第10話 謁見

「新次郎よ・・・・本当に何もしておらんのだな?」


「父上くどいですぞ、大殿が店に来られたので私は接待しただけと、申しておるでは有りませぬか。」


「しかし・・・あの気難しい大殿だからのぅ・・」


屋敷から此処まで何度聞いたか判らぬ親父殿の言葉である


 蔵田家は元々祖父の代から長尾家に仕えるようになった新参の家臣である、経済力こそ直江津の代官と青苧座の差配を任されている事から高いが所領は3000石とそれ程でも無く長尾家の中では精々が中堅処である、その上古参や国衆からは半武士やら商人風情がとなにかと陰口を叩かれる事も多いと父上がボヤいていた。この様な突然の呼び出しなど当然初めてである、まぁ緊張するのも判らんでもないのだが


俺?もう諦めたというより開き直った。


 先日はいきなりの来襲に多少ビビったが良く考えてみればここで権力者である為景と関係を築いていくのは悪くない。

 俺の今生の目標で有る『日本を豊かで強い国にする事』を達成するには多くの協力者が必要だ、長尾家のバックアップが在れば大幅な期間の短縮に繋がる。

邪魔をするなら現状は越後を尻尾巻いて逃げ出すしかないけどな!


今回親父殿と俺が呼ばれたのは府内に在る長尾家の屋敷の方である、流石に毎日春日山城の在る城山を登るのは不便で有るし今は真冬である。有事で無い時や特に冬場は長尾家の当主の一族はこの春日山の麓の府内の屋敷で過ごす事が多いそうだ。


屋敷と言っても警備も施設もほとんど城だけどな。

そんな頑丈そうな門をくぐり屋敷の者の案内で屋敷に入ると其処には


「良く来たな!重久、小僧!」


「お、、大殿!!」


まさかの大親分自身の出迎えである


頼むから止めて・・隣の父上が卒倒しそうだ


「大殿・・・戯れは程々になさってください。父上が卒倒しそうではないですか。」


「おまっつ!!大殿に何という口を!」


「重久構わぬ。お主ももっと楽にせい。」


「ハハハハ、父上中々面白い童ですな。重久、久しいな。」


「殿!!」


為景の背後にいた20代後半と思われる人の良さそうな男が笑いながら父上に声を掛ける。

俺は初見だが父上の反応から見るに為景の嫡男で現長尾家当主にして越後守護代長尾晴景であろう。

やはりと言うか為景にもそう紹介されたので、丁寧に挨拶して置いた。


うん・・・為景に比べれば余程常識人で有る



 為景に「付いて来るが良い。」と案内されたのは豪華な書院、現代で言う謁見の間であった

謁見の間にその主人自体が案内するとかど-なの?と思うが今は置いておく


 上座に座った為景の脇には晴景が座り、背後には何故か豪華な打掛姿でニコニコと微笑む綺麗な女性と、やたらと俺を睨み付けて来る俺と同じぐらいの歳の頃の女の子が控えていた。

おそらく為景の奥さんと娘だろうが、為景にこんな歳の娘がいたか?

昨日のトラウマが有るので今日は加護を使うのは辞めておく


 他には俺達と同じ下座に直江 景綱(なおえ かげつな)、柿崎 景家(かきざき かげいえ)と名乗った、直江は怜悧な政治家のような感じの男で柿崎の方は見るからに武闘派の脳筋、為景が大親分ならこの男は若頭といった感じである。

2人共おそらく30前とまだ若いが直江と柿崎と言えば長尾家の宿老格で家臣団の中核とも言える存在である



 こうして拝謁の儀が始まったのだが脇に控えていた側仕の読み上げる褒美とやらが

思った以上の過分な物だった

具体的には蔵田家を3000石から5000石への大幅な加増及び当主の側近とも呼べる御側衆への格上げ、蔵田家への加増とは別に、俺にはなんと根知城と周辺の土地が与えられた、糸魚川という湊も在り石高も1万石を超える。正に大盤振る舞いと言って良い褒美である。

 最早旗本衆を飛び越えて一門衆扱いと言っても過言では無い待遇である。

高々為景を一日饗しただけの褒美としては余りに過分なのだ

明らかに何らかの裏が有る

普通に考えれば俺への取り込みだろうが・・・

傍に居る直江や柿崎は何も言わない、柿崎などは表情を見ただけで不満そうなのは感情を読まずとも判る程だが

おそらくすでに根回しが済んでいるのだろう


しかし他の家臣や国衆達は納得すまい、下手すれば内乱が起きる様な話だ


「色々荒れそうですが・・・よろしいので?」


「ククク、構わん。そち等とは一門と成るのだからな。」

ん?一門?


「重久!」


「・・・・はっ!」


「そちの息子新次郎を我が娘千代の婿として貰い受ける。構わぬな?」


「なっ!?・・・・・・・・・・・・・はい。愚息の事宜しくお願い致します。」


これは事実上の命令である、この封建時代に権力者の命を断る事は出来ない、しかもその絶対者が加増などの当家に対する配慮すら見せているのだから。

今も為景の背後からこちらキッと睨んでいる女の子が恐らく千代様なのだろう、

まだ幼いが将来はきっと美しく成長するだろう娘だ。


「しかし大殿、例え千代様を私が娶らせて頂いたとしても、当家には家格も威も足りません。無理を押し通せば越後は荒れまする、止めておいた方がよろしいかと存じます。」


「ハハハハハ!のう大和よ。この小童がお主と全く同じ事を申しておるぞ。言うた通りであろう。」


「・・・・実で御座いますな。新次郎殿は誠に8歳なのでしょうか?」


この時代の武将は官位を自称すことが多かった、大和守や出羽守なだ様々だが中には朝廷や幕府から正式任命された者もいたが、ほとんどは自称である。直江 景綱はどうやら自称大和守であったらしい。


「確かに少しばかり家格が釣り合わん事は判っておる。ならば合わせれば良いではないか?」


「小僧お主一国の主に成り上るがよい。」


そう言ってニヤリと笑う為景の姿は正に乱世の梟雄と言うに相応しいものだった

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