希望に繋がるまで。

木田りも

希望に繋がるまで。

小説。 希望に繋がるまで。





 ずっと、「それくらい」で良いと思ってた。

だって、欲張ったら叩かれるし、何もしないのもためらう。自分の性格的に、頑張りすぎず、求めすぎず、かと言って、やらなすぎず、引きすぎずという風に、それなりに、紛れつつ、でも自分のアイデンティティみたいな部分が外側に少し滲み出ればいいなぁくらいの希望的観測で、世の中を生きていた。ありきたりな幸せ、世の中の皆が知っているような幸せをそれなりに味わい、自分だから得れる幸せなどは、他人に譲っているような気分。空いている席に始めから座らないように、誰も気づかない気遣いを繰り返しながら生きている。さりげなく、生きてきたのにも関わらず、私を好きになった人が現れた。大学の時に同じ学部で同じサークルだったが大学を卒業してもう3年経っている。久しぶりに連絡が来て、一緒に飲んだ。

 少し前に以前は親友くらい距離が近かった高校も大学も同じ友達から、マルチ商法の話を2時間くらい紹介されて、別れた後、泣きながら連絡先をブロックした記憶が色濃く残っていた。それ以来、自分は何も悪くないのに、軽く人間不信になりかけていたのだが。その人は、まるでそんな気配を出すこともなく、他愛もない話を延々とした2時間だった。別れ際に、彼はあのさ、と口を開く。あー油断した。と思った。最後の最後で裏切られたか、って思って酔った頭の中中からできるだけマイルドな言葉を頭の前の方に置いておく。なにー?


「俺、お前のことが好きだ」


 ???


???????ってなった。

酔っていたのもあって、マイルドな言葉を前に置いておいたから咄嗟に、「あのね、」と言いかけて、踏みとどまった。諭そうと思っていたのに、告白されているのだ。彼の顔から察するに、裏表があるように思えない。そういえば、彼はノンアルコールビールとソフトドリンクしか飲んでいなかった。彼はシラフなんだ。思えば、彼は身長もあって、体格もしっかりしていて、同じサークルだったから、話も合う。こんな彼なら、これからもきっと……。


「ぅぅ、あの、たくさん飲んだからさ、

少し考えさせて。」


 この言葉に嘘偽りはないし、本音であるのだけれど、考える必要があったのか考える。即決しないでちゃんと悩んでから決めたほうが本気度が伝わるからとか、すぐに決める軽い女だと思われたくないっていうのは全て後付けで、本当は、ただ、今の自分が幸せになっていいものなのかという躊躇いだけだった。酔っていても理性はまともだったし、実際、帰ってきて布団の中にくるまってる今も頭の中を駆け巡っている。忘れたくても忘れられない彼の言葉はずっとぐるぐる頭の中を廻り、それのせいで酔いそうになる。なんで、私なんだ。


 よく、優しそうって言われてた。私はその言葉の通りでいたいって思った。生まれてから、すごく恵まれた環境ってわけではないけど、不自由なく暮らしていた。ごく普通の両親。過保護な祖父母というありきたりなもの。そこまでわがままというわけでもなく、わがままを言う前に、祖父母が買い与えてくれたから、なんとなく、素直にお礼を言える人間になった。あまりにも買い与えられすぎて、こっちが遠慮してしまうくらいに。与えられるのが普通だと思っていたけど、それに少し引け目を感じていて、「会いに行くことがおじいちゃんおばあちゃんは何より嬉しいんだよ」って母が言うから、毎週、とりあえず母について行って祖父母と買い物とか行っていた。私は特にあれが欲しいこれが欲しいは言わなかったけど、祖父母は先回りして、例えばいちごを買おうとするなら、その中でも1番高いものを選んだりするように、ちょっとしたところで、良いものを与えられていた。だからなのか、私は大きくなるにつれ、遠慮を顕著にするようになった。祖父母は、怪訝な顔をしたが、例えば友達の家に遊びに行った時なんかは、褒められるようになった。見習いなさいとその友達に言っているのを何度も見た。遠慮をすることで、傷つけてしまう人もいるなぁなんて。私は何をすればみんなが喜ぶか考え続けていた。そして、1つの方法として、その場その場で少しずつ人格を変える感じで、話を合わせたり、ギャグを言ったり天然キャラになったり、いろんな場所でいろんな人といろんな話をできるように努めた。誰も損しないことを話し続けて、少しでもその空間の笑顔が増えれば良いなんて思ってた。そうして、少しずつ優しい人間になろうとした結果、もっと大きくなって、人間関係とか、いじめとか、そう言った話題が出始める頃、「八方美人」って言われて煙たがれるようになった。


 「いいよね、どこにでも行ける人は。たくさん居場所があって」

「私たちじゃなくても良いんでしょ?」

「誰にでも話を合わせてるだけじゃん」


 そんな言葉が遠くから聞こえてきた。SNSは、仲の良いと思ってた人が鍵をかけて私が弾かれた。今まで友達だと思ってた人から、いらない人って言われた。みんなの前では、仲良くやってる風になってるけど、ふと、気がつくと、すぐに私のそばから離れてゆく。いわゆる机に落書きとか、もの隠されるとか、トイレ入ってたらバケツ水バシャーンとかはなかった。でもそれがないからこそ、こちら側も何もいえなかった。いじめられてるほどつらくはなかったけど、今この状況で、私が急にいなくなっても誰も悲しまないんだろうという虚無感がずっとそこにあった。私はそれから、無難に暮らすことを決めた。高校に入って、無難に過ごしていたら、普通に友達が出来た。本当に何気ない会話しかしない。だけど、ゆっくりと関係を作り、いつしか、親友と呼べるくらいにお互いのことを話すようになった。学校の話、勉強の話、テストの話、恋バナ、人生設計、将来の夢、進路の話。

 私はいま、私じゃないかもしれないけど、穏やかで平穏な日々を手に入れたんだって実感した。同じ大学に進み、ボランティアサークルに入り、地域のお祭りや、クリーン活動などに参加するようになった。いろんな友達も出来て、交友関係も広がり、人生に色がどんどん付いていくようなそんな感じがした。だからこそ、社会人になってからも、頑張れていた。大変だけど、月に1回くらいは、サークルで集まったり、個々人でご飯や飲みに行ったりもした。こうして、少しずつ、仕事はまあ大変だけど、毎日を楽しく歩んでいくんだって思った。だから、親友に呼ばれた時も、ホイホイ行ってしまったんだ。


「あのさ、スマホの通信速度気にならない?いま、私ね、大手の会社のやつじゃないやつ使ってるんだけど、これすごいいいの。だから○○にも使って欲しいなぁって思うの。しかもね、これ使う人が増えるたびに通信料が安くなるの、だから、○○も違う友達に紹介すればね、もっと安くなると思うんだ。気になる?気になるよね?もしあれだったら、センパイ呼んでくるよ?うん、センパイ。私がお世話になってるセンパイがいるんだ、詳しい話はそこで聞いたらいいよ。」


 私はまだ何も知らなかったから、センパイとも会ってしまった。センパイとその親友はあまり関わりがないから親友も緊張するって言ってたけど、空気感から察するに、もう何度も会っているように感じた。時折、波長を合わせ、目配せしているように感じ、私を引き込もうとしてるのを感じた。私は、センパイの話を聞いている途中で、トイレに行きたいと言い、トイレの方に向かいながら、トイレを通り抜け、走りながら、逃げた。後ろを振り返り尾けられてないか確認しながら、親友のLINEをブロックして、削除した。


 それからは、人を信じられなくなった。もともと影響されやすい人なのは知っていたけど、いつのまにか変わっていた。親友は目が少しキマっているというのか、人が変わったようだった。怖かった、悲しかった。何より親友をこのような形で失うなんて思わなくて、落ち込んだ。結局、人間なんて…って思った。


 だから、彼が好きって言ってくれた時、疑ってしまったじぶんが悔しかった。彼に返事をしなければと思った。


「いつになっても大丈夫だから、

○○の好きなタイミングで」


っていうLINEをみて、私はどこかとても安心した。向こうの都合ではなく、こちらの都合で決めて良いことなんだ。彼は私に信頼を置いてくれている。もう戻れない状態に彼はしてくれた。全部預けてくれてる。それに応えないのは、人として良くないことだ。私は、翌々日に、彼を呼び出した。シラフのまま、ファミレスに行き、ご飯を食べた。彼の何気ない仕草とか、食べ方とか、佇まいを傍観する。どれも綺麗で隙がない。意識しているからかもしれないが、彼の所作は綺麗だった。彼といたら幸せになることは、なんとなく、想像ついた。ご飯の後、公園を散歩した。夜の公園。夏が始まる前の涼しい空気を感じる。心地よい時間だった。


「ごめん、あのね、私はあなたと付き合えないや。

好き嫌いの問題じゃなくて、私の問題なんだ。」


彼の驚きと悲しみが同時に降りかかった顔が目に焼き付く。「どうして」といわんばかりの口をしながらこちらを見つめている。続けて、


「だからさ、これからも友達でいてよ。

たまにご飯行ったり飲み行ったりしようよ。

私にとってはそれが今、1番幸せで、1番ちょうど良いんだ」


彼は、喜びとも、悲しみとも言えない顔で笑った。少し肩を落として帰っていく彼の後ろ姿を見ながら、私はもう少し公園を歩く。涼しい風が少し寒く感じた。そして、夜空を見て少しセンチメンタルになりながら自分に酔いつつ、

祈った。


私が私自身として、幸せになりたいと思える時まで、いつか、希望に繋がるまで。

どうか世界が終わりませんように。







おわり。

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希望に繋がるまで。 木田りも @kidarimo777

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