第1章
1 車窓から
――GAT-TAN GOT-TON――――
大陸の外縁部に沿うようにしてつくられた、
"彩りの都アナトリー"から"古き石の都ナトス"へと続く路線は"ソートイエス・サークルライン"、通称「
"SECL"上を走るのは、大陸鉄道の機関車"フォス"。客車、貨車を含めた九両編成。その三等客車は、二人掛けの座席が向かい合うかたちで一列に複数並んでおり、通路を挟んで二列配置されている。内陸部を走る客車に比べて座席が大きく、空間が広くつくられている。
その右手側の車窓からは内陸部が見渡せ、左手側には雄大な"外海"が広がっているのだが――
「わははは、見てくださいよコレ、海! ぜんっぜん見えないっすよ!」
フォスの車窓から望める景色は、この数年で大きく変化していた。
世界的な水位の下降――今や大陸の端は断崖絶壁と化し、海面は地上よりも下になっている。そのため、フォスの走る位置から海は確認できないのだ。もちろんはるか遠くに眺めることは出来るのだが。大昔には満潮時、高波が車両にも届いたというから、この海面変動は相当なものである。
"黒衣"はそうした時代の変化も含めて景色を楽しんでいたのだが、
「……やめて。子どもじゃないんだから……恥ずかしい」
乗客がいないのをいいことに、そうやって左側の席に陣取って車窓を開き顔を出してきゃっきゃしている"黒衣"を、右列の座席に座る"姫"はあきれ顔で一瞥する。大の大人(?)がそんな感じだから、ほかの乗客の子どもまで一緒になっている。
"姫"は窓辺に頬杖をつきながら、左手で肩下の辺りまでで切り揃えた銀白色の髪をさわりながら、"黒衣"の方を遮って見ないようにしながら、他人のふり。そちらを意識しつつも、視線は車窓から覗ける内陸部の景色に向けられる。
春の柔らかな日差しを浴びる草原に、風が流れる。その軌道が目に見えるほどに、背の高い草本がみな一様に同じ方向へと傾いていた。
"ソートイエス・サークルライン"のある地方はそのほとんどが牧草地で、車窓から見える景色も一面の緑が広がっていた。点々と小規模な樹林があり、前時代の遺構と思しき瓦礫の山がほとんど手つかずのまま残っている。
そうした人工的な自然の中を、人力車や馬車、背負い袋に荷物を積んだ人々の集団が進んでいた。
「"避難民"っすかねえ?」
「っ」
不意に横に現れた"黒衣"の声に、"姫"はびくりと肩を震わせた。が、すぐにせき払いをして居住まいを正す。
「"スクエアレーン"が落ちたっていうから、その辺に住んでた人たちっすかね~。いやあ、大変だぁ」
「…………」
まるで他人事だ。実際、定住地を持たず一年のほとんどを移動している"黒衣"には他人事なのだろう。居住区を失い、ともすれば親しき隣人をも喪って、持ち出すものを選び、時に自らの手で捨て去って、大荷物を携え、住む場所を求めてあてどもない旅に出る――
東部と南部の大都市を繋ぐ、内陸部を走る路線"スクエアレーン"――その鉄路を敷く大地の一部が"崩落"したという。あの"大塩湖"の一件以来、そうした現象が大陸各地で散見されているのだ。
内陸部を走る
「お飲み物、おつまみはいかがですかー」
サークルラインでは乗客向けの車内販売が行われていたが、残念ながら、常に財政難である『調査室』に贅沢をする余裕はなかった。フォスに乗車したのなら、なおさらだ。
「"アルクノア"が使えたら移動費が浮くんっすけどねー。目撃すれば幸運が訪れると巷で噂の、我らが
大人しく"姫"の斜向かいの席に座り、"黒衣"は愚痴をこぼす。"黒衣"の隣席には荷物が、その向かいには"姫"の車椅子が折り畳まれ、立て掛けられている。
「こういうご時世こそ、幸運を振りまくべきなのでは?」
「…………」
「ウチも『収蔵室』の連中みたいに、"四輪駆動"使えないもんすかねえ……。いやまあ、長距離移動にはやっぱりトレーンすけど」
「…………」
車内ではまばらに乗客たちの話し声が聞こえていた。春らしい装いに身を包んだ"姫"はといえば、窓辺に頬杖をついて、その視線は相変わらず外に向けられている。到着が待ち遠しいのか、向かう先に想いを馳せているのか、会話はない。
「その辺、どうなんすかね? "姫"が"上"に言えばどうにかなりません?」
「……"姫"はやめて」
「! えー、じゃあー、王女? プリンセス?
「…………」
列車はもうじき、大都市間のちょうど中間地点にある"ソートイエス駅"に辿り着く。駅を中心に人々が集まって興った小規模の町だ。二人はそこで下車し、移動手段を確保して、"ソートイエスのロカ"まで移動する予定になっている。
スクエアレーンを用いれば"彩りの都アナトリー"から直接向かうことができたのだが(移動費もいくぶんか安く済んだのだが)、その路線間で"崩落"があったという訳である。ついてないなぁ、と"黒衣"はひとりごちる。
「"ロカの町"には、"お祭り"を見にいくんすよね?」
質問というよりは、確認。そういう風に受け取られたのか、"姫"は"黒衣"を一瞥しただけで、特に返事はしてくれない。
……今のところ、"姫"がそれなりに言葉を発したのは、"黒衣"が子どものようにはしゃいでいた時の嘆息と、嫌そうな顔でこぼしたつぶやきくらいである。それも、どちらかといえば独り言のようなものだったが。
「どんな祭りなんすか? 屋台とか出ます?」
「……知らない」
お、と"黒衣"は口を動かすが、声には出さない。変に反応を示してしまうと"姫"が不機嫌になってしまうからだ。幸い、顔面を覆う黒布によって"黒衣"の反応は見えなかったからか、
「……お祭り自体は、よくあるたぐいのもの」
「そうなんすねー……?」
よくは分からなかったが、ちゃんと相槌を打っておく"黒衣"である。"姫"との会話を繋げるには必要なレスポンス。
「…………」
「えっと……?」
会話が途切れてしまった。ちゃんとマニュアル通り、やっていたはず……。
「あ、そうだ。じゃあなんで見に行くんすか?」
「……そのお祭りには、"実績"がある」
「へえ……? 自然現象とか、偶然の一致とかではなく? ……"お祭り"と言うからには、いわゆる神頼み系のやつっすよね? 無病息災、家内安全、大願成就的な? ……うん? 大願成就で包括してる?」
「…………」
「~~~」
疑問を一気にぶつけたらぶつけたで、"姫"は反応を返さなくなってしまう。扱いの難しい器械のようだ。動かすには
「……その"お祭り"は、」
「お」
「…………」
「~~~!」
……コツが要るのだ。そして相手の言葉に耳を傾ける、我慢強い心も。
「その"お祭り"では、実際に町が救われた」
今度は"黒衣"が黙り込む番だった。その言葉の意味を考える。がったん、ごっとん。トレーンが刻む走行音が、二人のあいだの沈黙を埋めていく。
「……あくまで、伝承だけど」
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