2 "姫"と"お嬢様"




「"ソートイエスのロカの町"! 特産品は魚と塩! そして真水! "大塩湖"に海まであんなんなったもんだから、今や魚も塩も貴重品! あと"崩落"続きで採水地もヤバいから、真水も立派な高級品!」


 "ソートイエス"の駅町にて、"姫"と"黒衣"は"フォス"を下車、入れ替わる乗客の中を"黒衣"は車椅子を押して移動する。


「あれ? ということはここって全世界の注目を集める主要スポットなのでは?」


「……静かにして」


 ただえさえ真っ黒で目立つ格好の"黒衣"である。加えて車椅子を押していれば、自然と周囲の人目を集めてしまう。そのうえやたらと大声を出すものだから、一周まわって行き交う人々が二人から距離をとっていた。

 お陰で人混みにわずらわされず、二人はすいすいと駅舎を抜けることが出来たのだが、"姫"は自分のリュックに顔をうずめるだけに留まらず、ついには両脚を持ち上げ抱きかかえて、頭から上着を被って完全に荷物の擬態と化してしまった。


 "黒衣"はご機嫌でそんな"姫"を運んでいたのだが、


「お?」


 不意に、その足が止まった。車椅子の突然の停止に"姫"は何かあったのかと、上着のあいだから顔を覗かせる。


 前方には、馬車や人力車が集まる停留所。鉄道の駅前には必ずといっていいほどある、特に珍しくもないものである。ここから移動手段アシを確保し、次の目的地に向かう予定だ。

 停留所には客を下ろしたばかりなのか、ヒマそうにしている馬車の御者ドライバーや人力車の車夫ベアラーらしきものたちがちらほらとたむろしている。声をかければ誰かしら乗せてくれるだろう。これといって気になるようなものは見当たらなかったのだが、


「おー」


 声の主は、たった今、馬車から降りてきた人物である。


 それは、全身黒づくめの人物だった。


 "黒衣"が、前の方からこちらにやってくる。さっきまで後ろで車椅子を押していたはず、と一瞬当惑する"姫"だったが、


「せんぱーい」


 車椅子の後ろから飛び出してくる、黒づくめの人物がもう一人。


「うが」


 飛び出してきた方が、前から来た方の胸部に頭突きを喰らわせた。


「…………」


 そうして二人並んでいるところを見ると、前から来た"黒衣"の方が少しばかり背が高いと分かる。一方で、そちらの"黒衣"は顔面を覆う黒布がやや短く、口元が覗けるようになっていた。


 数いる"黒衣"だが、彼らが一人で出歩いていることはほとんどない。"姫"に一人ついているように、新たに現れた方も"護衛対象"を同伴している。


 馬車の車体から遅れて姿を現したのは、垂れ下がったうさぎのような長い耳、金色の短い髪、そして可憐な容姿にそぐわない、金属のソールがついたゴツい印象のブーツを履いた――小柄な女の子。


「お、誰かと思えば、ジブンの前の"姫"……じゃなかった、"お嬢様"」


 背丈は車椅子に座する"姫"とちょうど同じくらいだが、厚底のブーツと"ウサ耳"のついたイヤーマフをつけているため存在感だけはそこはかとなく大きく見える。とはいえ、明らかに幼い容姿をしているのだが、その佇まいや表情はとても落ち着いて、大人びていた。

 春先にもかかわらずマフラーを巻いていて、お供の"黒衣"と違って口元を隠している。


「……『管理室』」


 "姫"はつぶやきながら、上着から顔を出した。


「どうも、"姫"」


 大きい方の"黒衣"が小さい方を押しのけつつ、こちらに軽く会釈する。


「せんぱいと"お嬢様"はどうしてここに? せんぱいたちもお祭りっすか?」


「いや、これから"本部"に帰るところっす」


「そっすかー」


 やりとりだけ聞いていると、声の調子が似ているのもあって、どっちが喋っているのか分からなくなる。"こういうの"が他にも何名かいるにもかかわらず、当人たちにはお互いの区別がついているようなのが"姫"には不思議でならない。


 そんな黒い二人組をあきれ顔で横目に見つつ、


「"クロエ"、"クロオ"、荷物取ってきて」


 ウサ耳の少女"お嬢様"はあごで指図する。


「えー、ジブン"お嬢"の付き人じゃないんっすけどー」


「あいあいえー」


 黒い二人組が馬車後部の荷台から荷下ろしをしているあいだに、"お嬢様"は""姫"に近付いてきて、


「"東の"」


「…………」


 "姫"の隣に来ると、軽く身を屈めて、


「――……が、次で"打ち止め"」


「!」


「"王子"もまだ見つかってない。あの辺に行くのなら、気を付けて」


「……ん」


 "姫"が頷き返すと、


「じゃあ」


「……どうも」


 "お嬢様"はそのまま通り過ぎていった。


「あー、"お嬢様"お待ちになってっすー。あ、"姫"、それではまた!」


 巨大な筒状の袋を背負い、両手に荷物を抱えた"黒衣"がそのあとを追いかける。


「"姫"、"お嬢様"に何か言われたんすか?」


 一方、手ぶらの"黒衣"が"姫"のもとに戻ってきた。


「…………」


 "姫"は構わず、人力車の方に車椅子を進めた。"黒衣"も特に気にした風もなく後ろについてくる。


「"お嬢様"の頭の"あれ"、ジブンが作ったものなんすよー」


「…………」


 車輪を回す腕に力を込める。無視されてもめがない"黒衣"はなおも言葉を続ける。


「ところであの二人、"本部"に戻るんすよね? "南"から来たっぽいんすけど、なら"クロスレーン"乗ればいいのに、なんで遠回りしてるんすかね? しかも馬車つかってるし。こっちこれから人力車なのにー」


 近くにいた、人力車の車夫らしき大柄な男性が眉をひそめた。こちらはやめておこうと、"姫"はまた別の人力車の方へ車椅子を向ける。


「……尾行を撒いてる」


「あー、なるほどっす。なんかメンドーなことになってるんすね。大人にはなりたくないもんっすわー」


「…………」


 車椅子を動かす手が止まった。追いついてきた"黒衣"がここぞとばかりに押手グリップに手をかけ、方向転換。


「おっちゃん、"ロカの町"までで。二人いける?」


 "黒衣"はさっき眉をひそめていた、クマみたいに大柄な男性に声をかけた。実際、クマみたいな耳が生えていて、全体的に硬い短毛に覆われている。"半獣人ハルフビステ"だ。


 あいよ、と返事をして、クマ風のおじさんは自前の人力車を引いてきた。車軸の両側に大小二つの車輪を持っており、乗客を乗せる台座は地上から1m以上の高さにある。後部には雨よけのための覆いが畳まれており、荷物を積むためのスペースも座席とは別に確保されていた。


「"姫"」


 いぶかしむ"姫"の前で、"黒衣"は身を屈めて背中を向ける。"姫"がその背に身を預けると、「よっこいしょ」と"黒衣"は軽く立ち上がった。華奢で、薄い背中だ。その割に筋力があって、"姫"を背負ったまま軽々と人力車に飛び乗った。

 座席は大人一人が悠々と座れるくらいの広さがあったが、二人で座るとなるとやや狭い。"黒衣"が車椅子を取りに降りようとすると、車夫のおじさんは車椅子を手慣れた様子で畳んで後ろの荷台に積んだ。


「どうもどうもー」


「ちょいと狭いが、安全運転、快速急行で行くからね」


「うえへへ、どうもどうもー」


 こうした人力車には車夫の"引く力"を補助する機構が備わっているのだが、とはいえ人間一人とその荷物を乗せた車体を引くのは相当な労力を要する。

 そのため、人力車といえば基本は一人乗り、一人旅ないし親子向けのサービスとして馬車よりも格安の値段で提供することでシェアを保っているのだが。

 そうした暗黙の了解もあって、人力車が乗客二人を請け負うことは珍しく、乗せたとしても運転が雑になるところを――


(……大人の駆け引き)


 "黒衣"はどうやら「安全運転」を約束させたらしい。多少料金に"色"をつけることにはなるだろうが、それでも馬車よりは安くつくという算段である。

 誤差の範囲ではあるだろうが、ケチ臭くても「安く」かつ「安全に」旅を続ける手段を模索する。"黒衣"の役割は、こうした"世渡り"の上手さにあるといっても過言ではない。


「じゃあ、行くよ」


 車夫が台座と繋がれた柄に手をかける。足で小さい車輪のついた車軸を押し込むと、二人の乗る座席がわずかに前方にかたむいた。これで車体を支えているのは大きい二対の車輪だけ。車夫が柄を持ち上げると、斜めにかたむいていた座席もグンと一気に水平になった。


 ……やりようによっては座席の姿勢をかたむけることなく"安全に"出来るはずだが、一部の車夫のあいだではこの「持ち上げる感覚、座席がグンと上がる感覚」を提供することが観光客向けのサービスだという認識らしい。


「おおう」


 それとなく"姫"を支える"黒衣"であるが、その手は軽く振り払われた。


「…………」


 一対の車輪だけが接地していて、もしも車夫が柄をより持ち上げれば座席はそのまま後ろに倒れることになるだろう。特に、後部には荷台もあり、重心も偏っている。そこには絶妙なバランス感覚があって、ある意味、全ては車夫の手に委ねられていると言える。


 普段から車椅子に乗って地面に接していない"姫"でも、この浮揚感には不安があったのか、それとも座席のスペースの都合か、"姫"は"黒衣"に身を寄せると、


「んん? あの、おおう? "姫"?」


 腕の力を使って、"黒衣"の膝の上に腰を下ろした。


「あのう……、えっと?」


「出発するよー!」


 そうして戸惑いを乗せたまま、人力車はソートイエスの駅を出発した。



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