第9話 世界
「ほぉ、中々旨い酒ではないか後で土産に頼むぞ。」
「・・・・はい。」
「このつまみは良いの。」
「・・・すぐ追加を・・・」
「この掻き揚げなる物はいいな!代わりを持て。」
「・・・今揚げております。少々お待ちを・・」
まるで武闘派のヤクザの様な雰囲気のおっさんがまるでどこかの殿様の様な大仰な態度でご機嫌に料理と酒を堪能している。
まぁ実際殿様だけどな!
実際にこのヤクザがお殿様と言うのだから如何ともし難い。
そう・・・・・・このヤクザなんと「信濃守 長尾 為景(ながお ためかげ)である。」と名乗ったのである、まぁ見たから知ってたけど。
長尾為景といえば主君である守護・上杉房能を自刃させ、その報復に動いた房能の実兄関東管領・上杉顕定まで負死させた、斎藤道三、北条早雲と並び戦国の下克上の代表格である、その生涯において戦場に赴く事「百余戦」と言われる戦国の狂犬である。
そして我が蔵田家の仕える長尾家の現当主長尾晴景と軍神として有名な上杉謙信の父であり、隠居した今も長尾家の実質的支配者はこのおっさん為景である事は長尾家では公然とした事実である。
そう下手な事をすれば俺だけでなく一族郎党までもその場で打ち首にできる権力者なのだ・・・・
お蔭で俺がまるで小姓の様に動き回る事となったのだ
他の者は?って将次郎はヤクザの雰囲気に完全にブルってたし美雪はまずい、野獣と野獣を同じ檻にいれるのはあかん。
京志郎も・・・・接待とか絶対無理だろ。連帯責任とかたまらんので追い出した。
にしても脇に控える側近に酒を注がせるその堂々たる姿は正に武闘派ヤクザの大親分の貫禄だ。
思えばこの戦国時代って武田組やら北条組、毛利組といった地方の武装組織が互いのシマ(領地)を奪い合いシノギを競った暴力団の武装抗争をより大規模かつルール無用のデスマッチにしたのがこの時代だと考えると、しっくり来るな。
それが守護だ守護代だ信濃主だと役職が付こうがヤクザの大親分と大差は無いのだ。
「ところで小僧よ。」
「何でしょうか親ぶ・・・・大殿。」
あぶねー変な事考えてたら・・危うく親分呼びするとこだった
気を付けねば下手すりゃ即首が飛びかねん
「うむ。お主巷では神童と呼ばれているらしいな。それは真か?」
「・・・そう呼ばれているのは確かですが、私は父蔵田重久、母幸から生まれた正真正銘の人で御座います。」
「ふむ、確かに人の子にしか見えんな。が・・・・聞けばお主が病から回復して一年も経たぬ間に様々な物品を生み出し評判となっておるそうではないか。唯の童とは普通は考えられんのではないか。」
「確かに色々造りましたが、どれもそう難しい物では有りませんよ。農具も既存の物を職人と共に研究し改良を加えた物ですし、この時期売れている炭団も木炭の粉に、海藻を混ぜ固めただけの単純な物です。」
「クク、それが普通の者には出来ぬ事なのだがな。にしても炭団か・・あれは便利な物よな。年を取ると寒さに弱くなっての儂も重宝しておるわ。」
「有り難き事です。後日城の方に届けさせます。」
「ククク、中々如才ないのぅ。良きに計らうがよいぞ。」
機嫌が良さそうなのは良いが笑顔が怖いわ!普通の子供だったら号泣しとるわ!
「そういえばお主谷浜で大船を造っておるそうだな、あんな物どうするつもりだ?まさか何処かと戦でもするつもりか?」
「必要と有れば戦にも使えますが、今の所は交易に使うつもりですが。」
「交易とな?敦賀や小浜と商いをするならあのような大船は要らんであろう。」
「いえ、琉球や呂宋(ルソン)辺りまで向かう予定です。」
「ん?琉球?呂宋?それは日ノ本のどの辺りなのじゃ?」
あちゃ~やっぱりそうなるか。この当時の日本人にとって外国とは明と朝鮮ぐらいなものなのだ、それは為景の様な上流階級ですら同様な事だったらしい。
現在と違って海外の情報など中々入ってこないし、正確な日本地図やましては世界地図などこの時代には存在していないから致し方ないのだろう。
・・・・・・・・そりゃ何も知らなきゃ小さな利権や領地など足元の事しか見えなくなるわな
やはりこの乱世をなるべく早く終わらすには日本人に世界を知らせるのが近道かもしれんな
俺は店の者を呼び一枚の白紙と筆を用意させた
筆を使い白紙にサラサラと書き込んでいく、それを為景は興味深げに眺めていた
「ほう、これは日ノ本じゃな。」
「はい、ここに明に朝鮮そして九州の南に在るのが琉球、琉球の南西に在る明の隣が高山国(台湾)その南に在るのが呂宋です。」
白紙に次々と国を書き加えていく
「ほう琉球やら呂宋というのは随分と遠いのぅ。真にそんな遠方まで往けるのか?よしんば往けたとして儲かるのか?」
「あの大船ならば問題無く辿り着けるかと。大殿琉球や呂宋は日ノ本よりかなり南に位置する国で日ノ本とは気候風土が全く異なっているのです、当然採れる作物も日ノ本に無い珍しい物が多いですし、冬が無く米も年に3度は収穫出来るとの事。」
「何!?冬が無い国など有るのか?」
「はい。逆に冬しかない土地も世界には有りますが。」
俺は次々と白紙に国や地域を書き足していく
「呂宋を更に西に往けばシャムがその先の巨大な半島が天竺で天竺と大海に隔てられる先には阿弗利加と呼ばれる巨大な大陸が在りその大陸の北側に在るのが南蛮と呼ばれる国々となります。更に南蛮の更に大海の先には新大陸と呼ばれる、巨大な大陸が在り・・・・他にも・・・・」
そうしてインドやアフリカ、ヨーロッパや新大陸、オーストラリア大陸まで加えて簡易的では有るが日本初の世界地図が完成したのであった。
「真に海の先にはこの様な広大な世界が広がっておるのか?」
「天地神明に誓って真でございます。」
為景は地図をじっと見つめながら暫く何事かを考えていた、やがてポツリと呟く様に呟いた。
その言葉には驚愕、諦め、後悔の念が入り混じっていた。
「・・・・・日ノ本とは随分と小さいのだな。」
「はい。世界と比すなら小さき国かと」
「うむ。・・・・・・儂はな越後は大国じゃと思っておったのじゃ。この国を得れば日ノ本の天下も窺えよう。そう思っておったのじゃがな・・・・・実際は儂の生涯を賭けても越後半国も儘ならん。この小さな日ノ本の一部に過ぎん越後ですらな。儂は昔歯向かう国人共に言うた事が有る「大海を知らぬ井の中の蛙共が!」とな・・・大海を知らぬは儂も同じであった。何とも滑稽な事よな。」
このおっさんかなり落ち込んでるな、纏う覇気も心持小さくなってるように感じる
少しだけ可哀想だ・・・・
「大殿その様な事申す事は有りません。大殿は越後に長尾家の基盤を造り上げられた。それは並みの人に出来る事では決して有りません。人は寿命が有りますがその想いは子や孫へ引き継いで行けば良いのです。」
「小僧に気を遣われるとはな・・・。もっともな話ではあるが・・・・晴景ではのぉ・・・・・ならばあるいわ・・・・・・・・・・しかし・・・・」
俺の言葉に何やらぶつくさ独り言を言いながら考え込むヤクザ、どうやら嫡男の晴景に不安が有る様だが部外者が口出す事では無い。
顎髭を撫でながらしばしの間考えを巡らせていた為景だったが
何かに気が付いた様に、ふと俺を見てじっと俺を見つめて来る
その眼はまるで獲物を見付けた肉食獣
なんだ・・・この感じる悪寒の様なモノは・・・・
「・・・・・小僧歳は幾つになった?」
「・・・・8歳となりましたが・・・・・」
「ほう・・・・丁度良いではないか・・・・・」
そう言ってニヤリと微笑む男の顔は肉食獣が獲物を見付けた時のモノと同じに思えた
「うむ!小僧旨い飯に旨い酒であった。馳走になったな。それに色々面白い話も聞けた。真大儀であった!褒美を取らせる、近々に使者を遣わせる故、登城するがよいぞ。」
有無を言わせずそう告げると、為景は土産の酒を受け取り満足そうに城への帰路に付いた。
何だよ?丁度良いって?
まぁいいか。
あぁ疲れた・・・・・・今日は早めに帰ろう
何か登城がどうとか褒美とか色々言ってたが、とにかく精神的疲労がキツイ
あんな猛獣の様なおっさんと長時間同じ部屋にいたのだ、当然だろう
今日は何も考えず家でゆっくりしよう・・・・うんそうしよう。
そして蔵田家に突然越後の最高権力者である長尾為景の使者が訪れ、蔵田家当主の蔵田重久とその息子新次郎の春日山城への出仕伝えられ蔵田家が上も下もの大騒ぎになったのはその翌朝の事であった。
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