先輩の秘密

「ねぇあっくん、姫先輩に何かした?」


 バイト中、俺と夢はレジ番をしていた。

 レジのお金をまとめている最中、夢はそう聞いてきた。


「どうして俺が?」

「昨日控え室で姫先輩が『後輩君の浮気者・・・』って言ってたよ?」

「うっ・・・」

「ねぇ、これどう言う意味かな?浮気って?」


 怖い怖い、何その目・・・とにかく今は言い訳を・・・


「いやいや、その"後輩君"が俺である確証はー」


 俺が言い訳を言い終わる前に夢は話始めていた。


「姫先輩が年下の子を名前で呼ばずにって言うの、あっくんだけだよ?」

「え、そうなのか?」

「うん、だから」


 その言葉と共に俺は壁まで後退をさせられ、そのまま壁ドンをされた・・・


「浮気って何の事?付き合ってるの?」

「つ、つつ付き合ってない、ないよ!」

「じゃアレはなんなの?」

「アレ?」


 夢が指さした方に視線を向けると、壁から体を少し出しながらこちらを見ている先輩がいた。


 なにやってんだ・・・・あの人は・・・・

 なにやら口元から呪音の様なものが漏れている気がする・・・・気のせいだよな?


「せ、先輩?」

「あっ・・・」


 俺の呼びかけを聞いた瞬間に先輩は顔を引っ込め、控室の方へ消えていった。


「後輩君のアホ」と言う言葉と共に・・・理不尽な・・・


「で?」

「ん何が?」

「それで?アホの後輩君もといあっくんは何したの?」


 いやだからなんだよ!

 急に一言圧をかけてくる夢を前に俺はまた一歩後ろに下がった。


「何もしてないって!ただ一緒に買い物に行ってー」

「ぐほぉっ!」


 俺の言葉を遮るように、夢の手刀が俺の腹に直撃した。


「何すん・・・だ?」


 俺の質問に顔だけは笑っているのに恐怖を感じる雰囲気を感じとれる夢は答えた。


「それデートだよね?」

「いや・・・違う・・・かな?」


 そう言えば先輩もデートって言ってたっけ?

 心当たりがあるかは分からないが否定しきれない俺をさらに詰める様に顔を近づけてきた。


だよね?」

「はい・・・すみません・・・」


 何故俺が毎回怒られるの?


 俺がこの世の不条理頭を悩ませていると店の扉が開いた。


「いらっしゃいませ・・・・・・え!?」


 俺は入口の方に目を向けると見覚えのある人・・・集団がいた。


「おぉ!あんときの兄ちゃんやん、なんや自分ここで働いとんのか?」

「はい、先日はどうも」


 そう陽気に俺に話しかけてくれた男は十人程の集団の先頭に立ち俺に向かい指を指した。


 先日俺に絡んできたヤクザの兄貴分、関西のヤクザ【金狼連合】の松野さんだった。


「アニキ、コイツと知り合いなんですかい?」

「せや、前知りおうた器のおっきい兄ちゃんや、あんま迷惑かけんなや?」

「へいっ!」


 松野さんの後ろから顔を出した小太りの男は、胸元の入れ墨をチラつかせながら質問をし、俺の説明を受けると俺に一礼をした。


 やっぱり関西のヤクザってなんだか常識あるって言うか何というか・・・

 青龍会の方がヤバいんじゃない?


「ねぇあっくん、この人たち知り合いなの?」

「まぁちょっとな・・・」

「楓ちゃんの家の人?」

「いや、この人たちは金狼連合って言う関西のヤクザらしい」


 ヤクザの人達が会話をしている最中に、夢は小声で話しかけてきた。

 俺が先日絡まれた事も特に話さなかった為・・・って言うより、俺みたいな一般の高校生がこんないかにもなヤクザと知り合いな方が意味わからないか。


「えぇ!?」

「ど、どうした?」


 俺がヤクザ組織の名前を口にすると夢は小声のまま驚きの声を上げた。


「どうもこうも、あっくん知らないの!?」

「何が?」

「金狼連合の事!」

「うん、まぁ・・・夢は知ってるのか?」


 そんなに常識てきな事なの?

 俺今まで生きてきてそんな名前を聞く機会なんてなかったのに・・・


 俺の質問に夢は言葉を続けた。


「当たり前だよ!金狼連合って言えば関西最大のヤクザ組織じゃない!」

「・・・・まじ?」


 関西最大・・・?

 俺そんな組の人の名刺貰ったの?


「大マジだよ!西の金狼、東の青龍ってよくテレビで言ってるじゃん!」

「うそぉ・・・」


 俺の家ってテレビあったよな?

 ・・・そう言えば前に見たネットニュースにそんな事が書いていた様な・・・


「じゃあなんでそんな人たちがここに?」

「知らないよ!あっくん、知り合いなら聞いてよ!」

「えー!!俺が聞くのか!?」


 関西最大と聞くと、急に怖くなってきた。

 なんだろう・・・目の前の温厚なはずのヤクザ達が、鬼の様に見える・・・


「おーそうやそうや、こんなとこで立ち話しとる場合やない」

「ですね、ここはあっしが・・・」


 そう答えた小太りのヤクザが俺に向かい話しかけてきた。


「おう兄ちゃん、金本っちゅう女、ここにおらんか?」

「金本・・・?」


 俺が首を傾げていると、横にいる幼馴染が俺に耳打ちをして来た。


「姫先輩の事じゃない?苗字が【金本】の従業員は、姫先輩だけだよ?」

「先輩?まさか、どう見ても関係性無さすぎるだろ」


 ゲーマーの先輩とヤクザ?

 うん、やっぱり関係性が無さすぎる・・・

 先輩が借金してるって感じにも見えないし、やっぱり人違いじゃ・・・


 そう思った時、俺の頭の中にいた人物が控室から顔を出した。


「後輩君まかない作ってーや、そしたら浮気の事忘れたるか・・・・ら・・・・」


 そう言い、腹を啜りながらレジに顔を出した先輩は目を開くや否や体が石になったかの様に固まり、その控室から出てきた彼女を見るや否や、松野さんが一言発した。


「姫・・・・」

「ま・・・松野・・・・」


 互いに目を合わせたまま制止し、周りのヤクザはこちらに向かい中腰で頭を下げ、どこかで見たことがある挨拶を始めた。


「「「お疲れ様です、姫!!」」」


 挨拶を聞いた先輩はフラ付く様に一歩後退した。


「なんで・・・みんながここに・・・」

「会長との約束、覚えとりますか?」

「・・・・覚えとらん」


 視線を逸らしそう答えた先輩の言葉を聞いたヤクザは言葉を続けた。


「『三年間自由にしてええが、三年以内に恋人を作らんかったら、金狼の跡取りとして許嫁と結婚する』です、会長のこの条件をのむ代わりに、一人暮らしで上京したのでは?」

「うっ・・・それは・・・」


 許嫁?今時そんなのあるのか?

 でも・・・先輩の反応を見るに、嘘ではない様な・・・って言うか!!


「ほら、帰りますで?会長も三年ぶりのを楽しみにしてるさかい、はよう車に乗ってください」


 愛娘!?

 せ、先輩ってヤクザの娘だったの!?


 嘘だろ?こんな身近に東西最大規模のヤクザの娘がいるなんて・・・


 俺が驚いている間も先輩とヤクザの会話は続いていた。


「嫌や!ウチ家には戻りたない!!」

「我儘言わんといてください!約束言うたでしょ?」

「そんなんあの人が勝手に決めた事やん!ウチは大学もあるし、このバイトも辞めたないの!!」

「じゃあ、姫は今こ・・・恋人おるんすか?ぐはっ!!」


 うわっ!ヤクザの人達が吐血した!!

 なんなの?ヤクザってみんなこうなの!?


「お・・・おるおる!彼や!」


 へぇ・・・先輩って付き合ってる人いたんだ・・・・


 そう考えていると右腕に何か重たいものを感じた。

 俺はその重たい物の方に視線を向けると・・・


「こ、こんな時に何してんすか先輩!?」


 俺の腕に抱きつく先輩がいた・・・・


「彼が、ウチの恋人や!」

「は!?」

「あぁ?」


 驚く俺とは違い、ヤクザの目は俺を睨み捉えていた。


 あっれ?松野さん?

 さっきまでの明るい笑顔はどこいったんすか?


 「姫・・・嘘はいけませんで?ワシが何年姫の事見て来たと思っとりますん?」

「嘘やない!後輩君はウチのー」


 先輩の言葉を無視するように松野さんは胸元から取り出した拳銃を発砲した。


「なっ!何してんすか!!」

「安心せいや兄ちゃん、これは単なる麻酔銃や・・・」

「麻酔銃・・・?」

「せや、姫には悪いけど無理やりにでも連れ帰らせてもらうわ」


 そう話した松野さんは背後のヤクザ達に指示を出した。


「おい!姫を車まで運べ!」

「「うっす!!」」

「じゃ、兄ちゃんまた迷惑かけてすんまへん」


 二人のヤクザが先輩を抱え店の外に運びだし、その後に続いて松野さんが出ていこうとした。


 な、何が起こってるんだ?

 先輩がヤクザの娘で、許嫁がいて、彼氏作らないといけなくて・・・・

 麻酔銃で撃たれて、このまま大阪に連れてかれるって事!?


 俺は気づけば松野さんの腕を握り、引き留めていた。


「ちょ、ちょっと待ってください!」

「なんや?今忙しいねん」


 こ、怖い・・・この迫力・・・本物のヤクザの威圧感・・・

 恐怖する俺は震えながらも声を出した。


「せ、先輩嫌がってるじゃないですか・・・やめてあげてくださいよ・・・」

「退けや兄ちゃん、これはワシら極道の・・・金狼連合の問題や、カタギに用はない」

「それともなんや?ホンマに自分、姫の恋人なんか?」

「それは・・・その・・・・でも先輩が!」


 俺が言葉を詰まらせていると松野さんはまた胸ポケットに手を突っ込み口を開く。


「ほうか・・・ワシらと関わり持つってんなら兄ちゃん・・・・ここで死んどくか?」

「な、なに・・・を・・・・」


 俺はその言葉を聞き、首元にチクっとした痛みを感じとった瞬間に記憶が途切れた・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る