第1話 目覚め



ひどい喉の渇きで目が覚めた。 重い瞼を持ち上げると、そこには見慣れない天井があった。いや、見慣れないはずなのに、その木目のひと筋までもが、どうしようもなく懐かしい。


障子、襖、そして黒光りする板張りの床。部屋の隅には、現代の照明器具の代わりに小さな火を灯す燭台が置かれている。21世紀の軍人、佐伯遼佑にはおよそ縁のない純和風の空間。にもかかわらず、長年この部屋の住人であったかのような、奇妙な安心感が胸を満たしていた。


「この部屋は……見たことがある……」


そうだ。ここは夢の中で見た少年、新次郎がその短い命を削りながら暮らしていた場所だ。


部屋を見渡せば、新次郎の記憶が鮮明に呼び覚まされる。父親にねだって買ってもらった古ぼけた本、母親が病床の慰めにといって贈ってくれた、凛々しい顔立ちの武者人形。


これは佐伯遼佑の記憶ではない。だが、間違いなく俺の記憶だ。


「俺は、死んだはずなのに……」


混乱の中、自分の手を目の前にかざしてみた。 そこにあるのは、ライフルの引き金を引いていた無骨な軍人の手ではない。青白く、骨が浮き出るほどに細い子どもの手だ。手のひらには、幼い頃に囲炉裏の火に触れてしまった新次郎の火傷跡が、今も消えずに残っている。


「そうか……。そういうことか」


ふらつく体で手鏡を覗き込む。そこに映っていたのは、病にやつれ、今にも消えてしまいそうなほど儚い少年の顔――新次郎だった。


現代で戦死した佐伯遼佑と、この時代を懸命に生きた少年、新次郎。


二人の記憶と魂が、一つの器に注ぎ込まれ、混ざり合ったような感覚……


信じがたい超常現象だが、この現実を説明できる理由は他に思い当たらない。


それにしても、この体はどうだ。 新次郎の記憶では、起き上がることさえままならない末期の病人だったはずだ。 確かに熱っぽさは残り、節々に重い痛みはある。だが、意識は驚くほどに明瞭だ。嵐が過ぎ去った後のような、風邪の治りかけに近い感覚。


ただ――ひどく、喉が渇いている。腹が減っている。 「生」への欲求が、凄まじい勢いで全身を駆け巡っていた。


俺は震える手で枕元の水差しを掴み、中身を一気に煽った。


旨い……。 冷たい水が喉を通り、染み渡っていく。まるで涸れ果てた大地に雨が降るように、一滴ごとに生命の火が灯っていくのが分かった。


その時、静かに障子が開いた。 現れたのは、看病に疲れ果て、目の下に深い隈をつくった一人の女性――新次郎の母親だ。


「……おはようございます、母上」


考えるより先に、言葉が唇を突いて出た。彼女の顔を見た瞬間、理屈ではない強烈な愛着と郷愁が込み上げてくる。やはり、新次郎もまた俺の一部なのだ。


「……新次郎……?」


起き上がり、こちらを見つめる俺の姿に、母上は石のように固まった。 その瞳にみるみるうちに大粒の涙が溜まり、頬を伝い落ちる。


「あぁ……あぁぁっ、新次郎! 新次郎!!」


母上は手にしていた手桶を投げ出すと、俺のもとへ駆け寄り、折れんばかりの力で強く抱きしめた。 その腕には「もう二度と、この子を手放しはしない」という、狂おしいほどの母親の情愛が籠もっていた。苦しさに顔を歪めながらも、俺の目からも自然と涙が溢れ出した。


やがて、母親の泣き叫ぶ声を聞きつけて、父親や兄姉たちが次々と部屋に雪崩れ込んできた。


絶望に沈んでいた屋敷に、数年ぶりとなる歓喜の叫びと活気が戻る。


この日 佐伯遼佑としての戦いは終わり、蔵田新次郎としての、新たな「生」が今、産声を上げた。

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