく目をキョロキョロしている。ワーキャットである。


 見た目は普通の動物。でも、人間と同じ二足歩行で、四人とも仕立ての良い服を着ている為、亜人を初めて見た私には違和感バリバリであった。


「狼と虎は前衛職。兎は頭脳が高く、回復魔術が使えます。猫は斥候が得意です。狼と虎の値段は高めですが、そこいらの冒険者よりも強いですよ」


 奴隷商が丁寧に説明してくれるが……うん、これじゃない。

 私の求めているケモ耳はこれじゃないんだよ。


「すみません、説明不足でした。私が見たいのは、限りなく人間に近いケモ耳持ち。獣の耳を持った人間です」

「なるほど、兎耳族や猫耳族の事でしたか」


 私の反応を見て、メイドさんが四人の亜人を引き連れて戻って行った。


「たぶん、それ。ケモ耳族は居ませんか?」


 私は期待に満ちた目で尋ねる。


「残念ながら取り扱っておりません」


 申し訳なさそうにする奴隷商。

 がっくし……。


「この国では、獣耳族は長耳族並に珍しい種族なのです。それが奴隷ともなるとゼロに近い。わたくしの知り合いの奴隷商が一度取り扱った事がありましたが、希少性が高い事から、その日の内に大貴族が買われました。相当の値段で契約したと自慢していました」

「そうですか……」


 ケモ耳が居ないという事で、奴隷の購入意欲はだだ下がり。

 私はまだ冒険者見習いだ。

 全財産を使ってまで、すぐに仲間が必要という訳ではない。


 今日は様子見という事でお暇を告げると、奴隷商は嫌な顔一つせず、笑顔で対応してくれた。

 椅子から立ち上がり、出口に向かおうとした時……



 ―――― 奥の場所 ――――


 

 ……と、聞き慣れない声が頭の中に流れた。

 ん? 奥?

 どういう事だろうと視線を彷徨わせていると、奥まった場所の一角に目が留まった。

 色々な荷物が綺麗に積み重なり整理されて置かれている場所。

 そんな荷物置き場に女の子が透明なケースに入れられている。

 私は、見送りをする為に歩き出していた奴隷商を呼び留めると「あれはなんですか?」と指差して尋ねてみた。


「ああ、あれですね」


 奴隷商は嬉しそうに案内をする。

 近づいてようやく気が付いた。


 女の子は人形だった。


 透明度の悪いガラスのショーケースに鎮座するように収められている女の子の人形。

 金髪のツインテールで黒を基調としたゴシックドレスを着ている。

 瞳は閉じて、少し体が俯いている為、本物の女の子がショーケースの中で眠っているように見えた。

 恐ろしく精巧な人形である。


「これは、わたくしの知り合いの貴族から譲り受けた物です」


 奴隷商がガラスの蓋を開けて、人形を取り出しながら説明してくれた。

 借金で首が回らなくなった貴族が、お金を工面する為に買ってくれとお願いされたそうだ。

 奴隷商会で人形を売る訳にはいかないので最初は渋ったのだが、私たち家族が奴隷堕ちしてしまうと脅されたので、渋々買い取ったそうだ。

 それ以来、他の荷物と一緒に保管しているとの事。

 ちなみにその貴族は没落してしまい、行方不明である。


「その貴族の話では、この人形は自動人形らしいです」

「自動人形……つまり、オートマタ!?」


 おお、素敵!

 オートマタって心躍る存在の一つだよね。

 月にロケットが突っ込む絵でも描いてくれそうだ。


「ちなみに動きません」


 がっくし……。


 ガラスケースから取り出した人形は一三〇センチほどの大きな人形だ。

 小学生と同じぐらいの人形を空いている椅子に座らせる。

 色々の角度から観察していた私は「少し触っても?」と奴隷商に尋ねると、「構いません」と色良い返事が返ってきた。

 顔を触る。

 木でも金属でもない肌触り。プラスチックに似ているが、この世界には存在しない。


「強度があり、そして軽い。何の材質かは分かりません」


 奴隷商も人形を触って答えてくれる。

 二人の中年男性が少女人形を触っている図は人様には見せられないな。


「このドレスも凄く綺麗ですね。縫い目が見当たりません」


 黒色に赤のラインが混じったゴシックドレスは、絹のようにスベスベで、日焼けや虫食いもない新品のような艶があった。


「数年前、契約前のベアウルフが暴れた事がありました。その時、この人形に噛みついた事があったのですが、肌も服も無傷でしたね。あのベアウルフの牙ですよ。何の素材で作られているのか見当も付きません」


 分からないだらけの人形らしい。

 私は特に意味もなく、ただ自然と人形のスカートをめくった。

 膝までゆったりとした白色のドロワーズを着用している。

 うむうむ、カボチャパンツも捨てがたいが、やはりゴシックにはドロワーズでしょう。

 大変結構。


「やはり気になりますよね。私も確認しました」


 隣で奴隷商が同志を得たように、うんうんと頷いている。

 一緒にしないでくれ。


「ん? 胸元に何か付いてますか?」


 服の隙間から何かが覗いている。


「ああ、それは魔石ですね」

 

 そう言って、奴隷商は胸元のボタンを一つ外して、魔石を見せてくれた。

 鎖骨の中央に親指ほどの黒い魔石が付いている。


「服はこれ以上脱げません。色々と試したのですが、肌にぴったりとくっ付いているんですよ」


 残念と嘆く奴隷商。

 この人、人当たり良さそうな顔しているが少女趣味なのか?


 触るつもりはなかった。

 それなのに魔石に引き寄せられるように、無意識に手が伸び、人形の魔石を触れてしまった。


「えっ!?」


 魔石に触れた瞬間、私と人形を中心に風が巻き上がり、胸元の魔石が光り出す。

 体中の魔力が暴れ出し、指先へと集まり、人形の魔石へと吸い出されていく。


「おおっ!?」


 奴隷商が目を見開きながら驚きの声を上げる。

 風が吹き荒れ、荷物として積まれた羊皮紙が埃と共に舞い上がる。

 檻に入れられた魔物が、何事か? と騒ぎだした。

 どんどん魔力が吸われると、魔石が黒色から白色へと変わっていった。

 人形の肌が、浮き出た血管のように複雑な文字が浮かんでは消えていく。

 そして、魔石が透明色になる頃、無機質だった人形の肌が、血の通った瑞々しい張りのある人間の肌へと変わっていった。


 やばい、これ以上は無理……


 頭が眩み、力無く倒れそうになった時、ようやく魔石から指が外れた。

 風が止み、魔石の光も消えていく。

 奥の扉から奴隷たちが慌てて駆け付けるが、奴隷商が手を上げて「問題ない」と帰した。

 頭がクラクラして、力が入らず、とても気怠い。

 これが魔力欠乏症か。


 私の魔力を吸収した人形は、髪や肌に艶ができ、呼吸音まで聞こえる。

 どう見ても生きている人間であった。



 人形の瞼がゆっくりと開く。

 私と人形の視線が交わる。

 しばらく見つめていると人形の口が動いた。


「おはようございます。ご主人さま」


 人形は、眠そうな目をしながら挨拶をした。

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