第46話 諏訪ちゃん

1545年(天文14年)5月中旬 越後国 春日山城



春の優しい日差しが降り注ぎ、空は澄んで青く、風が心地よく吹いている。遠くの山々の残雪はいつの間にか消え、代わりに壮大な山肌に緑の衣を纏っている。越後の春は佳境を迎えつつある。


そんな中、春日山城の麓にある巨大な演習場には多くの人々が詰め掛けていた。

集まった者たちは、武士や商人、職人、学者、農民から

思わず「山賊や海賊では?」と言いたくなるような身形の者まで、実に多種多様である。

その中でも約三割は女性だ。皆、どこか緊張した面持ちで、この演習場は張り詰めた雰囲気に包まれていた。現代で言うところの就職試験や大学受験のような、そんな感じだ。


ここに集まった人数は二千人を超えている。


今日、集まった者たちは皆、長尾家への仕官を希望する者たちだ。


今や日本一の大大名となった長尾家に仕官することは、将来を保証されるのと同じことだ。待遇も他の大名家や商家などと比べると、天と地ほどの差がある。


この日本、いや、世界全体がブラック企業と言っても過言ではない時代において、健康保険、退職金、有給、育休などの制度を備えた長尾家は、現状世界唯一のホワイト企業と呼べる超優良な仕官先なのだ。


そのため、この人数にも驚きはない。しかし……


多い。多すぎる。


何せ、この仕官希望者の合否判定から、その人員の振り分けまでをこなすのが、俺の仕事だからだ。


まあ、俺の能力は人材関連に特化したものだし、これは致し方ないのだが……


問題は、その人数である。仕官募集は本来、年に四回、季節ごとに開かれるのだが、今回は事情により春と夏の二回分を一度にまとめて開催することとなり、普段の倍の人数が押し寄せる形になった。


その事情とは、関東がきな臭い、というより既に燃えている状況であると云う事だ。

近いうちに俺の関東への出征が予想されている。


戦が始まれば、おそらく秋口までは越後には戻れないだろう。


現在、俺の元には、関東管領・上杉憲政、古河公方・足利晴氏、将軍・足利義晴から参戦を促す書状が届いている。


さらにその敵となる北条氏康からも救援を求める書状が届いている。どちら側で参戦するかはともかく、長尾家が関東の戦に参戦せねばならないのは確実だ。


今のうちに越後でできることを片付けておかねばならない。家は慢性的な人手不足だし、貴重な逸材が見つかるかもしれない。


さあ、仕事だ、仕事。


仕官希望者は一列に百人ずつ整列している。それが二十五列ある。面接が始まって二時間が経ったが、未だ八列目だ。目がショボショボしてきたが、日が暮れるまでに終わるのだろうか?


選別の方法は、俺が能力を確認した者に、それぞれ対応した紙を渡すことだ。武力の高い軍務に向いた者には赤紙、政務や知力が高い者には緑紙、器用さが高い者には黄紙、俺の近習や幹部候補生にしたい逸材には金紙が渡され、めったに居ないが不採用には黒紙を渡す。


そして、それぞれの職種に対応する部署に向かわせ、諸々の説明を受けた後に、納得すれば当家との雇用契約を結ぶという形だ。


時間を短縮するため、俺は近習たちと同じく比較的カジュアルな服装だ。あまり派手な服装をして正体がバレ、畏まられるのは面倒だからな。


整列する仕官希望者の能力を一人ずつ確認していく地道な作業だ。逸材と呼べるものは見つからないが、軍や官僚に向いた者たちはそこそこ見つかり、今日はまずまずの成果と言っていいだろう。


そのまま順調に面接を進め、残りも折り返しに入った頃、一人の少女の前で俺の足が止まった。


巫女服をまとったその少女は、俺や千代と同じくらいの年頃に見えた。 清らかな佇まいは神々しく、風に揺れる朱色の袴がその優雅さを際立たせている。白い布で束ねられた黒髪は艶やかに光り、整った顔立ちと透き通るような白い肌、そして澄んだ瞳が神秘的な美しさを醸し出していた。一歩歩くごとに空気が清められていくような、不思議な存在感を放つ少女だった。


「旦那様……随分と美しい方ですが……そのような方が、旦那様の好みでしたか……」


「新様……私には手を出す気配すらないのに……いっその事……」


背筋に悪寒が走り抜ける。


恐る恐る振り返ると、まるで氷のような冷たい笑顔を湛える千代と、野生の肉食獣ですら逃げ出すであろう凶悪な目付きの美雪がいた。


千代の背後には、何やら毘沙門天の化身らしきものが見えるし

美雪は『いっその事……』に続く言葉を想像するだけで怖気が走る。

頼むから、その続きの言葉を口にしないでくれ。


俺は、いつの間にか虎達の尾を踏んでしまったらしい……


『不味い』と思い、援軍を求めるが、先程まで近くにいたはずの凪の姿は、既に遥か彼方に消えていた。流石の危機察知能力である。

その他の近習たちは震え上がり、俺からじりじりと距離を取っている最中だ。

過去のトラウマでも蘇ったのだろう。


それは戦術的には正しい判断だが、戦略的には愚策だ……


……お前ら、覚えてろよ!今日の夕餉のおかずは没収だからな!


俺は別に彼女に見惚れていた訳じゃない。確かに美人ではあるけれど、違うんだよ!彼女のに、見惚れただけなんだ!と、千代たちに説明できないのがもどかしい。


名前:諏訪 咲  女

・統率:55/75

・武力:17/25

・知略:81/97

・政治:80/99

・器用:71/80

・魅力:85/97

適性:巫女 政務 外交 策謀 話術


俺が見た彼女の能力値、知略・政治・魅力が異常に高いのだ。この惚れ惚れとするような能力値を見て、俺が


『未来の名宰相きた~~!!』


と見惚れるのは当然だよなっ?


それともう一つ、気になることがある。彼女の苗字の『諏訪』だ。

少し前に段蔵からの報告で


『諏訪家の姫君が、家出をした様だ。』


との報告を受けていたのだ。


まあ、そんな話は今まで完全に失念していたが、彼女の苗字を見て


『家出した姫君って、こいつじゃね?』


と思い至ったわけだ。


諏訪家と言えば【信濃四大将】の一に数えられ、代々信濃一宮・諏訪大社上社の大祝を務めてきた信濃の名家である。

なによりも、この時代の諏訪大社は軍神として崇敬され、全国に数千の分社を持ち、多くの武士たちの信仰を集めていた。その影響力は決して侮れないものだ。

現在の当主は諏訪 頼重で、長尾家とは臣従関係にある。


「その方、ひょっとして諏訪家の姫君ではないのか?」


背後からの無言の圧に耐えながら、気になったことを尋ねる。


「はい。私、諏訪頼重の娘、咲と申します。そういう、貴方様はひょっとして、左近衛中将様でいらっしゃいますか?」


「ああ、影重だ。咲殿はこんな所で何をなさっているのだ?」


「あら。勿論、長尾家に仕官を希望してここまで参りました。」


それから彼女に色々と事情を聞いたが、どうやら諏訪家の重臣との婚儀が話に上がっていたらしい。


このままでは

『一生狭い諏訪から抜け出せない!』


と一念発起し、深夜にこっそりと一人で家を飛び出してきた、とのことだ。


なかなかに、アクティブな姫君である。


さて、どうしたものか。彼女は間違いなく逸材だ。しかし、諏訪家は長尾家に臣従しているとはいえ、れっきとした独立勢力なのだ。


その姫君を勝手に雇うのは、少しまずい気がする。


「しかし、頼重殿に相談も無く当家に雇うわけにもいくまい。ここは一度諏訪に戻り、父上と相談した方が良いのではないか?」


ん?背後からの圧が若干弱まった気がする……正解だったか。


「父のことなど、どうでも良いのです。どうせあの小心者に、長尾家に物を言う度胸などございませんわ。」


実の父親に随分辛辣である。余程思うところがあるようだ…


「しかしな…」


尚も渋る俺に、彼女は提案してきた。


「それならば、左近衛中将様の近習として、お傍に置いていただくというのは、どうでしょうか?」


近習か…彼女の能力なら問題は無い。むしろこちらからお願いしたいくらいだ。

家は武闘派が多いからな。近習ならば、頼重も多少は安心するかもな。

よし、それでいこう。


「近習ならば構わないだろう。頼重には俺から…」


バッキッ!


背後から何かが砕け散る音と共に、その圧が跳ね上がった。


俺は何か、選択を誤ったようだ……


背後から一益達の悲鳴が聞こえるが⋯

とても背後を振り返る気にはなれない。


「ウフフフフ、仲がよろしいこと。羨ましい事です。私も仲間に入れてくださいませ。これからよろしくお願い致しますわ。」


そう言って、彼女は楽しそうに微笑むのだった。




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すいません。関東での戦の筈が、何故か女の戦になってしまいました。


 主人公は気が付いていませんが、諏訪ちゃんは、実は諏訪御料人です。

武田信玄の側室で武田勝頼の母親だった女性です。

結構ヘビーな人生を歩んだ方で、生家の諏訪家を信玄に滅ぼされ、父親は切腹、その上に自身は、仇敵信玄の側室にさせられています。

後世にまで美人だったと、評判の残る方ですが、そんな心労が祟ったのか若くして亡くなられています。

拙作では長生きして貰う予定で有ります。

尚名前の記録は残っておりませんので作者命名でありますので、あしからず。



ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました!




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