第2話 変わり果てた姿

 楽しみにしていたゲーム『ケモ耳ファンタジアⅡ』をプレイ中、強制的に聖女として召喚された。そして、一切の説明もなく、理由も分からず、お役御免と追い出された。入社してすぐにクビになった新人社員である。怒りを通り越して、茫然としてしまった。

 これは夢で現実ではない。はやく夢から覚めて、ゲームの続きがしたい。

 こんな悪質な夢、早く覚めてくれ!


「ちょ、ちょっと! 待ってよ!」


 遠ざかる青年の背中に声をかけ、後を追いかけようと門扉の扉に手をかけたとき、木の棒が目の前に現れ、歩みを止められた。


「関係者以外、立ち入り禁止です」


 灰色の祭服を着た男性が私を遮っている。大きい門扉の端にも木の棒を持った男性がいる。二人一組で門の出入りを管理している守門の方たちだ。


 ……あれ?


「いらぬ誤解を招きたくなければ、素直に立ち去りなさい」


 守門の一人がやんわりと言うが、私はまったく耳に入っていない。

 異変に気が付いてしまった。

 どうして今まで気が付かなかったのだろう。


「顔色が悪いが大丈夫か?」


 守門が心配そうに尋ねてくるが、私は受け答えする余裕がない。


 私の声……誰の声?


「ああぁぁーー」


 試しに声を出す。

 私の声は、こんなにも低くない。さらに変な感じにしゃがれている。


「ど、どうした!?」


 守門がびっくりして、私から距離を取る。


 守門を無視して、自分に起きている事を考える。

 喉の通りは良いし、痛みも無いから風邪をひいた訳ではない。

 それなのに、私の口から自分ではない声が出る。それも男性で年配の声だ。まるでホラーである。

 声だけではない。視線が高い。体つきが違う。服装がおかしい。

 共に十七年間、苦楽をともに成長してきた私の体だ。ちょっとした違和感でも気づくはずなのに、どうして今まで気が付かなかったのだろう?

 頭に手を置いてうずくまる。

 そして……。


「んなぁぁーー!?」

「今度はどうした!?」

「毛が無い!?」

「怪我がない? どこか負傷していたのか?」

「今は冗談を言っている場合じゃありません! 私の髪の毛が無いんです!」


 守門に見えるように頭をペチペチと叩く。


「そ、そうか……」


 守門が胡乱な目で私を見つめる。


 私は体の至る場所を触って確認する。

 髪の毛が無い。

 あごに毛が生えている。

 首が太い。腕が太い。足が太い。

 ムチムチに筋肉が付いている。お腹も引き締まって堅そうだ。

 そして胸。現実の私の胸は、控えめでお淑やかで清楚で自己主張のないシンデレラバスト。年相応である。それなのに、なぜか今の方が大きい。どうして着ているか分からない皮鎧をずらして中身を確認すると……鍛え抜かれた見事な大胸筋がありました。それも、大量の胸毛付。……私のおっぱいが筋肉に負けた。

 そして、認めたくないが、下半身に異常な異物感が存在する。普段は無いはずの場所にあってはならない異質な物が……股間に……股間に……。


 うがぁぁーーっ!


「もうヤダっ! 股間に変な物が生えてるし、指に毛が生えてるし、声からして中年だし、意味分かんない!? 悲劇を通り越して喜劇だよ! 笑いたければ勝手に笑え!」


 顔を覆ってワンワン泣いた。

 盛大に泣いた。

 召喚された時も泣いていたが、あれは体の痛みの涙。今は心の涙。泣いてもいいでしょう。望んでもいないのに男の人になっちゃったんだから。それもハゲで筋肉の男性ホルモン百パーセント男。

 親に見せる顔がない。……疎遠だけど。

 友達に会わせる顔がない。……いないけど。

 私は、不安と絶望感と混乱で恥も外見も関係なく大声で泣き崩れた。

 はたから見れば、ハゲで筋肉質の中年の大人が石畳の上で号泣しているのだ。そんな姿を見ている守門は、顔を逸らし、ゆっくりと遠ざかろうとしていた。遠くにいるもう一人の守門は、我関せずと顔すら向けない。


 さんざん泣き崩れて、ようやく落ち着いてきた。

 目は腫れて、鼻水でグズグズ。でも、頭はスッキリしている。

 私が速攻でクビになって捨てられた事が、今では理解できる。

 教会は聖女として私を召喚した。でも、実際に登場したのはハゲの筋肉中年男。失敗したと思ったのだろう。

 おっさんの中身が現役女子高生ですと伝えても信じてくれないだろうな。


 地下の祭壇、少数の教会関係者、どうも秘密儀式みたいだった。

 もし本当に秘密の儀式だったら、下手したら口封じでこの世から始末されていたかもしれない。

 そう考えれば、捨てられただけでも有り難いと思った方が良いのだろうか?

 それにしても、扱いは酷いのだが……。


 黒色の祭服を着た青年に皮袋を貰っていたのを思い出し、地面に落ちている袋を拾って中を確認した。

 歪な形のコインが入っている。茶色と銀色のコインが沢山ある。おっ、金色も入っている。これは間違いなくお金だね。どのくらいの価値があるか分からないが、重さからして、良い値段はしそう。金貨もあるしね。

 

 私は立ち上がり、守門へと近づく。

 守門は警戒して、木の棒を握り絞めた。


「お騒がせしてすみません。それで、私はここから出て来たので関係者じゃないんですか? 中には入れませんか?」

「助祭様が話していた内容を考えると、敷地内に入る事は許可できません。ちなみに、助祭様を呼び出す事もできません」

「そうですか……では、ここはどこですか?」

「ここはダムルブール大聖堂の裏門です」


 そういう事を聞きたかったのでない。

 国について、世界について、私はこれからどうしたらいいのかを聞きたかったのだが……実際に聞いていたら、ますます怪しまれそうだ。

 変な事を聞いて、怪しまれて、警備兵に連絡されて、捕まって、尋問されて、正直に話したらますます怪しまれて、病院送りにされてしまう。バッドエンドしかない。

 

 色々と情報が欲しかったが、トラブルになりそうなので、素直にこの場から離れる事にする。……泣き疲れたしね。


「帰ります。疲れたから帰ります」

「この道を進めば、富裕地区へ出られるぞ。脇道へは入るな。貴族様のお屋敷に繋がっていたりするから、絶対に脇道には入るなよ」


 終始、胡乱うろんな目で見ていたけど、話はしてくれるし、助言までくれる良い守門だ。

 「ありがとう」と言って、私は歩き出した。



 林が生い茂る並木道をテクテクと歩く。

 これからどうしようかと考えていたら、前方から馬車が走ってきた。

 かれないように脇へと待機する。大人六人が乗れそうな車箱、豪華に彫刻された車体、そして……。

 ああ、ここは異世界なんだ、と改めて思った。

 馬車を引いていた馬は、足が八本あった。ファンタジーゲームや北欧神話で有名な神馬、つまりスレイプニルだ。通常の馬よりも馬力があり、速度があり、魔力がある。その為、お金持ちのお貴族さまの道楽馬になったり、軍関係の軍馬として用いられる。一般人には手が出ない、とぉーってもお高い馬で有名だ。

 もしかして異世界召喚でなく、中世ヨーロッパに過去召喚という説も考えていたのだが、一つ謎が解決して良かった良かった……のかな?

 

 珍しいものを見てニマニマしていると、ようやく並木道を抜けた。右手は相変わらずの林。左手には大きいお屋敷が見える。三メートルほどの塀で囲まれている為、中までは見えないが、畏怖いふすら感じる威風堂々としたたたずまいだ。

 これがお貴族さまの家。つまり、貴族地区へ入ったのだろう。

 私が歩いてる場所は、貴族地区の側面をなぞる道らしく、人っ子一人いない。

 こんなハゲの筋肉中年が貴族地区を歩いていると害虫駆除として捕まるかもしれない。まぁ、捕まりはしないだろうけど、汚い目で見られ、塩でも撒かれそうだ。……むきー、貴族め!


 何軒か屋敷を見ながら通り過ぎていると、ある事に気が付いた。

 屋敷の大きさが徐々に小さくなっていく。今では日本の一軒家三棟分の敷地ぐらいの屋敷がちらほら。教会の守門が言うには貴族地区を抜ければ富裕地区との事。つまり金持ちであるが平民の集まり。教会から離れれば離れるほど、身分が下がっていくのだろう。

 つまり、山の上に建っている教会は、この街で一番権威があるといえるだろう。

 私が本当に聖女としてチヤホヤされていれば、あの畏怖すら感じる大きいお屋敷の貴族よりも贅沢三昧だった可能性が高かった。はぁー、やり直しを要求したい。

 明日にでも教会に戻って説明責任を要求しようと思っていたが、金に汚く威張り散らす――偏見はいってます――貴族よりも立場が上なら、考えを変えた方がよさそうだ。しつこく訪れて、厄介者扱いされたら、信仰心のない私は、異端審問にかけられ、本当に火あぶりにされる恐れがある。……おお、怖い、怖い。


 坂道を下りきった。

 ようやく、富裕地区へ到着。

 貴族地区と違い、建物の形は大分違った。

 四、五階建ての建物が並ぶ。外壁は石材、窓枠や外枠に木材を使っていて、どの建物も均質で統一感がある。ただ、建物ごとに色が違っているので、見ていて楽しい。

 歩いている人も見かける。やはり、ヨーロッパ系に近い顔立ちだ。服装は地味。単色の布しかないのか、複雑な色合いの服装は見かけない。

 

 建物の一階に店を構えている場所がある。

 窯焼き屋だろうか、堅そうなパンを焼いてはお客に渡している。

 特大のチーズを切っては秤売りしていたり、持参した入れ物にワインを入れている所もある。フランスパンみたいな特大ソーセージも売っている。どうやって、焼くのだろうか?


 珍しく見ていると衣服屋を見つけた。

 透明度に欠けた、若干黄色に濁っているガラスの奥に様々な衣装が並んでいる。

 どんな物が売られているのか気になりガラスに近づくが、濁ったガラスに自分の姿が映り、お店の中が良く見えなかった。

 

 ……ん?

 

 ガラスに映りこんだ中年男性の姿。


 この姿は……見た事ある。


 綺麗に剃られた頭。目つきが悪く、無精ヒゲが生えている。ところどころ傷痕がある強面顔。首や腕や胸が太い。体全体がたくましい筋肉で覆われている。服装は、麻製の半袖服とズボン。そして、革製の胸当てを付けている。


 この顔、この姿は……私のアバターだ。


 『ケモ耳ファンタジアⅡ』で時間かけて作成した私のアバター。

 ケモ耳世界にハゲのおっさんが居たら面白いと思って作成した冗談アバター。

 それが今の私の姿。

 どうして、この姿なの?

 召喚直前でやっていたから?

 私、何でおっさんなんか作ったの? 可愛い女の子とか、お金持ち風のお嬢様とか、男性ならイケメンのエルフを作れば良かった。

 ハゲのおっさんをニマニマしながらキャラメイクしていた私を殴ってやりたい。


 現実の私の姿でなく、おっさんのアバター姿になっている事から、一つの可能性を思い浮かんだ。


「お、お嬢さん、ちょっといいですか!?」


 近くにいた、黒のワンピースに白のエプロンを着た若い女性に声をかけた。クラシカル・メイド服っぽいのを着ているからどこぞの使用人さんかな? 


「ひゃ、ひゃい!?」


 急にハゲのおっさんに声を掛けられた女性は、一歩飛び退くと、胸に手を当てて、警戒心丸出しの顔をした。


……声をかけただけなのに、酷くない?


「その……この街や国にケモ耳の人はいますか?」

「ケ、ケモ耳?」


 首を傾げる女性に私は身振り手振りで説明する。


「獣の耳。普通の人間の耳が獣の耳に成っている人。うさ耳、犬耳、猫耳、とっても可愛い。分かる?」

「うさ耳、犬耳とか分かりませんが、獣人族の事を言っているのですか?」

「そう、それ!」

「獣人族でしたら、この辺では見かけません。貴族様のお屋敷で使用人として働いていたり、建築や鉱山といった肉体関係のお仕事で働いていると聞いた事があります」

「わらわらと居るわけじゃないのね」

「この街では居ません」


 可能性の一つとして『ケモ耳ファンタジアⅡ』の世界に召喚したのでは、と思ったのだが……違うのだろうか?

 目の前の女性も現実的でNPCぽくはない。

 私の愛するゲーム『ケモ耳ファンタジア』の世界へ召喚したのなら少しは前向きに生活出来そうだったのに……。

 女性をジロジロと見ながら思考していたら、笑顔を引きつっている女性が、「用事がありますので……」と後ずさりしていく。

 私は挨拶の出来る日本人。友達は居なくても、親切にしてくれた相手に感謝の言葉を忘れない。最大の笑顔で「ありがとう」と告げた。


「ひぃー、犯される! 女言葉を話すハゲのおっさんに犯されるっ!」


 女性は泣きながら走り去っていった。

 感謝しただけなのに、酷くない?


 周りの人が私を遠巻きに見ている。指を指している者もいる。トラブルになりそうなので、急いでこの場から離れる事にした。


 こうして私は下町へと降りたのだった。

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