第47話 出征
1545年(天文14年)6月上旬 越後国 春日山城
「やはり、ここは公方様の要請に従い、関東連合軍側に付き参戦すべきでしょう。幕府にも恩を売ることができ、現状、圧倒的に優位です。楽な戦になるでしょう。」
「それでは、当方にとっての利は少なくはないか? ここは北条と組んで、関東から旧勢力を追い払い、当家の関東進出の足掛かりにすべきではないか? そうすれば、上野、下野の二国は長尾家のものとなるだろう。」
今回の関東出兵において、長尾家が参戦するのは、古河公方・関東管領率いる旧体制派である関東連合か、それとも関東の新興勢力である北条家か、どちら側の陣営になるのか。その問題で、長尾家の評定は割れた。
割合的には、連合派が7、北条派が3といったところだ。
俺は心情的には、北条派だ。北条家は、この戦国の時代では稀な内治の家だ。
初代・早雲以来、直轄領では日本史上最も低いとされる四公六民の税制を採用し、代替わりの際には大規模な検地を行うことで、収入の増減を正確に把握していた。
また、在地の国人から徴税権を取り上げ、中間搾取を排除し、飢饉等の天災が発生した際には減税を実施するなど、公正で先進的な統治を行うことで、安定した領国経営を実現していた。
そうだ、内政において北条家は長尾家と非常に似通った施策を行っている家なのだ。
その点で言えば、長尾家と親和性の高い家と言えるのだが、史実では北条家は戦国時代の終盤には、その優れた統治手法により関東の大半を手に入れるまで成長した。その動員兵力は十万を超えたという。
しかし、俺は越後に隣接する関東に、巨大な勢力の存在を看過するつもりはない。
史実では北条家は中央の政権と距離を取り、関東で独立国家を目指していた節がある。
まあ、気持ちは分かる。
権威を振りかざすばかりで、まともな統治すらできない幕府や公家に嫌気が差したのだろう。史実では、その北条の目論見は達成を目前にして、秀吉によって阻止されたが、俺の隣で澄まし顔で座っている千代…いや、謙信に散々邪魔をされなければ、北条の目論見は達成されていた。俺はそう思っている。
やはり、北条は危険だ。
俺はこの機に、独立勢力としての北条には消えてもらうつもりだ。
「皆様、お静まりくださいませ。」
諏訪ちゃんだ。彼女が俺の近習になって一月も経っていないが、既にかなり春日山に馴染んでいる。
心配していた千代や美雪との関係は、驚くほど良好だ…一体、何があった?
あの仕官面接の後、三人で連れだって近くの木陰で何やら話し合っていたのだ。
誘ったのは諏訪ちゃんだ。
あの状況の千代と美雪に平然と話せるとは、たいした勇者である。
その場に残された、無残にへし折れた朱槍を見て不安に駆られた俺も近くに控えていた。
『暴れる美雪を止められるのは俺しかいない!』
と決死の思いで控えていたのだが、戻って来た彼女たちは、何故かニッコニコであった。
いつの間にやら
『お姉さま。』
『なぁに、諏訪ちゃん。』
と呼び合う仲だ…。血の雨が降るよりは余程ましだが…
一体、どんな話し合いが行われたのか、俺は知らなくていいのだろうか?
…なんか嫌な予感がしたので放置した。
人間、知らない方が良いこともある。
そんな諏訪ちゃんだが、やはりかなり優秀な娘だ。
慎重かつ鋭敏な判断力を持ち合わせ、その思慮深さと決断力は年齢を感じさせないほど成熟しており、彼女が来てから、俺の負担がぐっと減った。
そして何より、千代や美雪を簡単に篭絡したことからもわかるように、コミュ力が異常なほど高い。局長クラスからもあっという間に信頼を勝ち取り、今やこうして評定の司会進行役までこなしている。
「それでは、まずは現状の確認から参りましょう。連合側は総大将に古河公方・足利晴氏様を据え、副将に関東管領・上杉憲政、扇谷上杉朝定の両将。その旗下には箕輪城主・長野業正、国峯城城主・小幡憲重、岩付城主・太田資正、忍城主・成田長泰など多くの関東諸将が参陣し、その兵は8万を越えました。現在、北条方の川越城を包囲しております。対して北条方は、川越城代・北条綱成率いる三千にて川越城に籠り応戦中、当主・氏康率いる北条家の本軍1万は、駿河河東にて今川家と対陣中です。」
「やはり、数の上では連合軍側の圧勝ですね。」
「北条は前後を挟まれる形、その上。安房の里見まで上総に出陣しておるとのこと、北条は苦しい状況ですな。」
参謀局の軍師・勘助と宇佐美定満だ。どちらも連合軍側での参戦を支持している。
「しかし、北条は民から慕われております。関東の民を敵に回すのはどうかと思いますが。」
政務局の直江景綱だ。やはり政務をよく知る者は北条に同情的だな。
「直江様、確かに北条家は優れた統治により民から慕われております。その統治法は当家と類似しているとも言えるでしょう。だからこそ中将様は、今のうちに北条家を潰しておこうとお考えなのではありませんか? 違いますか、中将様?」
「咲の言う通りだ。俺はこの戦で、まず関東から北条を排除する。北条さえ排除できれば、残りは烏合の衆、どうとでもでもなる。」
「ふむ。まずは強者となり得る者を潰すと……。そういうことなら、拙者も異論はございません。」
景綱が賛成したことで、家中の大半は連合軍での出征に納得したようだ。
「それでは殿、陣容はどのようになさいますか?」
「今回の関東出征、俺自ら出陣する。軍師として山本勘助、宇佐美定満、副将として信濃から古賀京志郎、そして柿崎景家、景家、頼むぞ!」
「はっ!」
何時までも台湾から帰ってこない軍長が二人いるので、出羽を任せていた柿崎景家を新たに軍長に昇格させた。これで長尾家の軍長は五人となる。出羽は工藤昌豊に任せることにした。若いとはいえ、武田四天王の一角、何とかやってくれるだろう。
他にも千代や近習たちの他に、村上義清、小笠原長時、北条高広、千坂景長、中条藤資、色部勝長、安田長秀、新発田綱貞、鮎川清長などの武闘派が参戦予定である。
「尚、今回の関東出征に参加する兵は10万とする。清兵衛、それを基に越後、越中、信濃の予備役の徴兵と、その補給計画を頼む。」
俺の言葉に、評定の間にどよめきが走る。
そりゃあ、「10万の兵を動員」となれば、驚くか。
現状、長尾家の軍制は常備兵は5万と、水軍が1万5千となっている。合わせても10万にはとても届かない。しかし、常備兵ではないが、常備兵以外に農民や町人を予備役として10万程登録してある。
予備役は強制ではなく、普段は一般社会で生活しており、有事の際や訓練の時のみ軍属になる。今は農閑期にあたる。農民も動員できる。
長尾家では予備役の者は訓練や徴兵時に日当を出す。農民たちにとっては貴重な収入源となるので、登録する者は多い。
今回はその予備役から6万程動員予定である。
確かに、手伝い戦に多すぎると思うだろうが、
敵の戦意を挫くには、兵の質、そして何より兵力だ。
敵の脅威となり得る兵力を出すことが、結果的に自軍および敵軍の人的損失を減らす結果になると、俺は考えている。
だから俺は、この戦でも多少無理をしてでも大軍を出す。
この派兵は大きな利益を長尾家に齎すことになるだろう。
動員兵力の多さに驚きはあったようだが、目立った異論も出ず、こうして長尾家の関東連合軍としての出陣が決まった。
これだけの兵を出すのだ。しっかりと元は取らせてもらうとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます