呼び方

「おはよう・・・・」


 首にタオルを巻いた夢は、頬を赤らめながらそう言った。


 昨日の事が忘れられずに、ほとんど起きたまま朝を迎えた俺は大浴場で朝風呂につかり、自室に戻る途中に宿内の廊下で夢と鉢合わせをした。


「お、おは・・・おは・・・」

「流石にその・・・・そんなに狼狽えられると、私まで恥ずかしくなるからやめて」


 誰のせいでこんな・・・こんな感じになってると思っているんだ!

 お前がその・・・・キ、キスなんてしてくるから・・・・


「昨日は改めてありがとう・・・・」

「あっうん・・・・もう足は平気か?」

「うん、保健室の先生にも見てもらって、湿布張って寝たから・・・まだ痛むけど歩けるよ」

「そっか・・・よかった」


 俺たちの会話はどこかぎこちなかった・・・・

 お互い様子を伺っている様なそんな気まずい空気があった。


「本当に・・・ありがとう」

「お礼なら良いって、昨日もお礼をー」


 昨日もお礼・・・・お礼・・・・お礼!?


 瞬間俺の頬は熱くなった。

 特に昨日、”アレ”をされた箇所が・・・・


「あっ!えっと・・・その・・・・」

「何思い出してるの?えっち・・・・」


 俺とは違い、割と冷静・・・・でもなかった。

 夢の頬もまた赤くなっていた。


 どちらかと言えばえっちなのはお前だろ・・・・


 気まずい空気にお互い黙っていると横の部屋の扉が開いた。


「ゆめぇ~私の歯ブラシしらない?」


 部屋からは見飽きたもう一人の幼馴染が眠そうな目を擦りながらゾンビの様な歩き方で出てきた。


 朝っぱらからアイツは何やってんだ・・・・って言うかどうしてまたアイツは当たり前の様に他クラスの部屋で寝ているんだ!


「あれ、はる!?」

「あんた何してんの?」

「そりゃこっちのセリフだ・・・・そんな寝ぐせボサボサで・・・・何他クラスの部屋で寝てんだ」


「ここは夢と青崎さんの部屋だろ?」

「いやぁ~ちょっと脱走を・・・・って!?」


「呼び方元に戻ってる!!!」


 俺が夢を昔みたいに読んでいることに気付いた香織は完全に目を覚まし、大声を上げた。


「橙山さん・・・まだ寝ている人もいるので、大きな声は・・・・って赤城君!?」

「あっ・・・おはよう・・・・あおさー」


 香織の声に反応するように、部屋から青崎が姿を現した・・・・と思えばまた部屋の中に消えた。



「こほんっ!それで・・・どうして赤城君が・・・・」

「あっその・・・偶然夢とここで会って・・・」


 すげぇ・・・一分くらいで寝ぐせ治ってる・・・・


 バタバタとした音を一分ほど聞いた後、青崎は整った髪を揺らしながら部屋からまた出てきた。


「あー!また名前で呼んだ!」

「確かに・・・昨日までは桃原さんの事は苗字呼び・・・でしたよね?」

「あっ、いや・・・・それは・・・」


 指を指し指摘する香織と、ジト目で俺を見てくる青崎・・・・と夢!お前はいつまで恥ずかしそうにしてんだ!


「まぁその・・・ちょっと昔に戻っただけだよな!夢!」

「う、うん・・・」


 恥じらいながらも証言をしてくれた事を二人に伝えた。


「と言う訳で青崎さん、別に怪しい事は何もしてないよ?」


 その言葉を聞いた彼女は何故か頬を膨らましたままそっぽを向いた。


「青崎さん?」


 まだ無視をされている・・・・


「えっと・・・俺何かー」


 流石に事情を聞こうとした時、彼女は口を開いた。


「約束・・・忘れたのですか?」

「約・・・束・・・?」


 俺が約束とやらの記憶を思い起こしていると、青崎は言葉を続けた。


「桃原さんまで名前で呼んで、私との約束を守らず私には苗字呼びを続けるのですか?」

?」

「あっ・・・・そう言う」


 確かに青崎とした約束を思い出した。


 肝試しで夢を探しに行く代わりに、青崎さんの事を名前で呼ぶって約束を・・・・


 マジでやるの?


「言ってくれるまで、返事しませんから!」


 そう言ってまたそっぽを向いた青崎はチラチラと俺を見ている・・・・


 もうこれ、公開処刑だろ・・・・でも、約束だしな・・・


 俺は意を決して名前を呼んだ。


「えっと・・・・その・・・・」

「はい!遥くん・・・・」


 なにコレはっずぅ!

 名前呼びって、幼馴染意外だとこんなに恥ずかしいことなの!?


 俺が名前呼びに動揺していると、先程まで恥ずかしがっていた夢までもが俺をジト目で睨んできた。


「あっくん?何デレデレしれるの?」

「私がした時より頬、緩んでない?」

「おまっ!それは!!」


 背後に感じた寒気に振り返ると


「はる・・・・本当?」

「どういう事ですか?遥くん・・・」

「えっと・・・何が?」


 もう”何”かは分かっていたが、こう聞き返す他に選択肢はなかった・・・・

 青崎さん?五秒前まで微笑んでいた笑顔はどこに行ったのでしょうか?


「夢とキスしたって・・・・」

「昨日は桃原さんを探しに行っていたのでは?」

「いや、あれはその不可抗力みたいなもんで・・・・それにほっぺたにちょっと当たったくらいでー」


 香織は俺の言葉を聞く気もなく、言葉を挟んできた。


「本当なんだ・・・・」

「か、香織さん?」


 何その黒い影みたいな・・・・纏ってるの?

 そのオーラ的な奴って纏えるの?


「やっぱり、一度あんたのその浮気癖を治す必要がありそうね」

「何言って・・・別に俺とお前はー」

「問答無用!!」


 某幼馴染から繰り出された理不尽極まりない拳は、俺を目掛け一直線に向かってきた。


「や、やめろぉぉ!!!!!!!」

「赤城!うるさいぞ!!!」


 叫ぶ俺の声を聞いた先生が廊下に現れたが・・・・

 その後、何故か俺だけ先生に怒られた・・・・厄日だ。


 俺の林間学校は幼馴染との仲直りと顔面の傷を得て終わりを告げた。

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