第4話 冒険者ギルドへ行こう

「はぁー……」


 小さな明かり窓から黄色い日差しが薄汚れた小さな部屋を照らす。

 壊れた壁、ささくれ立った床、天井の染みが光に照らされ視界に入ってくる。

 この簡素な部屋は、何も見えない真っ暗の方が住み心地が良かった。


「はぁー……」


 また、溜め息が出る。

 私の精神はゼロに近い。

 眠いし、お腹空いたし、背中痛いし、そして疲れた。

 霞かかった頭で昨夜からの出来事が蘇る。



 昨夜未明。

 排尿行為を無事に済ませた私の精神はすでにボロボロ。疲れたし、やる事もないので、さっさと眠る事にする。

 寝る前に少し部屋を換気をする。獣油で作られた蝋燭の匂いを逃がす為、薄く汚れた明かり窓に近づく。取り付けの悪い窓枠をずらして窓を開け……すぐに閉めた。


「……外の方が臭い」


 仕方が無いので、獣臭の中、眠る事にした。

 蝋燭の火を消して、ベッドへ倒れこむ。

 薄いシーツの上に寝そべり、もう一枚の薄いシーツを体にかける。

 枕は筋肉パンパンの腕。マットレスも無ければ、スプリングも無い。ほぼ床と変わらないベッド。朝起きたら、背中が悲鳴を上げている事だろう。気分はますます曇天模様である。


 訳も分からず召喚された異世界。硬いベッド。扉の向こうから飲み食いしている客の声。

 普段なら決して眠れない状況なのに、緊張からくる気疲れと歩き疲れた事ですぐに睡魔が襲ってきた。

 だが、うつらうつらとしてきた時、壁を叩く音で目が覚める。

 すわっ、何事か!? と隣の壁を見つめていると、壁を叩く音に交じって女性の艶めかしい喘ぎ声が聞こえた。


「…………」


 隣の部屋で何が行われているのか、すぐには理解できなかった。

 艶めかしく、時には獣のような声。


「これって……もしかして……」


 理解した時には、茹タコのように顔を真っ赤に染めて、両耳を抑えた。


 年頃の娘が居るのに何してるのよー!


 私は髪の毛の無い頭を抱えて悶える。


 おばあさんが「連れ込みか?」と尋ねたのはこの事か。

 連れ込み宿。恋人や商売女性を部屋へ連れ込んで、あれをなにして、なにをあれする。男女のコミュニケーション。異性総合格闘技。夫婦の共同作業。

 同性の友達すらいない私にとって刺激が強すぎた。


 「俺の女に何してんだ!」ドアを蹴破る音。

 「ヒィー、何ですか!?」情けない男の声。

 「興が冷めたので私帰るね。また今度、買ってね」女の足音が遠ざかって行く。

 「クララちゃんは俺が何度も何度も貢いだ俺の女だ。一見さんお断りなんだよ!」

 「知らねーよ」

 「俺のクララちゃんを犯したんだ。お前も犯される覚悟はあるんだろうな!」


 お隣さんが変な事になっている。

 今の内に扉の閂が掛かっている事を確認し、ついでに丸机を移動させて、ドアのストッパーになるように噛ませておいた。

 一通り作業を終えると、隣から壁を叩く音に交じって、男の喘ぎ声(唸り声?)が聞こえる。


 ひぃー、怖い! トドの鳴き声みたい。怖い怖い怖い! 何してんの、あの人たち!? 意味分かんない、意味分かんない!


 私はシーツを被って、筋肉饅頭のように丸まり、寝付くまでブルブルと震えていた。


 そして、寝ているのか起きてるのか分からず、硬いベッドで寝返りばかりしていると、遠くの方から鐘の鳴る音がした。

 明かり窓から薄っすら太陽の光が射す。

 眠い眠いとゴロゴロしていると、体の異変に気がついた。


 え、病気?

 

 下半身の一部が、異様に膨張していた。

 痛くはないが、動きにくい。

 患部を確認したくても、恥ずかしくて、直接見る事が出来ない。

 虫に刺された? 汚れた水を飲んだから? ベアボア料理のせい? 病院に行かなきゃ。でも、こんな姿、人に見せられない。

 青褪あおざめながらあわあわしていると、股間の膨らみが徐々に治まっていった。


 一体なんだったのか?

 女性には知らない、男性特有の……ああっ、これが噂の朝の生理現象というやつか!?


 アニメやゲームでよくあるやつ。朝、幼馴染に起こされた主人公がテント張って、「バカ、朝から変な物見せるな!」とパンチ食らわすアレ。

 私の身に起きたのはこれかと手をポンと叩いて納得する。がすぐに頭を抱えてうずくまる。

 変な意味で、この世の全ての女性よりも男を知ってしまった。……こんなの知りたくなかった。

 完全に目が覚めた私は、再度、おまると格闘し、おばあさんに言われた通り、おまるを綺麗にしてから、再度ベッドへ腰かけた。


 そして、現在へ至る。



「はぁー……」


 何度目かの溜め息が出る。

 私、こんな世界で生きていく自信がない。あまりにも刺激が強すぎる。

 現代日本で不自由なく生きてきた私だ。凄く恵まれていたんだと、ひしひしと実感している。

 夢なら早く覚めてくれ。


 そもそも、不満が多いのは、この宿であり下町だ。

 裕福地区へ行けば、ましになるんじゃないだろうか。

 宿も食事も生活環境も少しは改善するだろう。


 良し、今日は裕福地区で一泊だ。


 本日の方針が決まると私は部屋を後にした。


「おはよう。顔色良くなったな。何か食ってくか」


 食堂へ降りていくと、爽やか笑顔でおじさんが挨拶してきた。

 床は綺麗に掃かれ、残飯の形跡はない。客は二人と床に寝ている犬が居るだけだ。

 私は、昨日座ったカウンターに腰を落とすと注文した。


「パンとドライフルーツとスープ。スープはさっぱりとした飲みやすいのをお願い。チーズは抜き。あと、お湯」


 これなら食べられるだろう。


「それにしても、変な話し方をするな。見た目と話し方で混乱する」

「……良く、言われます」

「悪い。馬鹿にしている訳じゃない。ただ、この辺の連中は血の気が多いから、変に絡まれて怪我をしないように気をつけな」


 私の事を心配してくれる良いおじさんだ。

 そんなおじさんは「銅貨二枚」と言って、奥へ行ってしまった。


 話し方か……今まで何も考えず、普段の話し方をしていたが、傍から見れば違和感バリバリなのだろう。ハゲの筋肉中年が女性言葉を話す。

 うん、ないな。

 同性愛者か女装性癖と間違えられるのも嫌だし、それでトラブルに遭うのも嫌だ。

 前向きに直していこう。


 「へい、おまち」とおじさんが料理を並べていく。

 「お、おう、美味そうだぜ」と私は低い声で男性ぽく話してみた。

 「練習してんのか? それはそれで不自然だな」かっかっかっとおじさんが笑いながら去って行った。

 失敗を気にせず、料理を見る。


 パンとドライフルーツは昨日と同じ。

 問題のスープは、透明で野菜と干し肉の切れ端が浮いている。この干し肉、ベアボアじゃないよね。

 恐る恐る木のスプーンで掬い、スープを飲む。

 ……ん? 塩の味しかしない。

 もう一度飲む。

 やっぱり、塩味のお湯。野菜の旨味も肉の味もしない。頭と舌が乖離したようで混乱する。

 でも、昨日のスープに比べれば可愛いものだ。

 硬いパンを塩スープに漬けて食べたり、ドライフルーツを噛んでスープで流し込んだりして完食。

 お湯、いらなかったね。


 「ご、ごちそうさん」と低い声で奥の部屋に声をかけると、「また来てくれよな」とおじさんが顔を覗かして答えてくれた。

 「ごちそうさま」って通じるんだと思いながら、私は宿を後にする。



 外に出ると異臭が鼻に突く。口呼吸に切り替えて、裕福地区へ足を進めた。

 色々な店が商品を並べている。

 肉屋に野菜屋に果物屋。さらに衣服に雑貨屋に窯屋などなど。

 武器や防具を売っている店は見かけない。地区が違うのだろうか?

 ちらほらと自分の服装に似た人を見かける。

 皮鎧や肘当ては勿論、大きな盾を背中に背負っている人もいる。武器も様々で、剣から始まり、槍、斧、メイス、弓矢、大きな杖を持っている人もいる。現在日本ではあり得ない光景である。

 私もゲーマーの端ぐれ。たぶん、彼らは冒険者なのだろう。その姿を見るとワクワクが止まらない。成れるかどうか分からないが、私も冒険者になってみたいものである。


 しばらく歩くと、ある店の前に見慣れない生き物がいた。

 荷車に繋がれたそれは、熊よりも一回り大きく、毛むくじゃらの生き物だった。サラサラとしたストレートヘアーの体毛が全身を覆い、目や顔の形が見えない。唯一見えるのが、毛の束から突き出ている大きい牙だけである。

 これ、食堂のおじさんが言っていたベアボアじゃないだろうか。


 貴様かー、私のトラウマを植え付けた魔獣は! と思いながら、むむむーとベアボアを睨んでいると……。


「おめー、俺っちのベア子をジロジロ見やがって、盗む気か! 相手になるぞ!」


 ツギハギだらけの服を着た初老のおじいさんが怒鳴りつけてきた。このベアボアの持ち主なのだろう。


「い、いえ、立派なベアボアだと思って見てました。勝手に見て、ごめんなさい」


 適当に言い訳したら、親の仇を見るような顔をしていたおじいさんが、一瞬で笑顔に変わった。


「おめー、女みたいな喋り方をする奴だが、見る目だけはあるな」


 男言葉を使うのを忘れていた。


「俺っちのベア子は自慢のベア子だ。この自慢の毛をいてやると嬉しくて、ブモーブモーと鳴くんだ。可愛いだろう」

「え、ええ……」

「三日ほど遠出して、久しぶりに会ったら、嬉しくて小便しやがった。俺っちも嬉しくてちびりそうになっちまったな」

「そ、そうですか……」

「どうだ、おめーも自慢のベア子の毛を梳いでいくか?」

「用事があるので、遠慮しておきます。では、さようなら」

「用事が済んだら、いつでも来いよ」


 おじいさんの声を聞きながら、急いで立ち去る。

 色んな人がいるもんだ。



 道が石畳に変わると、建物が高くなり、綺麗になった。ここから裕福地区なのだろう。

 改めて建物を眺めるが、特別、裕福には見えない。精々、現在ヨーロッパの下町レベルだ。

 だが、逆にそれが良く、親しみが持てた。

 今後は、ここを拠点にした方が良さそうだ。


 食べ物を売っている露店があり、朝早くからお客が集まっている。

 削いだ肉をパンに挟んだ物、グルグル巻きのソーセージ、謎肉の串焼き、ワインやエール、さらにスープを売っている所もある。

 場所が変わるだけで、どれも美味しそうだ。昼食は屋台めぐりでもしてみよう。


 元の世界へ戻る当ての無い私は、しばらくこの世界で暮らさなければいけない。

 そうなると、色々と買わなければいけない物がある。

 替えの服や下着。体を拭くタオルやハンカチ。それに石鹸や歯ブラシ。耳かきや爪切りもほしい。髭剃りは売っているかな? 肌荒れ予防に化粧水やリップクリーム。櫛は……必要ないか。それらを入れる鞄も必要だ。

 すぐに浮かんだ物だけで、こんなにも出てくる。

 宿にも泊まらないといけないし、お金は足りるだろうか? まだ、この世界のお金の価値が分からないので、教会で貰ったお金がどのぐらいの価値があるか分からない。

 やはり、働かなければいけないのだろうか?

 アルバイト経験のない私にとって、労働する事は未知の領域だ。

 もし働くとしたらどんな所が良いだろうか?

 定番という事で、お洒落なカフェでウェイトレスはどうだろう。ケーキ屋も捨てがたいな。それよりもペットショップがいい。ケモ耳に囲まれて、働くなんて最高だ。いっその事、全部合わせて、ケモ耳カフェを作ってしまおうか。うん、凄く良い。私、冴えてる。

 自分の外見をすっかり忘れ、ニマニマしながら夢のある将来設計を考えていると、大通りの十字路へ到着した。


 六階建ての大きな建物。

 腰にショートソードを吊るしたお姉さんと大きな盾を背負った大柄の女性が建物の中へ入っていった。

 もしかして、この建物は異世界ラノベの重要施設、みんなの憧れの場所、夢と希望の冒険者ギルドではなかろうか!?

 恐る恐る私も入ってみる。

 机が数脚、壁の側面に長椅子が置いてある。

 二人組のやせ細った男性と黒色のロープを目深に被った女性が長椅子に座っていた。

 先ほど見た剣士とタンク職のお姉さんは、壁に張り出している木札を眺めている。

 冒険者ギルドの内部は、賑わいもなく閑散としていた。


 壁にかかっている木札が冒険者の依頼だろう。私も近寄って見てみたが、文字が分からず、がっかりする。

 依頼の木札以外にも様々な木札や羊皮紙が張り出されていた。

 魔物の絵が描かれている物があるので、文字が分からなくても見ているだけで面白い。

 角の生えた兎、巨大なネズミ、二本足で立つ狼、人の顔が付いた蛾……。

 テンプレの魔物から初めて見る魔物まで色々だ。

 一際大きい羊皮紙に地図が描かれていた。

 街が描かれていて、街の周辺の森や平地に魔物の絵が付け加えている。魔物分布図だろう。

 街はほぼ楕円形。東西南北、綺麗に十字の道があり、今いる場所がちょうど中央に位置する。北の端には教会。南が下町。東と西は行ったことがないので分からない。東と西の一部で川が流れているみたいだ。今度、見に行ってみよう。

 

 私が興味深く地図を眺めていると、「ご依頼ですか?」と声を掛けられた。

 振り向くと、ショートボブの可愛らしい女性が爽やかスマイルで立っていた。歳は二十歳前後、青色をベースにした制服で、豊かな胸に名札らしき物が付いている。


「えーと……あなたは?」


予想は付くけど、一応、聞いてみた。


「冒険者ギルドの職員でレナと申します。見慣れない方でしたので、ご依頼かと思いまして、お声を掛けさせていただきました」


 凄く丁寧に話してくれる。荒れくれ者(偏見有り)の冒険者が集う冒険者ギルドの職員だ。引退した元冒険者が職員になっていると思い込んでいたが、これは嬉しい誤算である。


「依頼でなく冒険者希望で、ギルドがどんな感じか見てました」


 私が口を開いたら、なぜかお姉さんの爽やか笑顔が引きつりだした。


「すみません。少し変わった口調でしたので、驚いてしまいました」

「ああ、この話し方は気にしないでください。長年の癖ですからお姉さんも気軽に話してくださいね」


 歳が近いせいで、男言葉の練習を忘れていた。面倒臭いので、これからも男言葉は止めよう。

 お姉さんは引きつった笑顔からすぐに元の素敵な笑顔に戻ると、「新規冒険者の登録ですね。こちらへどうぞ」とカウンターへ案内した。

 さすが営業職。窓口の顔だけあって、臨機応変に対応してくる。

 お姉さんはカウンターの奥へ回り、色々な木札を並べていく。

 私はカウンターの椅子に座ると、大人しく待つ。木札を見ても何て書いてあるか読めないしね。


「文字は読めますか?」

「いえ、読めません。問題ありますか?」

「大丈夫ですよ。文字が読めない人も結構いますから。でも、読めた方が依頼受注の幅は増えますから時間のある時に覚えた方が良いと思います。では、今回は私が口頭で説明させていただきます」


 お姉さんは木札を見ながら説明してくれた。

 以下、お姉さんの説明である。

 


・冒険者には国が発行した身分証を与えられ、市民権と同等の効果がある(一部例外あり)。


「市民権欲しさに冒険者に成られる人もいます」


・冒険者へ登録する際、銀貨一枚を支払う。


「市民権と同等の効果のある身分証です。誰でも簡単に渡す訳にはいきません」


・冒険者は、市民として扱われる為、一部の税金が免除される。

 例えば、街の出入りに必要な通行税、魔物や道具の売買にかかる間接税が免除される。


「通行税は、この街限定ではなく、他の街、他の国でも適用されます。ただし、国同士で締結していない場合は、免除の対象外になります」


・冒険者は、一部の税金が減税される。

 例えば、国(街)営の施設で販売している武器・防具・道具等を冒険者価格で割引購入できる。


「隣の建物は冒険者ギルドが運営している武器・防具屋です。ギルド印の道具はどれもお手頃価格ですので、ぜひご利用ください」


・冒険者は、依頼の紹介、無料相談、武器や道具の売買、魔物の解体や買取、道具の鑑定など様々な業務提供を受けられる。


「冒険者の皆さまが、快く依頼を達成できるよう、冒険者ギルドは幅広く、お手伝いをさせていただきます」


・犯罪歴のある者、国賊者は冒険者として登録できない。


「冒険者ギルドもお客様商売です。品行方正を心がけてください。また、冒険者になった後で犯罪行為、国賊行為をした場合、身分証剥奪もあります」


・冒険者ギルドと冒険者の間で、『報告・連絡・相談』を確実にすること。


「報告を適当にする方が多いです。魔物討伐の際、遭遇した場所、魔物数、どのように討伐したかを詳しく教えてください。資料の蓄積があるからこそ、我々も助言が出来るのです。生死に関わる依頼は沢山あります。『報告・連絡・相談』を確実に!」


・冒険者には、等級がある。

 下から鉄等級、鋼鉄等級、青銅等級、銅等級、銀等級、白銀等級、金等級の七等級からなる。


「例外でオリハルコン級、ミスリル級、アダマンタイト級と階級から外れた方たちがいますが、それは例外中の例外です。あの人たちは人間を辞めています。また、登録してすぐに鉄等級にはなれません。お試し期間の木等級から始まります」


・冒険者は、自分の等級にあった依頼しか受けられない。


「等級別混合の冒険者たちの場合、冒険者ギルドが判断して、依頼受注をします」


・等級を上げるには、昇級試験を受けて合格する。


「昇級試験は、一つ上の階級依頼を受けてもらい、無事に達成したら昇級です。ただし、昇級試験を受ける条件は、冒険者ギルドが判断します」


・依頼の失敗が続くと降級する。依頼内容によっては、罰金もある。


「当然ですね」


・依頼は一日一件ずつしか受けられない。


「例外もあります。複数同時依頼の受注は、冒険者ギルドで判断して許可を出します」


・他の冒険者の依頼を故意に奪ったり、妨害したりしてはいけない。


「駄目ですよ」


・未達成なのに嘘の報告をしたり、不正行為で依頼達成をしない。


「駄目ですよ」


・依頼主にお金の値上げ交渉をしない。追加報酬を要求しない。迷惑をかけない。


「依頼主と冒険者ギルドで契約した依頼です。冒険者が勝手に契約内容を変えてはいけません。依頼内容が違っていた場合、例えば、魔物の数が依頼内容よりも多かった場合は、ギルドを通してから追加報酬の請求をしてください。まずは『報・連・相』です」


・依頼内容以外で、依頼主と冒険者の間で問題が起きた場合、基本、冒険者ギルドは関与しない。


「冒険者同士の問題も同じです。当事者同士で解決してください」


・依頼中に怪我をしたり、死亡した場合、冒険者ギルドは責任を負わない。


「冒険者ギルドは仕事を紹介する場。依頼達成方法は、冒険者に任せています。自己責任でお願いします」


・国や街で有事が起きた場合、冒険者は強制的に招集命令を受ける。


「国が発行した身分証は市民権と同じ。市民の義務を果たしましょう」



 以上、レナお姉さんの冒険者ギルド案内でした。

 ほぼテンプレ通りで分かりやすいね。



 閑散としたギルド内を見回す。

 依頼の木札を見ていた剣士とタンク職のお姉さんは既にいない。長椅子に座っている二人の男性と黒色ロープの女性だけだ。

 もしかして、仕事がなくて、やる事のないレナお姉さんの暇つぶしに付き合わされていない? まぁ、親切に教えてくれたからいいけど……。


「冒険者をやっている人って、少ないんですか?」


 私は部屋を見回して尋ねると、レナはすぐに私の考えを察した。


「冒険者は沢山いらっしゃいます。今の時間は既に依頼達成の為に出張っているんです」


 冒険者ギルドは朝の教会の鐘が鳴ると同時に開店する。

 依頼は早い者勝ち。条件の良い依頼はすぐに無くなってしまうので、冒険者は開店と同時に押し掛け、依頼を確認し、受付で申し込むそうだ。


「我々窓口担当は、依頼の授受をする朝一と依頼達成の報告を受ける夕方が、一番忙しんです。その間は、依頼者の対応や書類仕事をしています。他の部署は違いますけどね」


 朝日が昇る前に起床する異世界人にとって、今日の私はお寝坊さんだったみたいだ。

 夜はやる事もないし、蝋燭代もかかるし、さっさと寝た方が経済的のようである。


「それでは冒険者への登録へ進みますが、銀貨一枚が必要になります」


 そういえば、お金を取ると言っていた。

 銀貨一枚、どのぐらいの価値があるのか未だに分からない。小銭袋の中には、銀貨も交じっていたし、金貨も入っている。ただ、銀貨一枚ぐらい余裕だが、今日は日用品を買いに行く予定なので、なるべく出費は押さえたい。

 それに、いきなり冒険者になっていいのだろうか?

 昨日、この世界に来たばかりだ。まだ、この異世界について何も知らない。魔王なんかいたら非常に危険だ。

 今まで包丁ぐらいしか持ったことのない私だ。

 いきなり魔物討伐クエストが発生したら、生きて帰れるだろうか?

 私、ゴキブリと蚊ぐらいしか殺したことないよ。

 うーむ……不安なので冒険者登録は後日にしよう。そして、武器を買って、少し練習をしよう。


 長々と説明してくれたレナに丁重に登録を断ったら、「いつ来てもいいように、用意しておきますね」と爽やか笑顔で快諾してくれた。

 

 私は冒険者ギルドを後にした。

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