第45話 正念場
1545年(天文14年)3月中旬 駿河国 駿府館 太原雪斎
「御屋形様、これで我が策は成り申した。」
「流石、我が師よ!見事な手並みよ。」
儂の報告を受け、主君である今川氏第11代当主・今川義元様も、随分とお喜びの様子じゃ。苦労した甲斐があったというものじゃ。
戦も始まっていないのに、少し浮かれ過ぎな気もするが、今川家より河東(富士川から黄瀬川までの一帯・駿東郡と富士郡の一部)を奪い、現在でも甲斐の武田家の家督継承問題で対立する、今川家の宿敵とも言える相模の北条氏康に一泡も二泡も吹かせ、今川家の躍進に繋がる策を練ったのじゃ。致し方あるまい。
儂の策は、関東管領・山内上杉憲政や扇谷上杉朝定と連携し、氏康に対し挙兵し、駿河と関東から北条に攻勢を掛けるというものだ。その策に古河公方・足利晴氏様も乗られた。北条は安房の里見とも敵対関係だ。
これで関東は北条の敵ばかりとなろう。そこに加えて、我が今川家が西より北条領に攻め込むのだ。例え【相模の獅子】とて、何ともできぬであろうな。
氏康め【相模の獅子】などと呼ばれ浮かれたか、周りに敵を造り過ぎじゃ。
これで今川家は、北条に奪われておった河東地域の奪還どころか、伊豆の制圧も可能だ。あわよくば相模の半国位は行けるかもしれぬ。
西の仇敵、織田信秀は先年美濃で蝮に大敗を喫して、今は動けぬ。
問題があるとすれば…
「しかし、師よ。越後は動かぬであろうか?」
うむ。流石は儂の教え子よ。しっかりと現状を把握しておられる。
「長尾家と今川家は、現状不戦の契りを結んでおります。左近衛権中将は約定は守られるでしょう。今川領に攻め込むことは無いかと。」
「そうであろうな。しかし、関東への出兵となればどうか? 長尾家が関東に攻め入れば、関東の諸将は北条どころではなくなるぞ。」
問題は、そこよな。
「左様でございますな。よくお気付きになられました。しかし、この雪斎、その辺も抜かりなく。京の公方様と古河公方様より、長尾家に使者を出す手筈を整えておりまする。」
「ほう!長尾家をもこちら側に取り込む算段というわけか!流石、我が師よな。」
あれでいて、あの越後の神童は権威というものに、一定の敬意は払っておる節がある。両公方からの依頼を断ることはできぬであろう。
此処が、今川家の《正念場》よ。この戦で今川を躍進させる。
急がねばならんのだ。このまま何もせねば、今川家は為す術も無く、長尾家に膝を屈することとなるであろうよ。
儂の寿命が尽きる前に、『少しでも今川家を大きくしておく』
さすれば、かの神童も今川家を無下にはできまい。
それが、儂が可愛い弟子に残せる最期の届け物となろう。
1545年(天文14年)5月中旬 相模国 小田原城 北条氏康
「駿河の今川義元、兵1万5千を率いて富士川を越え、長久保城に向けて進軍中との事!葛山城城主・葛山氏元(かつらやま うじもと)、今川と同調の動きを見せておる様です。長久保城城主・北条幻庵殿より、至急の援軍の要請が参っておりまする!」
「関東管領・山内上杉憲政、扇谷上杉朝定連合軍4万余、川越城に向け進軍中!川越城主・北条綱成(つなしげ)様より、至急の援軍要請を求める急使が参りました!」
「古河公方・足利晴氏様、当家討伐の檄文を関東中にばら撒いておる模様!それに賛同する諸将の兵、2万を超えるとの事!」
「安房の里見義堯(よしたか)、上総に向け進軍を開始!その兵7千!」
ハハハハハハハ。
次々と届くのは……凶報ばかりだ。
正直、これはもう笑うしかない。お手上げである。
それにしても見事にしてやられた。
まさか、仇敵である山内上杉と扇谷上杉が手を結び、こちらに取り込めたと思っていた古河公方までもが敵方に回るとはな…。
こんな厭らしい絵図を描ける者は、そうはおらんな…。
大方、駿河の糞坊主であろうよ。
思えば敵を造り過ぎた。気が付かぬ内に驕っていたようじゃ。
今更気が付いたところで、後の祭りじゃがな。
しかし、どうする?
…上総・下総については諦めるしかあるまい。
川越には孫九郎(北条綱成)に守らせておる。半年は持ち堪えてくれるだろう。
やはり、先ずは元凶たる今川を叩くが先決だな。
さすれば、後は数が多いだけの烏合の衆。
とは言っても。当主義元、自らが率いる今川勢は1万5千。当然、雪斎坊主も従軍して来るだろう。此度の今川は本気だ。
現状では、北条が出せるのは精々が1万…厳しい戦となるは必定…。
負ければ北条は滅びるであろう。何としてもこの戦、勝たねばならん!
この戦が我が北条にとっての《正念場》となろう。
1545年(天文14年)5月中旬 甲斐国 谷村館 武田晴信
甲斐が内乱に突入して、既に4年目を迎えた。
俺が重臣の板垣信方や甘利虎泰、飯富虎昌らと謀り、父信虎の駿河追放を企てたのが、この悲惨な内乱の始まりだった。
親父殿は確かに乱れた甲斐を統一した傑物であっただろう。しかし甲斐は山地が多く貧しい土地だ。親父殿の度重なる外征に民や家臣、国人衆も耐えられなかった。
【親父殿が信濃から凱旋し、娘婿の今川義元と会うために駿河に赴いたところを、甲駿国境を封鎞して、父の信虎を駿河に追放し、強制的に隠居させる】
そう計画を立て、慎重に秘密裏に進めさせた。
計画を知るのは腹心の者達だけで、外に漏れるはずがない計画が、何故か親父殿が知る事となった。
親父殿の反撃は素早かった。
直ぐに娘婿である今川義元の援助を取付けると共に、大井、穴山等の甲斐の有力国人衆を味方に引き込み、俺達に反撃を開始したのだ。
逆に追い込まれたのは俺達だった。その辺りの手際は流石としか言えん。
そこからは、泥沼の消耗戦が続いた。
こちらも、なんとか相模の北条と郡内の有力国人衆小山田家の支援を取り付ける事が出来たが、その均衡は徐々に崩れつつある。
先年には甲府盆地を追われ、小山田氏の本拠地の郡内にまで追われる事となった。
長引く内乱で多くの民や家臣たちが死に、甲斐は疲れ切っている。
俺は、貧しい甲斐を豊かで、他国に脅かされない強い国にしたかっただけなのだ。
親父殿の強権政治では、甲斐を疲弊させるだけだ。
そう思ったのだ。
瞬く間に佐渡、越中を平定し、其処に善政を敷く、越後の神童の噂は、俺の耳にも届いていた。
最初は眉唾な話だと思ったが、家臣に調べさせてみたら真の事であった。
神童の治める糸魚川の地には、周辺から多くの民が流れ込み賑わいを見せているという。そしてその民はその地で、生活の糧を得て日々豊かになっていっていると云う事だった。
俺よりも10近くも若年の童にも出来るのだ。
『俺も甲斐を変えられる!』
そう、思い至り親父殿の追放を決心した。
多くの家臣の支持を取り付け、細心の注意を払い計画を進めた。
それが…
どうして、こうなった?
何が、いけなかったのか?
最近では、そんな事を考える事が多くなった。
それも、致し方あるまい。
俺の目標でもある、越後の神童との差が広がるばかりなのだ。
佐渡、越中、越後、信濃、出羽、に加えて、最近では蝦夷、隠岐、対馬までも手中に収めたという。
対して俺は…最早、次元が違う。としか考えられん。
この戦乱の時代の遥か先を行く。
その思考と知識は、最早奇跡の存在としか思えない。
もしも、願いが一つ叶うとするなら…
かの、神童に師事してその奇跡の様な知識の一端に触れてみたいものだ。
等と、夢想するのも大概にせねばな。
余りにも悲惨な甲斐の状況に、少し弱気になっている様だ。
そんな事では師に笑われよう。
今が俺の《正念場》だ。
なんとしても、乗り越えて見せようぞ!
////////////////////////////////////////////////////////////////
【河越夜戦】
厳島、桶狭間の戦いと並び称される、日本三大奇襲の一つとして知られている【川越城の戦い】の始まりです。
史実でも、本作と同じ様に氏康さんは、今川家と関東の両上杉家、古川公方に囲まれて、大ピンチを迎えております。正に氏康さんの正念場と云える戦いでした。
史実では、信玄の仲介の元に、占領していた河東地域を今川家に譲るという北条家にとっては屈辱的な内容で、今川家となんとか和睦して。急ぎ川越城に救援に向かい、川越城を包囲する両上杉家、古川公方の関東連合軍8万余りを、奇襲により撃破しました。
結果として北条家の躍進に繋がった戦いとなりましたが・・・
今生では、今川氏との仲を仲介する信玄さんはこの戦には参戦しておりませんし
今川家も史実より本気度は高く、河東地域だけでは納得しないでしょう。
これって詰んでない?
ゲームならリセットボタンに手が伸びそうな状況ですが、どうするんでしょうね
ここまで、お読みいただきありがとうございます!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます