第8話 武器屋へ行こう

 暗闇の世界。

 自分の手すら見えない漆黒の中、ふわふわと私は浮かんでいる。

 音もない。光もない。何もない世界を浮かんでいる。


 ふわふわ、ふわふわ……。


 クラゲのように暗闇の中を漂っている。

 何も無くて暇だ。

 「ふぁー」と欠伸が出た。

 何も無かった空間に光が浮かぶ。

 じっと光を眺めていると……。


「――――」

 

 音らしきものが聞こえた。

 それに合わせて、光が明るくなったり、元の光に戻ったりと繰り返す。


「――――」


 音と共に不規則に光が点滅する。

 モールス信号みたいだ。

 これは音でなく声かもしれない、と思いじっと観察し続けた。


「――――」


 チカチカと光が点滅する。


「――――」


 何かを囁いている。


「――――」


 目を凝らし、耳を澄ます。


 どのくらい時間が経ったのだろうか?

 数分のようであり、数時間のようでもある。

 ようやく私はこの声が何を言っているのか理解できた。


 それは……。



 ………………

 …………

 ……



 「何だったかなぁー?」


 暗い部屋の中、私は目を覚ました。

 天使のおっさんが現れそうな夢を見ていた。

 今では、夢の内容は思い出せない。

 時間が経つにつれ、夢の内容が霧のように飛散して消えていく。

 所詮は夢。夢は儚く消えて無くなるもの。

 鉤爪かぎづめのおっさんの悪夢じゃないだけマシだ。

 すっかり目が覚めた私は窓を見る。

 薄っすらと光が見え始める夜明け前。

 雲一つない晴天日和に成りそうだ。


 私は食堂まで行き、水瓶で口をすすぎ、布を濡らして顔を洗った。


「おや、早い目覚めだね。朝食はもう少し後だよ」


 振り向くと、エプロン姿のカルラが立っていた。


「おはようございます。おばさんも早いですね」

「私らは仕込みがあるからね。パン屋の書き入れ時は朝と夕方。朝食の準備もあるからどうしてもね」

「カリーナちゃんも手伝ってるんですか?」

「あの子はグースカ寝てるよ。その代わり、昼からしっかりと働いてもらう」


 この街の人たちは、一日二食が基本らしい。

 ただ、昼食はまったく食べないわけでなく、おやつみたいな物を軽く食べるだけ。

 どうりで昼の露店は暇そうだったんだな。

 私は無理。一日三食きっちり食べないと動けない。


「昨晩は魔石が壊れて悪かったね。替えよう替えようと思っていただけで、ずっと引き延ばしてたんだ。今日の朝食は少しおまけしておくよ」


 そう言って、カルラが行ってしまったので、私も部屋へと戻った。



 ん?

 んんーん?

 どういう事?


 太陽の明かりが差し込み始めた部屋の中で、私は体の異変に気がついた。

 朝の生理現象ではない。


 毛だ。


 昨日、傷だらけになって剃った体毛が元に戻っている。

 髭、腕毛、指毛、胸毛、すね毛が元の長さに伸びていた。

 男の人って、一晩経っただけで体の毛が伸びるものなのかな?

 その割には、頭の毛は産毛すら生えていない立派なハゲなのだが……。

 不思議だと思いながら、ベッドでゴロゴロしていると朝の鐘が聞こえた。


 今朝の朝食は、ひよこ豆っぽいスープ(塩胡椒味)、厚切りベーコンと目玉焼き(温野菜付き)、パン、チーズ、ドライフルーツ、リンゴジュースである。ちなみに、カルラが言っていたおまけは目玉焼きである。

 脂の乗ったベーコンと半熟卵にパンを付けて食べたら病みつきになり、二回ほどパンをお代わりした。

 朝食に満足した私は部屋に戻り、荷物を整理して、外へと出た。



 大通りに出ると、パン屋の前に沢山の人が集まっている。

 細身の優しそうな男性とカルラがせわしなくお客をさばいていた。

 あの男性がカルラの旦那でカリーナのお父さんか。

 私は邪魔しないように人込みを迂回し、大通りへと出て、冒険者ギルドがある十字路へ足を動かした。

 早朝という事で、沢山の飲食店が開いており、大通りは賑わっている。

 美味しい匂いが充満して、さっき朝食を食べたにも関わらず、お腹の虫が鳴った。

 我慢できず、串焼き屋で野菜串を購入。肉は怖くて買わない。玉ねぎ、カボチャ、人参、肉厚のキノコが刺さっている。どの野菜も硬さが違うのに上手く焼かれていて柔らかい。味は塩胡椒のみ。醤油が欲しいところだ。

 野菜串が無くなった頃、冒険者ギルドへ到着。

 まだレナのお礼のハンカチを購入していないのでギルドは無視して、隣のギルド印の武器屋へ入っていった。



 冒険者に成れば、魔物の討伐クエストが発生する。

 今まで包丁ぐらいしか持った事のない私では、いきなり武器を持って魔物を倒すのは難しい。

 そう言う事で、冒険者に成る前に武器を購入して練習をしようと思った次第だ。

 武器屋に入ると、何組かの冒険者がカウンターで薬を買ったり、武器を見ていたりしていた。

 これから、冒険へ行く準備をしているのだろう。なんかカッコ良い。冒険者への憧れがますます強くなった。

 壁には色々な武器や防具が並べられている。カウンターの奥にもお客が見えるように置かれている。

 胸がドキドキしてきた。触っても良いのだろうか?

 私は、壁に立て掛けてある鎧を油で磨いている若い青年店員に触って良いか尋ねてみた。


「壁に立て掛けてある物は、直接触って確かめて良いっすよ。でも、試し切りは駄目っす」


 金色の短髪で体育会系っぽい青年店員はにこやかに答えた。

 言葉に甘えて、壁に立て掛けてある武器へと向かう。


 色々の武器がある。

 剣だけでも、ロングからショート、両刃から片刃と色々な種類が置かれている。

 ゲームで定番の槍、戦斧、ハンマー、弓矢は勿論、モーニングスターまで置いてあって見ているだけで楽しい。ただ、魔法使いが使う杖は売っていないみたいだった。

 私は試しに一メートルほどのロングソードを握って持ち上げるが……上がらない。

 両手で握り、腰を落として持ち上げる。


「ふぬぬぬぅぅーー!」


 茹で蛸のように真っ赤になってようやく数センチほど浮いた。

 これ、本当に使える人いるの? 力自慢コンテストの道具じゃないの?


 ロングソードは諦め、七十センチほどのショートソードに持ち替える。

 こちらは持ち上がる。

 ロングソードに比べれば軽いが、それでも片手では扱えない。

 両手で持って、軽く素振りをすると、重さで体が引っ張られる。

 柄も硬くて、手の平が痛い。

 振った後、勢いを止める事が出来ず地面にぶつけそうになった。


 剣はこのぐらいにして、次は槍。

 穂先がナイフのように一つだったり、二股に分かれていたり、捻じれていたりと色々な槍が存在する。

 そのどれもが、柄が金属で出来ていて、非常に重く持ち上がらなかった。

 リーチが長い分、素人の私には良いと思ったが、重くて無理そうだ。

 もし持てたとしても、槍の扱いが分からない。

 突く、払う、投げるぐらいしか想像できない。あと、「大車輪ッ!」って叫んで、グルグル回す技がゲームであったな。あれは実際に使える技なのだろうか?


 戦斧やハンマーは重すぎて論外。メイスも同じ。

 弓矢は素人が手を出していい武器ではない。動いている魔物に矢を当てる自信はない。そもそも、まともに矢を飛ばす事すら出来ないだろう。

 

 うーむ、困った。

 喧嘩すらした事のない素人が使える武器はないだろうか?

 ナイフのように接近戦で戦うのは無謀。

 ナックルなど格闘用の武器は、昨日のチンピラ冒険者との喧嘩で私に才能が無い事は分かった。これも無理。

 モーニングスターやフレイルはどうか? ……重い、無理。

 あれも無理、これも無理、無理ばっかり。

 どうして、こんなにも腕力がないの!? この筋肉は風船で出来てるの!?

 いやいや、思い出せ。色々なゲームをしたインドア女子高生だ。アニメやゲームを参考にすれば、私でも使える武器はある筈だ。


 むー……むー……むー……チーン!

 

 思い付きました!


 お客が居なくなり暇にしていたカウンターの店員……たぶん、この武器屋の責任者の元へ行く。

 私と同じ厳つい顔でガタイの良い初老の店員に聞いてみた。


「こん棒って売ってません?」

「こん棒だぁー? そんなもん、森に行って拾ってこい」


 ……ですよねー。


「ここで見てたけど、あんた、外見のわりに力が無いな。武器に振り回されている」

「腕力が無くても使えそうな武器はない? 素人でも扱えるやつ」

「そうだなぁー」


 顎を撫ぜて考えてくれている。厳つい顔しているが親切そうだ。


「誰だって最初は素人だ」

「まぁ、そうなんですけど……」

「手に持って、少しでも使えそうと思った物を使いな。後は実践あるのみ」


 それ以前に持ち上がらないんですけど……。


「壁に立て掛けてある武器は、中古の量産品だ。値段は安いが、品質はいまいち。店の奥に特殊な金属で作ったショートソードがある。品質は良いぞ。ただ、値段が高い」

「高いのはちょっと……」


 収入がないプー太郎の為、なるべく安いのが欲しい。


「確か、冒険者は値引きされるんですよね?」


 冒険者価格で安く買えるとレナが言っていたのを思い出す。


「ああ、武器によってだが、一割から三割引きになる」

「私、近い内、冒険者に成ります。今日は値引きしてくれますか?」

「あんたの近い内が十年後か百年後か分からんから無理だ。冒険者に成ってから出直してきな」


 厳つい店員はシッシッと手を振る。

 まぁ、そうなるよね。


「金が無いなら壁の隅の武器……ワイン樽に突っ込んであるのはどうだ? 小さめのショートソードがあったはずだ」


 そう言って、厳つい店員は部屋の隅を指差した。

 そこにはワイン樽の底をぶち抜いて乱雑に突っ込んである武器の束があった。

 私は、数ある武器の内、一本のショートソードを取り出す。

 素人の私でも分かる。

 三流品だ。

 錆が浮かび、刃こぼれが酷い。柄に巻いてある皮も剥がれていてボロボロだった。


「これは?」

「見ての通りのゴミ武器だ。二束三文で売っている」

「研いだら使えます?」

「元々、粗悪品の武器だ。研いだり、補修する手間賃を含めたら足が出ちまう。ただ、駆け出し冒険者が使う分なら問題ない」


 他の武器を見ても、似たり寄ったりだ。

 うーむ、どうしよう。

 人生で一度も武器を持った事の無い私が使うには身分相応か。

 でも、心が湧かない。ワクワク感が足りない。


 「もう少しマシなのはないかな?」と漁っていると、黒光りするお洒落な手斧を見つけた。

 刃先だけが灰色で、それ以外は全て黒色。柄の中腹に文字のような模様が彫られている。

 手に持って、軽く素振りしてみた。

 ズシリと重みを感じるが、剣のように体が持っていかれる事はない。

 長さもナイフとショートソードの中間くらいでちょうど良い。

 少し擦り傷があるが、刃こぼれも無いし、錆も浮かんでいない。


「この手斧もゴミ武器ですか?」

「それか……」


 厳つい店員は眉間に皺を寄せて頭を掻く。

 鎧を磨いていた体育会系の青年店員の肩がビクッと震えるのを目の端に捉えた。

 もしかして、いわく付きの武器かな。人を何人も殺しているとか。


「そいつは武器じゃない。ただの斧だ。木を切ったりする日用品の道具だ」


 体育会系の青年店員がそそくさと店から出て行く。

 それを見た厳つい店員は溜め息を吐くと続きを語った。


「うちの若いもんが、武器と思って客から買い取っちまったんだ。武器屋なのに、武器の斧と日用品の斧の見分けも付かないとはな。かー、情けない」


 武器と日用品の違いって何? と疑問に思うが、脱線するのでスルーする。


「ギルドが運営している武器屋だから色々としがらみがあって、他の店に売る事も出来ない。武器屋で武器じゃない物を普通に売る訳にもいかない。だから、そこでタダ同然で売っている訳だ」


 その時の状況を思い出したのか、厳つい店員は「あいつの頭をその斧でかち割ってやろうかと思った」と青筋を立てている。曰く付きの武器ではなかったが、殺人未遂の武器でした。


「武器じゃないから魔物は倒せないの?」


 私は手斧を素振りしながら聞いてみた。


「うーん……この辺の魔物なら大丈夫だ。実用性よりも飾りに近い斧だから、他の店で売れば、それなりの値段になるぞ。買うか?」


 良い値で売れると言うぐらいだ。余程、手放したいらしい。

 

 私は斧を購入した。

 値段は『カボチャの馬車亭』の一泊より安い。

 人生初めての武器である。(武器じゃないらしいけど)

 お洒落だし、売る気はない。


 買い物に満足した私は、斧を腰のベルトに差し込むと店を後にした。

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