第11話 冒険者になる
「おじさん、持ってきたよ」
疲労困憊の私は、腰かけた石から立ち上がる事が出来ないでいた。そんな私の代わりに子供たちは、明後日の方向に飛んで行った手斧を探して、持ってきてくれた。
「ありがとう。後でお茶をご馳走してあげるよ」
手斧を見つけてくれた事に感謝するが、スライムの戦闘中に私の指示に従わなかった事については叱らなければいけない。それはそれ、これはこれである。
「君たち、集まりなさい。私が……」
子供たちを集め、叱ろうとした時、草の繁みからガサガサと音がした。
「まさか……」
嫌な予感が当たる。
草陰から一匹のスライムが現れた。
まだいた!
ヤバイ、もう動けないよ!
青褪める私は気力を振り絞り重い腰を上げ、子供たちに向かって叫ぶ。
「君たち、早く、逃げ……」
「えい!」
ぷちゅっとスライムが潰れ、破片が私の靴にへばり付く。
私が子供たちを逃がそうと叫ぶ中、一人の男の子がスライムを足で潰したのだ。
「アヒムくん、あっちにもいるよ」
「沢山、潰した奴が一番だ」
「わたし、負けないよ」
子供たちが草原へ散らばっていった。
あれれ?
子供たちが簡単にスライムを潰して回っている。
もしかして、スライムって凄く弱い魔物なの?
そんな事ないよね。
腕力や体力は無いけど、一応、外見は大人だよ。
そんな私がボロボロになって倒した魔物が、子供たちは遊び感覚で倒していく。
もしかして、この街はラストダンジョン前の街だったりするのかな。
「カールくんが三匹、わたしとアヒムくんが二匹、ライナーくんが一匹。四匹倒したおじさんが優勝だね」
子供たちを代表して女の子のユッタちゃんが報告してくれた。
「さすが大人だね」
子供たちが尊敬の目を向けてくる。
「き、君たちも凄く強いね。全部合わせたら、おじさん、負けちゃったよ。ははは……」
乾いた笑いがこぼれる。
「カールくんはレベル四なんだよ。凄いんだよ」
カールと呼ばれる小太りの男の子は、鼻を掻いて照れている。
「へー、凄いね……ん? ……レベル?」
「おじさんのレベルはどのくらい? 僕の父ちゃんは、レベル十もあるんだ」
期待に満ちた目が私に集まる。
「ちょっと待って! この世界、レベルなんかあるの?」
子供たちに聞いてみた所、この世界の住人の能力水準をレベルで表現されている。
レベルは普段の行動、経験の積み重ねで上がるそうだ。
目の前の子供たちも普段の生活、つまり遊びで体を動かしたり、家のお手伝いをして経験を積んで勝手にレベルが三や四になったらしい。
ちなみに大人の平均はレベル十前後。魔物討伐を仕事にしている冒険者はさらに高いレベルである。
ゲームでは分かりやすいようにレベルという数値で経験値を表している。だが、この世界でもレベルという意味不明な概念が存在していた。
この世界は一体何なんだ? ゲームの世界か? 夢の世界か? 私が自分の常識に縛られているだけなのか? 一気に胡散臭い世界に見えてきた。
ちなみにレベルは教会や各ギルドで閲覧できるらしい。
「おじさん、何にも知らないんだね」
「ああ、遠くから来たからね。教えてくれてありがとう」
全ての魔物は魔石を所持している事も聞いた。
その魔石は冒険者ギルドで買い取ってくれるので、私は倒したスライムを回り、小石のような緑色の魔石を回収する。
ちなみに岩で潰したスライムの魔石は、岩で粉々に成っていたので諦めた。
私の手の上に三つの魔石が乗っている。苦労して倒したのだ。いくらで売れるか楽しみである。
私は色々と教えてくれた子供たちにお茶をご馳走する為に川辺まで移動した。
お湯を沸かし、ミント茶を子供たちに渡す。
「まずいぃー!」と言って、子供たちは走り去っていった。
とほほ……。
スライムで汚れた上着を脱いで、川で洗濯する。ついでに汗で汚れた体も拭いておく。
初めに洗濯した生渇きの衣服を着こんで少し休憩。
あぁー、服が気持ち悪い……。
遠くで昼の鐘が聞こえる。
ミント茶を飲みほした私は、トマトソースを瓶に詰めたり、洗濯物を革袋へ詰めたりして片付けを済ませる。そして、火の後始末をした後、来た道へ戻って行った。
疲れた足でトボトボと歩く。
昼時なので、露店エリアは落ち着いていた。
疲れているし、買う物もないので素通りする。
冒険者ギルドの前に到着。
ギルド内に入るか、宿に戻って休もうかと悩んでいると、外出中だったレナと鉢合わせした。
「あら、お客様。冒険者ギルドに御用ですか?」
レナの爽やか営業スマイルを見て、ギルドに立ち寄る事にした。
私はレナと一緒にギルドに入り、カウンターへと向かう。
ギルド内は三組の冒険者パーティがいて、思い思いに時間を過ごしている。午前中に依頼を達成して、時間を弄んでいるみたいだ。
黒色のロープを被った女性が長椅子に腰かけているのを見て、デジャヴを感じた。
前に来た時も同じ場所で同じように座っていた記憶がある。
魔法使いっぽいのにソロ冒険者かな?
分かる、分かるよ。三人よりも二人。二人よりも一人だよね。
ぼっちの方が気楽で楽しいよね。
勝手にソロ冒険者にしてしまった女性から目を反らし、レナに向き直る。
「用件は幾つかあります。まずは……昨日は有難うございました。折角のハンカチが血で汚れてしまったので、代わりというか何というか……これ、受け取ってください!」
私は皮袋からハンカチを取り出すと、後ろの方がザワリとした雰囲気になった。
「まぁ、気にしなくて良かったのに……」
レナが満面の笑顔で答える。
「未使用っていうか、新品ですので綺麗です。要らなかったら捨ててください」
「そんな事しませんよ」
ふふふっとレナが笑う。
「ち、ちなみに、変な意味や深い意味はありませんから……そ、その感謝の気持ちですので……」
愛の告白で渡す訳じゃないのに、凄くドキドキしてくる。
「分かっています。大切に使わせて頂きます」
レナが嬉しそうに受け取ってくれた。
ふー、断られなくて良かった。ドキドキが安堵へ変わる。
それにしても後ろがやけにザワザワしている。
怖いから振り向かないでおこう。
「次はこれです」
私は先ほど討伐したスライムの魔石を取り出した。
「グリーンスライムの魔石ですね」
「たまたま討伐する事になりまして、魔石を買い取ってくれると聞いたので持ってきました」
「えーと、グリーンスライムの魔石が三個ですか?」
レナが何だか言いにくそうな顔をしている。
「はい、三個です」
「すみません。グリーンスライムの魔石は二十個で小銅貨一枚です。三個だと買取不可なので、無料引取かお持ち帰りになります」
な、なんですとー!?
あんなに強かった魔物に魔石が買取不可なんて……。
「グリーンスライムは、こちらから攻撃しない限り無害ですから討伐対象外なんです。魔石もほぼ価値が無いので、このような取引価格になっています」
グリーンスライムは、その辺をウロウロしているだけの無害魔物。
逆に害虫などを食べてくれるから、農家の人は逆に有益魔物として扱われているそうだ。
無害って言うけど、私、襲われました。
……まぁ、武器を持っていたから襲われたのかな?
「ははは……では、この件は無しで……」
私は肩を落としてグリーンスライムの魔石を仕舞う。
「気を取り直して……ギルドでレベルの状態が見れると聞きました」
「レベルの閲覧ですね。無料で見れますよ。ただ……」
言葉を濁すレナを見て、また何か駄目な事があると悟る。
「閲覧には、身分証が必要になります。お客様は確か身分証をお持ちでなかったですよね」
身分証、つまり冒険者登録が必要との事。
腕力や体力がなく、武器も扱った事がないから冒険者登録を先送りにしていた。
良い機会だから、冒険者になってしまおう。
依頼なんて全て魔物討伐とは限らない。雑務だってある筈だ。私は雑務依頼専門の冒険者でやっていこう。
「それでしたら、冒険者登録をしたいと思います。今から出来ますか?」
「はい、出来ますよ。銀貨一枚になります」
私がお金を払うと、レナは「用意をしますので、しばらくお待ち下さい」と奥へと消えて行った。
日本に居た時は、親も含め他人とコミュニケーションをしてこなかった。入学始めの頃は、よく話し掛けられたけど、私があまりにも素っ気なく、そして、私から話さなかった事から自然と友達の一人すら居ないぼっち生活になってしまった。
別にぼっち生活に不満はなかったし、凄く気楽だったので、私は逆にぼっち生活に甘んじていた。
現在日本では、一人っきりでも生活できるし、寂しくも無い。他人のしがらみも無い生活が私には合っていた。
そんな私が、この異世界に来てから良く話す。
必死だった事もあるが、自分でも信じられない変化である。
そのような理由かは分からないが、年齢が近く、裏表のない素敵な笑顔のレナと話していると、私まで笑顔が絶えない。まぁ、外見はおっさんの笑顔なんだけどね。
もしかしたら気付いていないだけで、本当の私はコミュニケーションに飢えていたのかもしれない。
そんな事を考えているとレナが戻ってきた。
「お待たせしました。これが冒険者登録用の魔術石板です」
「よいしょ」とレナはカウンターの上に石板を置いた。
石板は、金色の塗料で魔法陣が描かれ、色とりどりの魔石が埋め込まれている。
「中央の透明な魔石に触れて、軽く魔力を流して下さい」
今まで魔術具を壊してきた私は、言われた通りに魔石に触れて、流れているのか流れていないのか分からない程度の魔力を流した。
すると石板の魔法陣が光り出し、石板の上空に半透明な画面が浮かび上がる。
その画面は幾つかのマス目が描かれ、その中に文字らしきものが書かれていた。
「お客様のお名前はアケミ・クズノハ様でお間違いないですか?」
私の本名は葛葉朱美なので間違いない。というか、どうして魔力を流しただけで、名前が出るの!?
「アケミ様? クズノハ様? 聞きなれないお名前ですね。どちらでお呼びすれば宜しいですか?」
「ぜひ、アケミと呼んでください!」
ハゲで胸毛で筋肉の中年男の外見だ。宿では名前を教えるのに抵抗があったが、レナには友達のように名前で呼んで欲しい。
「では、アケミ様と……」
「敬称はいりません。ぜひ、アケミと……いや、こんな外見ですからアケミおじさんとでも呼んでください」
「さ、流石にそれはちょっと……アケミさんと呼ばせてもらいます」
やった!
名前呼びの知り合いゲットだぜ!
「では、気を取り直して……あれ?」
レナが石板に浮かぶ画面を見て、首を傾げる。
「どうしました?」
「アケミさんのレベルが変なんです」
もしかして、異世界召喚のボーナス特典でレベルがカンストしているのでは!?
これで私も『俺、TUEE主人公』だ。
「レベル二です。その辺の子供以下ですね」
そっちかい!? って、まぁ、予想は付いていたけどね。
「基礎能力はほぼレベル同等です。でも、幸運値が結構高いですね。それと……うわ、魔力量が凄い事になっています。銀等級の魔法使いよりも高いですよ」
私、レベルは低いけど、魔力量だけは多いらしい。
魔術具を触るとすぐに壊してしまうのは、魔力量が高いのが原因かな? っというか、レナさん、私の個人情報を見まくりなんですけど……恥ずかしい。
「こんな無茶苦茶な数値は初めてです。壊れているかもしれません」
魔術石板をバシバシと叩くレナを見て、物を叩いて直すのは異世界でも共通なんだと思ってしまった。
「それ……たぶん、合っています。心覚えがあります」
「そうですか?」
私の言葉を信用していないようで、未だにレナはバシバシと魔術石板を叩いては様子を見ている。
本当に壊れてしまいそうでハラハラする。
ちなみにレベルアップをすると、身体能力の数値が上昇する。
ただ、これはレベルアップをしたから数値が上がるのでなく、レベルアップに至るまでの努力と経験が数値に上書きされるようだ。
つまり、レベルアップをしたからといって、急に強く成る訳ではない。
あくまで努力や経験が目で確認できるだけとの事。
ただ、例外があり、なぜか魔物と戦う事でレベルは上がりやすくなるそうだ。
木に向かって斧を振るよりも魔物相手に斧を振っていた方がレベルは上がりやすい。さらに、魔物を倒したら余計に上がる。
命懸けの闘いだから上がりやすいのだろう。
その為、冒険者になる人は多い。その分、命懸けの職業の為、死亡率も多いのだが……。
……という話をレナからレクチャーしてもらった。
「冒険者登録も無事に終わりました。これが冒険者見習いの身分証です」
レベルの説明をすると同時に冒険者登録をしていたレナが、木製の身分証を渡してくれた。
木製の身分証は、文字がいくつか書かれており、さらに顔写真が映っている。
「顔が映ってるんですけど!?」
「はい、もし盗まれても悪用できないように顔が描かれています」
いや、そう言う事を聞きたかったのでなく、いつ写真を撮ったのかを聞きたかったのだが……っと言うか、写真なんかあるの?
そんな疑問をレナに尋ねると、「しゃしんというのは分かりませんが、魔力で登録をすると、顔認識もしてくれますよ」との事。
魔力って遺伝子か何かなの?
そもそも名前に本名が記載されるのに、顔はおっさんが映るって変じゃない?
こういう場合、本当の私の顔が映ってもいいよね。
どういう事よ、魔力! しっかり、仕事をしろよ!
まぁ、おっさんの身分証に女の子の顔が映ったら、またレナがバンバンと叩いて直そうとするんだけど……。
「冒険者見習いの方は、我々ギルドが紹介する依頼しか受けられません。一日一回、朝までに依頼を受けに来て下さい」
今は昼過ぎなので、今日の依頼は受けられない。
今日はヘロヘロで受けないけど……。
「依頼内容は、この街の奉仕活動が主な依頼ですので、魔物討伐の依頼は正規の冒険者に成ってからになります」
魔物討伐が無いなら、昨日にでも登録だけ済ませれば良かったな。
「正規の冒険者、つまり鉄等級冒険者に成るには、ある程度の依頼をこなして下さい。依頼達成内容を見て昇級試験用の依頼を受けてもらいます」
依頼達成率、人柄、街の貢献度から総合して昇級試験を受けられるようだ。
サボらず、真面目に、コツコツと依頼を達成していけば良い訳だ。
当たり前の事である。
「それで、アケミさんは一人ですよね。お仲間の方とかは居るのですか?」
苦節十七年、現実はおろかネットゲームすらソロだった私に仲間など存在しない。
ぐすん、寂しくないもん。だって、ぼっちが好きなんだもん。
「はい、一人ですね。問題でも?」
「鉄等級冒険者から討伐依頼が入ります。本当にアケミさんのレベルが二でしたら、昇級試験すら難しいと思います」
ですよねー。
レベル二は子供以下の能力。
グリーンスライムすら強敵になる私。
依頼で他の街へ移動するだけでも、死地へ
ただ、仲間といってもそう簡単に出来る訳がない。
他の冒険者は既に仲間が出来ているので、そこに入れてもらうのは至難の業。
ソロ冒険者に声を掛けるのも考え物。
何て言ったって、私はレベル二だ。荷物運びにも盾役にもなれない。
誰が好き好んで、足手まといの私と仲間になってくれるのだろうか?
―――― 奴隷商会 ――――
頭の中に声が響いた。
レナの声ではない。
男か女か分からない無機質な声。
チンピラ冒険者と喧嘩した時にも聞こえた声。
必死で覚えていないけど、スライム討伐の時も聞こえた気がする。
一体、誰の声なんだ?
「奴隷……」
聞こえた言葉を
この世界には奴隷が売られているのか? それは何だか嫌だな。
「奴隷ですか……」
レナが眉を寄せる。
どうやら、私の呟きが聞こえたみたいだ。
「やはり、冒険者と奴隷の組み合わせはまずいですかね?」
「あっ、いえ、別に問題はありません。この街の冒険者にはいませんが、他の街の冒険者の方は、奴隷と一緒に冒険をしている方もいます」
レナが何となく乗り気でない様子だ。
「それなら道徳的に印象が悪いとかあります?」
「詳しくは分かりませんが、奴隷は安くありません。それなりに金額を払った奴隷を無下にする人はいません。大事な家族や使用人として使う人がほとんどです。ただ、人によっては道具のつもりで扱う人もいます。契約魔術で主従関係を強制されていますので、無茶な指示も奴隷は行わなければいけません。本当の意味で盾役をやらされ、使い潰された奴隷を耳にした事があります」
この世界の奴隷がどのような存在なのかは分からない。
裏切らない部下なのか、それともペットなのか、または求人募集の一環なのか。
奴隷制度を廃止した世界で育った私はどうしても抵抗感が拭えないが……。
「アケミさんと他の冒険者ではレベル差がありますから、これから仲間に入るのは難しいでしょう。そう考えると奴隷も一つの案です。一度、奴隷商会へ行って、話を聞くのもありかもしれません」
人をお金で買うのに抵抗があるが、求人募集のハローワークみたいな所だと思えば、少しは考えが変わるかもしれない。
それに、謎の声もあったし……。
私はレナに奴隷商会の場所を聞くと冒険者ギルドを後にした。
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