アケミおじさん奮闘記

庚サツキ

第01部 魔術人形と新人冒険者

第1話 異世界転移

 葛葉朱美くずのはあけみ、高校二年生、十七歳の女性です。

 趣味は、ゲーム、小説、B級映画、料理。

 一人で出来る趣味な為、友達はゼロ。親もいない。

 そんな私が異世界へと召喚された。

 良くある話である。

 

 鉄筋コンクリート二階立てのコーポアパート。築十年と古くもなく新しくない、何とも特徴のない建物の一室が私のお城だ。


 親は転勤で遠くに住んでいる。

「おはよう」「ただいま」ぐらいしか会話をしない親子関係であったので、単身赴任先へ一緒に付いて行くか、学校近くで一人暮らしをするかと選択を与えられた。

 無論、私は「友達がいるから」と一人暮らしを即答した。……友達いないけどね。

 両親も会話すらしない年頃の娘と一緒にいるよりかは楽だろうと反論もなく、淡々と一人暮らしが決まった。


 そんなこんなで、悠々自適な学生一人暮らし。親の仕送りが唯一のお金の生命線の為、贅沢とは無縁な慎ましい生活をしている。だが、私はとても満足だ。

 学校以外、全て自由時間。食事する時間もお風呂に入る時間も寝る時間も自由。何事もそつなくこなす器用貧乏な私は、家事も勉学もそこそこで済ませ、後は趣味に時間を当てている。

 読まなければいけない本が積んであったり、見なければいけない映画やドラマがハードディスクに眠っていたり、やらなければいけないゲームが順番待ちをしている。時間がいくらあっても足りない。学校を休んでも出席扱いになる有給休暇ならぬ有席休暇が欲しいところだ。


 ある雲すらない晴れた日、いつも通り誰とも話さず学校行事を済ませ、一人楽しく思いを馳せながら家へ帰宅した。

 今日は待ちに待った新作MMORPG『ケモ耳ファンタジアⅡ』の配信スタートである。学校を仮病で休んで、朝からゲーム三昧でもしようかと悩む程、待ちに待っていた作品だ。

 出席日数に余裕があれば休んでいたのに……。

『ケモ耳ファンタジアⅡ』の期待でワクワクしながら、パソコンの電源を押した。完全に起動する間に制服から部屋着ジャージへ着替え、台所へお菓子と飲み物を用意して、パソコンの椅子へと座る。

 一応、目覚まし時計もセット。これで寝落ちしても大丈夫。


「さぁて、やりますか」


 今日、初めて声を出した事にも気にせず、公式のホームページへ行き、ゲーム説明を斜め読みして、さっさとログイン。キャラメイクに結構な時間を取られ、ようやく本編がスタートした。


 ケモ耳、ケモ耳、ケモ耳!


 右を見ても左を見てもケモ耳だらけ。男も女も老人も子供もみんなケモ耳。

 ケモ耳が付いてないのはゲームユーザーだろうか、ケモ耳の隙間にパラパラと人間耳が見える。まだ、ユーザー数は少なそうだ。

 操作に慣れるため、ケモ耳だらけの街をブラブラと探索していると……徐々に画面が真っ白に濁ってきた。


「あれ?」


 いや、画面ではない。自分の目がおかしい。霧に包まれたように部屋の中が白く濁っていく。

 一瞬、火事かと思ったが、煙臭くないし、家の周りで騒ぎが起きている感じではない。直観的に違うと感じた。

 火事でないなら……疲れだろうか?

 昨日も夜遅くまで本を読んでいた。

『ゾンビ屋手帳』。新旧のゾンビ映画を紹介する読み応えのあるホラー映画入門書。古い名作ホラー映画がDVD化されていないものばかりで、ハンカチを噛んで悔しい思いをした。

 寝不足なのだろう。どんどん目の前の景色が真っ白になっていく。

 私は手探りでベッドまで行き、ぽふっと倒れ込み、羽毛布団が優しく体を包み込んでいく。

 ゲームの続きがしたかったが、こんな状況では仕方がない。諦めて一寝入りするか。


「……ッ!?」


 眠る覚悟をした瞬間、強い光が私の体を包み込んだ。あまりに明るい為、両手を前に突き出し、顔を背ける。

 涙が零れる。眩しいというよりも痛い。

 そして……。


「……ぐぇっ!?」


 ベッドから落ちたのだろうか、急に浮遊感が起きたと思ったら、四十センチぐらいの高さから地面に落下した。変な態勢で落ちたせいで、呼吸が上手く出来ない。余計に涙が出てくるし、視界もチカチカしっぱなし。ゲームも中途半端で止まってるし、踏んだり蹴ったりだ。


「召喚魔術、無事に成功しました」

「おめでとうございます、大司教様。積年の努力が報われましたね」

「準備に三年、魔力蓄積で一年。厳しい試練の連続でした。だが、これも今日をもって終わります。皆の者、ご苦労であった」


 私の周りに誰かがいる。それも何人も……。

 どういう事だろう?

 私は部屋でゲームをしていた。そして、部屋中に霧みたいな煙が充満し、ベッドに倒れ込むと強い光が差し込んだ。

 もしかしたら、私の部屋に煙幕弾と発光弾でも投げ込まれ、押し込み強盗にでも遭っているのだろうか?

 でも、耳を澄ませて周りの声を聴いていると、「おめでとう」とか「やりました」とか歓喜なセリフばかりが聞こえる。押し込み強盗ではなく、サプライズパーティーなのかな? 誕生日は過ぎているけど……。


「召喚された聖女様に失礼のないよう最上位の礼をもって迎えましょう」


 召喚? 聖女? 心躍るセリフが何回も耳に飛び込んくる。

 アニメやラノベも幅広く見ている私にとって、『召喚』『聖女』の二つの単語で全てを悟った。

 数年前からブームになっている『異世界転生(転移)(召喚)』が自分自身に降りかかったのだ。そして、聖女として呼び出された私は異世界移動特典でチート能力が備わったり、現代日本の知識を駆使して、傾いていた国を立て直していく。最後は魔王軍と戦い、勝利に導く聖女、いや、女神として歴史に名を刻むのだ。まさに聖人ジャンヌ・ダルク。異世界のジャンヌ・ダルクだ。……最後は異端審問で火あぶりにならないように気をつけよう。

 などと考えているが、まぁ、どうせ夢なんだろうけどね。

 あと数時間したら目覚まし時計が鳴り響き、慌てて学校へ行く羽目になるのだろう。人生とは世知辛い。


 色々と考えているとチカチカしていた視界が治まってきた。

 私の周りを霧のような煙が包み、稲光のようにパチパチとスパークしている。さながら未来から来た筋肉サイボーグのようである。


「皆の者、お静かに。煙が晴れてきました。聖女様にご挨拶をしましょう」


 視界がクリアになるにつれ、数メートル先に人型のシルエットが見えてきた。人数は七人、横一列に並んでいる。

 中央にいる人は、白の司祭服に紫色のストールをかけている。ストールには金色の刺繍が複雑に縫われており、見るだけで威厳を感じる。頭部にも白をベースにした大きな司祭帽を被っている事から、この人が一番偉い人なのだろうと推測できた。

 その左右に三人の人間が並んでいる。こちらは黒をベースに紫のたすきのような物をつけている。とてもシンプルな出で立ちである。

 見れば分かる。

 この人たちは教会の人たちだ。


「親愛なる聖女さま。お初にお目にかかります。わたくしは……」


 中央の偉い人が代表で挨拶をするが、なぜか途中で言葉が止まった。

 私を見るなり、目を見開き、言葉が詰まっている。

 他の人たちも同様な様子だ。間抜けな感じに口を開けている者。倒れるじゃないかと心配になるほど青ざめている者。上を向いて目を閉じている者。

 皆、様々な表情ではあるが、一様に『絶望』や『落胆』といった感情が読み取れた。

 夢とはいえ、これから聖女としてチヤホヤされる人生の青写真を思い浮かべていた私に一抹の不安が過る。


「あの……これは……」


 このままでは動きそうにないので、思い切って声をかけてみた。

 私の声で思考が動き出した一番偉い人が、軽く手を挙げると、「す、少し……お待ちください」と一拍置いて告げた。そして、「皆の者、こっちへ」と言い、壁の隅の方までいき、円陣を組むように小声で相談しだした。


 ほったらかしにされた私はやる事がないので、時間潰しに周りを観察する。

 壁や天井も床も石造りで出来ている。窓はなく、大小様々な蝋燭で部屋を灯している。その為、部屋全体が薄暗い。蝋燭の匂いだろうか、若干、部屋が獣臭い。

 前方には祭壇があり、見た事のない果物や装飾品が並べられている。祭壇の左右に女性を象った像が並んでいる。一方は瓶を持って水を垂らしており、もう一方は剣を床に刺している。どちらも慈愛に満ちた顔をしていた。

 体操座りをしている床には、金色の塗料で描かれた円と線と見たことのない文字が床に書かれている。俗にいう魔法陣というやつに似ていた。


 お尻が冷たくなってきた頃、壁の隅で相談していた集団から一人の若い青年が私の元へ向かってきた。

 

 私の前に立った青年は一礼すると、「立てますか?」と言った。

 私は黙って立ち上がる。

 青年は顔を伏せたまま、顔を合わせようとしない。


「私の後に付いて来てください」


 青年は、私の横を通り過ぎると、部屋の後方へと歩いて行く。私は置いていかれないよう急いで後を追った。

 私が後に続いている事を確認した青年は、後方にある扉を開けると、さっさと奥へと行ってしまう。


 私、お客だよね?

 説明したり、エスコートしたりと、もうちょっと常識のある対応をしてほしいのだけど……。


 扉をくぐると階段があり、青年がゆっくりと上って行くのが見えた。

 窓がないと思ったら、ここ地下だったんだ。でも、どうして地下に祭壇が? 秘密の儀式だったのかな?

 色々と考えなら階段を上っていく。結構、上る。五階分ぐらい上がると、前方に光が差し込んでるのが見えた。青年が光を背景に私が来るのを待っている。

「フヒー、フヒー」と息が切れる。太ももが鉛のように重い。超インドアの私にとって五階分相当の階段はトライオキシン二四五を吸引するのと同義だ。……ごめん、意味分かんないね。


 ようやく青年の元まで到着すると、またもや背を向けて、歩いて行ってしまう。


 まったく、もう!

 元気なら文句の一つでも言っている所だぞ!


 階段の先へ出ると、黒の祭服を着た男性が扉の左右に立っていた。扉を守るように一メートルほどの木の棒を持っていることから守門の人だと予測がつく。そんな二人を無視して、青年の後を追いかける。

 色々と聞きたいことがあるのに、黙々と歩く青年に尋ねる機会がない。それも速足。階段地獄の後で速足とはこれいかに。フェイスハガーに貼り付かれるようなものだ。……ごめん、意味分かんないね。


 黙々と歩く青年の背中を見ながら廊下を歩く。地下の儀式部屋と同じように、どこも石造りである。掃除が行き届いているおかげで埃っぽくはないが、家具や絵画などの装飾品が一切ないので、質素で寒々しさがある。唯一、窓から差し込む光が心を和ませてくれる。

 何度か角を曲がり、幾多の扉を素通りする。そこまで一切の言葉はない。他の人も会わない。

 台所だろうか? 幾つかかまどが設置してある場所に入る。ここにも人はいない。煤で汚れた竈を通り過ぎ、小さな扉を通ると外へと出た。


 車四台ほどの幅の石畳が直線に敷き詰めてあり、左右に木や花が乱雑に咲いていた。石畳の先には、敷地を囲むように塀がそびえ立っている。

 やはりと言うべきか、外に出ても青年は一切話さない。顔も合わせない。「今日はいい天気ですね」ぐらい言ってくれれば、「そうですね」ぐらい返すのに……。

 石畳に続く先には、大きな鉄格子状の門扉があった。そのすぐ横に人間サイズの門扉もある。青年は人間サイズの門扉を開けて外へ出る。

 私も外へ出ると、青年はようやく足を止めて、話しかけてきた。


「今日の事は他言無用でお願いします。我々の都合であなたを強制的に転移させてしまった事、深くお詫び申し上げます。これは謝礼としてお受け取りください」


 青年は腰に下げていた皮袋を私に握らせた。ズシリと重い。


「あなたが無事に故郷へ帰る事を心から女神様にお願い申し上げます。では、私はこれで……」


 青年は一礼すると、元来た道へ立ち去っていった。


「…………」


 えーと……。

 

 もしかして……。


 私、捨てられた?

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