第9話 商業地区へ買い物しよう
腰に斧をぶら下げていると胸がドキドキしてくる。
期待に膨らむドキドキではなく、不安からくるドキドキだ。
武器を持って街中を歩いて良いのだろうか? 捕まったりしないよね。
キョロキョロと辺りを見渡すが、特に指を指される事はない。
森へ行く
挙動不審のまま、商業地区へ到着した。
一言で言えば、正月の縁日。
大通りに露店が所狭しと連なっている。
建物の一階もお店の為、左を見ても右を見てもお店お店。そこを行きかう人人。
色々な物が売られており、お店の並びはグチャグチャ。
蝋燭屋の横が果物屋だったり、包丁や鍋を売っているお店の横で古着を売っているお店が並んでいたりと、まさに無秩序エリア。
あそこの肉屋、動物の頭だけを売っている。マグロのカブト焼きみたいに食べるのだろうか? それとも嫌がらせで馬の頭をベッドに仕込ませるのかな?
隣のキノコ屋は、如何にも毒を持っていますと主張しまくりのカラフルキノコが陳列している。大丈夫か? まぁ、隣の店は薬草を売ってるし合わせ技というものだろう。私は買わないけど……。
人をかき分け、キョロキョロと観察していたら気付いた事がある。
建物一階にあるお店はワンランク上のお店みたいだ。
陳列の仕方、お店に入るお客さん、制服を着た従業員。大通りで露店をしている店よりも上品だ。
そのワンランク上のお店にハンカチ屋を見つけた。
レナのお礼にハンカチを購入する予定だったが、私のような斧を持った筋肉中年が気軽に入っていいのか迷う。入店拒否されないかな。
少し離れた位置で様子を伺っていると、鎧を着たゴリラのような女性冒険者がお店に入っていき、少しして嬉しそうに出てきた。
うむ、私が入っても問題なさそうだ。
「いらっしゃいませ」
お店に入ると優しく出迎えてくれた。
柔らかい光に包まれている店内は、甘い香りに満たされている。
陳列棚は全てハンカチ。色とりどりのハンカチが並ぶ。どれも単色で複雑な色はない。その代わり、綺麗に刺繍がされており、差別化していた。
それにしても、ハンカチだけで生計は成り立つのだろうか?
「いらっしゃいませ。今日はどのような物をお探しですか?」
背筋を伸ばした女性の店員が、にこやかに声を掛けてきた。
店員が積極的に声を掛けるパターンのお店か。それとも不審者と思われたか?
「えーと……知り合いの方にプレゼント……贈り物をしようと思いまして……」
「その方は女性ですか?」
「はい」
「まぁまぁ、素敵ですね。上手くいくように私たちもお手伝いさせていただきます」
急にテンションが上がる女性店員。
上手くいくって何?
「最近の流行は、黄色のハンカチです。四角形が定番ですが、最近は丸型も流行っております」
「えーと……」
「レースは少なめ、刺繍はお花が人気ですね。お相手の好きな花を刺繍されるのが良いと思います。いつ頃、告白をされますか? それに合わせて刺繍をさせていただきます」
「こ、告白!? どういう事?」
「結婚の告白をする為のハンカチをお求めなのではないのですか?」
「違います」
この世界では、男性が女性にハンカチを渡す行為は求婚と同じ行為らしい。
給料三ヶ月分の指輪と同じ存在。
ハンカチを掲げて「結婚しよう」と言う男性。「喜んで」と答える女性。二人は喜びの涙を流し、さっそく告白のハンカチで涙を拭くのだろう。
また、戦に向かう男性へ女性が自分の名前を刺繍したハンカチを渡したりするようで、愛と絆の橋渡し的アイテムであるらしい。
お礼とはいえ、そんな意味のあるハンカチを、男性の姿をした私が女性であるレナに渡すつもりだったようだ。
ハゲで筋肉で加齢臭のする厳つい私だ。ハンカチを渡したら、冷たい視線で「友達のままでいましょう」と受取拒否をされていた。
無知とは、何て恐ろしい事なのだろう。
とはいえ、汚したハンカチのお礼はしたい。出来れば、代わりのハンカチを渡したい。どうしようか……。
私は女性店員に助言を貰う為に事情を話した。
「汚してしまったハンカチの代わりに新品を差し上げると。それでしたら、なるべく素朴な物や同じような物が良いでしょう。全てが全て、ハンカチを差し上げる事が愛の告白に繋がる訳ではありません。今、そのハンカチはお持ちですか?」
風呂場で洗ったレナのハンカチを取り出して女性店員に渡す。
「このハンカチに似た物は……これですかね」
流石、店員さん。沢山あるハンカチの束からそれっぽいのを見つけた。
「少し簡素過ぎますかね。やはり、花の刺繍を付けた方が喜ばれませんか」
やたらと刺繍を勧めてくる店員さん。
刺繍で儲けを出すシステムなのかな?
「花は重いですね。勘違いされます。それなら果物なんてどうですか? 簡単にデフォルメされた絵。ブドウなんて可愛いですよ」
「でふぉって分かりませんが、簡単な絵ですか?」
女性店員が木札とペンを持ってきてくれたので、それで丸と線で簡単なブドウを描いた。
「ああ、ブドウです、ブドウです。それならリンゴも可愛いですよね。こんな感じですか?」
今度は女性店員が簡単なリンゴを描きだした。
「店員さん、上手いですね。野菜も可愛いの多いですよね。ナスとか人参とか」
「でしたら、カボチャが良いですよね。街の特産ですし、売れそうです」
私と女性店員は交互に木札に絵を描いていく。
「これは何だと思います?」
「犬です、犬。可愛いです。次は私です」
「うーむ……分かりません」
「ベアボアです。似てませんか?」
なぜかお絵描きタイムになってしまった。
結局、レナのハンカチに似た刺繍のないものを購入した。
「お客様、またいらしてください。ぜひ、いらしてくださいね。お待ちしております」
女性店員に気に入られた私は、店を出ると露店巡りを再開した。
「おじさん、新鮮な野菜があるよ。見ていってよ」
十歳ぐらいの男の子に声を掛けられた。
この世界の子供は良く働く。労働基準法なんてない。親と一緒に働いて、お金を稼がねば生きていけない厳しい世界だ。まぁ、学校とかないから遊ばせておくよりも働かせた方が得なんだろう。
色々な野菜が並んでいる。
見た事がある物から訳の分からない物まで色々だ。若干、干からびていたり、変な形になっているのはご愛敬。
キャベツのような野菜を見ると、葉の部分がウヨウヨと動いている。
目を凝らすと、小さい青虫や羽虫がウジャウジャと踊っていた。
「うぎゃっ!?」
胸を反らして、飛び退く。
良く見ると、他の葉野菜も虫だらけ。
「おじさん、大人なのに虫が怖いの?」
子供店員が驚いた顔をしている。
「怖くはないが……好きじゃない」
「俺のおとんが作る野菜は、虫も好んで食べる美味しい野菜だよ。……農薬? なにそれ?」
これが日本なら完全に売れ残り商品。知らずに買ったらクレーム案件だ。
良く考えれば、虫が一匹もつかない野菜の方が普通じゃない。でも、現在日本に生まれ、スーパーで売られている野菜に慣れた私にとっては、虫付きの野菜は絶対に無理である。
私は葉野菜から目を反らすと、拳大の丸い野菜が目に入った。
「あっ、これ、トマトだよね」
「そうだよ。これも美味しいよ」
青色の強い未熟のトマトを見て、あるアイデアが浮かんだ。
「君、もっと赤いトマトはないの?」
「赤いトマト? 完熟しているやつ? それならここにあるよ」
別の野菜スペースから真っ赤なトマト(ひび割れ多し)を取ってくれた。
私はトマトと玉ねぎとニンニクを購入した。
次に来たのは薬草屋。
乾燥させた薬草が並んでいる。
店員に薬草の名前を聞いたが、どれも知らない名前ばかり。
店員に許可を取って、直接匂いを嗅ぎ、料理に使えそうな物をいくつか購入する。
ちなみに紅茶に似た薬草もあったのでそれも購入。
その後、色々なお店を回り、必要な物を購入していった。
露店エリアを抜けると、職人街になっている。
商人の馬車が荷卸しをしていたり、湯気の上がる桶で布を染めていたりと作業場が多い。
さらに進むと高い建物は無くなり、農作物や家畜が飼われているエリアに出た。
ここまで来ると、家の建物は木で出来た丸太小屋が主流になっている。
野菜畑の横では、馬や牛や豚が伸び伸びと草を食っている。鶏は囲いの中で飼われておらず、家の庭をうろうろと自由に歩いていた。
あっ、ベアボアも何頭かいる。牛と仲良く草を食べていた。
家畜の糞尿臭を嗅ぎながら、さらに進むと目的の川が見えた。
遠くの方で街を囲む塀が見える。
家畜エリアと塀の間は、何もない広い草原になっている。
その草原を突き抜けるように川が流ていた。
今日の目的地はここ。
川辺へ降りると、キラキラと日差しを反射する綺麗な川で、決して糞尿が混じった汚い川ではなかった。
大きくもなく、急流でもない、静かで心地の良い場所だ。
遠くの方で子供たちの声が聞こえる。どうやら川遊びをしているようだ。
川辺はゴミも流木もなく、大きな丸い石がゴロゴロと落ちているだけ。
川の中に小さな魚が泳いでいるのが見える。
どうやら、下水の水はこの川に流れていないようで安心した。
私は石の上に腰を落とし、静かに流れる水を眺めながら休憩をする。
太陽が暖かい。風が気持ちいい。川のせせらぎが心を落ち着かせてくれる。
日向ぼっこを楽しんだ私は、腰を上げ、今日買った荷物を取り出した。
道具も買ったし、材料も揃えた。
「良し、ケチャップを作ろう」
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