第20話 田近越の戦い
1540年(天文9年)7月中旬 越中国 砺波郡 五郎丸砦
加賀から越中へ抜ける主要街道である田近越その越中側へ抜ける入り口を塞ぐ形で新たに造られた五郎丸砦、その砦に1万の兵で立て籠もり一向宗と対峙して既に七日、敵勢は連日の様に激しく攻め寄せてきているがその何れも大きな被害を出し撤退している、対してこちらには大きな被害は出ていない、現状は一向宗の被害ばかりが拡大していってる最中である。
敵勢にも疲れと徐々に焦りの色が見えてきている
概ね予定通りの展開と言って良い、こちらは畠山、朝倉両家が動くの待つだけだ、段蔵の報告によれば既に両家共に加賀国境まで軍を進めているとの事、今頃は加賀の一向宗は大騒ぎになっているのではなかろうか?
「未だ畠山と朝倉は動かぬのですか?」
「いや既に動いているぞ昌豊、昨日段蔵の手の者からの報告では、越前の朝倉宗滴殿が1万3千の兵を率い国境を越え既に大聖寺城(だいしょうじじょう)、日谷城(ひのやじょう)等の国境の城を落とし更に北上しておる、そして能登の畠山家も当主畠山 義総殿自ら兵7千を率い既に加賀国境を越えたそうだ今頃は高松城辺りの攻城に入っているだろう。」
「既に其処まで!?・・・・しかしそれにしては敵勢の動きは聊か不可解でありますが。」
「そりゃ、あいつらは何も知らんからな。」
「ククク、相変わらず悪辣であるな。」
「大殿悪辣は酷う御座いますな。せめて周到な者と。」
「ふん。まぁ同じ事か。其処の者よこ奴は草の者を使って情報が敵勢に渡らぬようにしておるのよ。」
「・・・それは何の為にですか?某には早く情報を伝え敵勢を動揺させる方が得の様に感じますが?」
「普通はそう思うだろうのう。此奴を悪辣と言うは其処よ、こ奴はその情報を敵勢に最も効果的に打撃を与える時に知らせるつもりなのじゃ。」
「・・・最も効果的な打撃・・・・・もしや!」
「そうだ昌豊、一向宗は長尾、畠山、朝倉3家によって包囲殲滅する。それには時節が必要よな」
この時代には当然無線も携帯も存在していない火急の要件を伝えるのはどうしても人力頼りである、その加賀各地から送られる火急の使者を加賀国内もしくはこの田近越の山中で悉く消す。まぁ以前呉羽山でやった情報封鎖と同じだな、今回その情報封鎖を解除するのは畠山、朝倉の同盟軍が田近越の加賀側の出口に現れた時だ、三方から一向宗を殲滅させる。
この一戦で一向宗を北陸から排除出来れば越中の西側は安定する、南の飛騨、信濃には強大な勢力は存在しないし東側は自勢力長尾家だ外、敵に悩まされる事無く内政に励むことが出来る。
1540年(天文9年)7月下旬 越中国 砺波郡 五郎丸砦
加賀の一向宗勢と対峙して半月が過ぎた、戦線は相変わらずの膠着状態だ敵勢が砦に攻め寄せては我が軍に撃退される積み上がるのは敵勢の屍ばかりの日々が続いている、たて続けの敗戦に当初は意気軒高だった士気も見るからに下がってきており、脱走兵となる者も見られるほどだ。
それに対して我が軍は勝ち戦続きなのに加えて、地の利と装備の差でほとんど被害が無い状態のだ、交代で休みをとれる程の余裕もある、ほぼ万全の状態と言っていいだろう。
「う~~ん、何だか敵勢の陣が慌ただしい様です新様。」
近くで敵勢の様子を伺っていた美雪が俺に報告してきた
呉羽山の戦いに続きこの戦でも大いにその弓の腕前を発揮して最近では家中一の弓使い弓姫と呼ばれるようになったこの娘は非常に眼が良い、俺には遠過ぎて見えないが彼女がこう言うなら確かだ。
「美雪が言うなら確かでしょう。おそらく敵勢に援軍の事知れたのでしょう。新次郎殿追撃には私も出ます、御爺様の仇をこの手で片付けて差し上げましょう。」
姫様かなりヤル気だ・・・・祖父の事もあるが美雪がかなり活躍しているから『私も!』って気持ちも有るのだろう、だがいくら軍神としての才能があろうと未だ俺と同じく10歳だ戦働きには早すぎるし弓と違って近距離戦は心配だ
「姫、まだ戦は危のう御座います、ご自重・・・・」
「グワハハハハハハハハ!流石は儂の自慢の娘よ!よう言うた千代!付いて来るが良い、儂の側をはなれるでないぞ!」
「はい!父上お供致します!」
「・・・・大殿も千代姫もくれぐれもお気を付けて。」
止めようとしたが止めた、まぁ大殿が傍に居るならまぁ大丈夫だろう。
それから間もなくして一向宗勢が退却を開始した、大殿は敵勢の7割程が退却した所で全軍に突撃を命じた、先陣を切ったのは大殿の側仕えをしていた小島弥太郎、あの越後一の剛勇鬼児島として後世まで称えられた男だ槍で敵を突き刺すとそのまま敵兵ごと槍を振り回しその勢いで敵陣に貫かれた哀れな敵兵を投げ捨てていた、やっている事が滅茶苦茶だ・・・とても同じ人間とは思えない。
そして後に続いたのは越後一の猛将と名高い柿崎 景家(かきざき かげいえ)の率いる部隊だその突撃は凄まじくその突撃で敵の殿部隊は脆くも崩壊した。
我先に武器を捨て狭い退路に向け殺到する、大殿はその混乱する敵勢に更に弓矢を射かけさせさらに混乱に拍車を敵勢は味方同士で押され揉まれ踏まれ潰されて、更には頭上から雨の様に弓矢が降り注ぐ、敵勢にとってそこは正に地獄であった
しかし敵勢にとってこの地獄はまだほんの始まりにすぎなかった。
「・・・・はぁ・・はぁはあ・・・・」
「・・・この辺りで暫しの休息とする!」
「新様、水をどうぞ。」
「すまんな、美雪。」
息の上がっているおれを気遣い京志郎が全軍に休息を命じた
二千の兵を五郎丸砦に残し3千の兵を率いて敵軍を追撃して2時間程、大殿の率いる長尾軍は先を進んでいる。
やっと峠を越えた辺りだが鎧いを着ての峠越えは流石に10歳児には堪える正直助かった。
周りを見れば息を乱しているのは俺と将次郎ぐらいで昌豊も美雪もケロっとしている。千代姫は大殿と一緒に遥か先だが彼女も体力は凄いきっと平気な顔でこの峠を越えた事だろう。
うん、、帰ったら将次郎と走り込みでもするかな。
それにしてもここまで来る間の街道はそりゃあ酷い事になっていた、どこまでいっても死体だらけ時には流れた血で足元が滑るほどであった
正直思う所も有る、、、、がこれが乱世だ。
俺がなるべく早くこの乱世を終わらせるつもりだから勘弁してくれ。文句ならあの世でいくらでもきいてやるさ。
その骸の殆どが襤褸を纏った一向宗門徒や僧兵で味方の骸はほとんど見る事がなかった。それだけ味方が圧倒していると言う事だ。
「さて、そろそろ出発するか、すまなかったな京志郎。」
「いえいえ、山道をあまり急げば先が閊えてしまいますからな、そろそろ兵を休ませようと思っただけです。」
まぁそうか、敵勢が俺がやったようにこの狭い峠道の出口付近に抑えの兵を置く事は充分考えられる、余り味方が密集しすぎるのは確かに危険だな。
俺達の軍が田近越えを抜け陣容を整えた頃には既に一向宗勢と畠山、朝倉連合軍との戦端は開かれていたいた、無謀とも思える一揆勢の突撃を左翼側に展開した朝倉軍と右翼側に展開した畠山軍が受け止める形だ。
一揆勢は既に組織的な抵抗は出来ていないが此処を抜けなければ加賀に帰る事も出来ない、必死になって突撃を繰り返すもその勢いは徐々に弱まりつつある、その数も既に当初の半分程、長期の退陣と峠を越えて敗走してきたのだ、疲労も蓄積されている。
そんなボロボロの状態の一揆勢に陣容を整えていた大殿率いる長尾勢が背後から急襲した、それが一揆勢に対する止めの一撃となった。畠山勢6千、朝倉勢1万、そして長尾勢7千に包囲され加賀の一向宗の軍事的脅威はここで消滅する事となった。
1540年(天文9年)7月下旬 加賀国河北郡 光徳寺
この田近越の戦いの翌日、戦場となった付近の一向宗から接収した光徳寺という寺で、今回の同盟軍長尾家、畠山家、朝倉家の3家プラス俺を交えた4者会談が行われる事となった、参加メンバ-は越後の戦鬼長尾為影、能登の名君畠山 義総、そして越前の軍神とまで呼ばれた名将朝倉宗滴、いやマジで錚々たる面子で有る、まさに戦国初期のオールスタ-が顔を揃える会談になんと俺も呼ばれた、まぁ当事者では有る事はたしかなんだが・・・俺なんかが参加して良いのかね?
なんか場違い感が半端無いんですが・・・・・
まぁしかしこれから越中を領有する事を思えば近隣国の領主や有力者と顔を繋いでおくことは重要だし、何よりも後世まで語り継がれた名君や名将と会ってみたい気持ちもある。
因みに大殿の場合は名声よりも悪名が後世にまで轟いていたがな。
そんな大殿と共に俺達は護衛の兵に守られて会談場所である光徳寺に到着した、両家の裏切りや闇討ちについては心配していない、世は乱世ではあるが両家とは長年対一向宗で協力し合ってきた間柄であるし、両家とも名門だ卑怯者のレッテルを張られるなど御免被りたい事だろう。
会談場所に一番乗りを果たした大殿と俺は、茶を啜り持ち寄った茶請けを頬張ながらまったりと過ごしている
「相変わらず、お主は肝が据わっておるのう。」
「そうでしょうか?天下に聞こえる名君や名将とお会いできる機会など滅多にありませんからね、楽しみでありますが。」
「・・・その割にはお主、儂と初めて会った時は逃げ出そうとしておらなんだか?」
「・・・・それは大殿の勘違いに御座いますな。ところで大殿は修理大夫様(畠山 義総)や宗滴様と面識はお有りですので?」
初めて会ったってあの日ノ本屋で接待をさせられた時の事か?
それはあんたの顔が怖すぎるのが悪いんや!
「・・・・ふん。まぁよかろう。修理大夫様とは越中で2度共闘させて貰ったわ、宗滴殿とは初対面よ書状のやり取りは幾度かしておるがな。」
この乱世にしては珍しい友好的な関係だな、それだけ一向宗が武家にとって厄介で強大だったってことかな、しかし後年には強大化した信長相手に朝倉家や謙信もそんな天敵と言える一向宗と手を結び共闘している、やっている事に合理性は感じ無いがただ単に信長が一向宗以上の強大な敵と成った為生き残りの為に共闘を選んだんだろうな。
その一向宗勢力は今生の世界では早くもこの北陸からほぼ駆逐されたと言って良い、間違いなく本願寺の威信その影響力は低下するそれがこの日ノ本の歴史にどんな影響を及ぼすのか?
そしてこの戦で大した損害も無く加賀半国を手に入れ史実よりも強大な勢力となった能登の畠山家、越前朝倉家、七尾や輪島といった大きな湊を持ち商業的にも豊かな能登を領した畠山家はそもそもが余り領土的野心を持たなかった、それよりも豊かな能登をどう発展させるか苦心した一族と言える、畠山家はおそらく両国経営に努めるだろう。攻めようにも隣接する土地は同盟国の長尾と朝倉しか無いからな。
朝倉はどうか?この戦で加賀半国を手に入れた上天敵であった一向宗の勢力は壊滅した、その東側の国境は同盟により安泰・・・その眼は西か南に向く西なら近江か若狭、南なら美濃だしかし、西に手を伸ばせば現状では南近江、伊賀、伊勢、大和にまで勢力を伸ばす近江宰相と呼ばれた六角定頼率いる全盛期の六角家とぶつかる事となる、若狭の武田家は六角と縁戚関係、北近江の浅井は従属関係だからな。
俺なら六角と結び美濃攻めだが・・・・美濃も大国一筋縄ではいかんだろうな。
まぁ正直朝倉がどう動くかなんぞさっぱり判らんな、しかし畿内や美濃、近江は荒れるかもしれんな。
大殿と会話をしながら取り留めの無い事を考えていると、大殿の近習が会談相手の
2人の来訪を告げた
やがて部屋に武人と言うより公家と言った方が納得するような、風流な装いをした温厚そうな男と、髪に白い物が混じっってはいるが武人としての威厳と文化人としての風格を併せ持ったような初老の男が部屋に入って来た。
うん、なんか部屋の空気が変わった・・・・・・・
やっぱりなんかこの人達も大殿並みにヤバイわ~
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