幼馴染のあっくん

(あっくんだ・・・・)


 高校入学の日、同じ教室に彼は居た。

 引っ越しをして以来五年振りに見る彼【赤城遥】は昔と何一つ変わらない様子だった。


 ううんやっぱりちょっと変わってる。


 ・・・背、おっきくなったなぁ。

 また眠そうにあくびしてる・・・夜更かしの癖は直ってないのかな?


 また・・・話しかけても良いのかな?


 私は引っ越し前週の以来、あっくんに避けられていた。


 話しかけてもどこか溝がある様な・・・一緒にいた香織ちゃんとの話し方の違いを見れば、私が避けられている事は一目瞭然だった・・・でも。


 でももしかしたら、五年も経ったら普通に話してくれるはず・・・

 どんな運命かわからないけど、あっくんと同じ高校にいるんだ、このまま話せないまま卒業なんて嫌だよ。


 私は勇気を出してあっくんの席に向かった。


 机の上で頬杖を突いて、眠そうにしているあっくんの前に立つと、目の前に人が来た事を知り、あっくんは顔を上げた。


 彼は私を見るなり、大きく目を見開いた。


 気付いてくれた!


 まだ言葉を発してはいないが、驚いているのが分かる。


「久しぶり・・・」


 私はあっくんに向かい微笑んだ。


「おま・・・なんで・・・引っ越したんじゃ・・・」

「実はね、お父さんの仕事でこっちに帰って来れることになってね」

「たまたまこの学校を受験したんだけど、まさかあっくんに会えるなんて思ってなかったよ」


 話せた!

 今日は目線も晒されていないし、会話も・・・上手くできてる気がする!


「そっかぁ、香織もクラスは違うけど同じ高校にいるんだよ」

「後で会いに行ってやってくれ」

「うん!もちろん!」


 香織ちゃんも一緒なんだ!!

 あっくんと同じ高校に行く為に、苦手な勉強頑張ったんだろうなぁ。


 この高校の偏差値は平均の中の上くらい。

 勉強嫌いでいつも頭を抱えていた香織ちゃんが合格したって事は、相当努力した事なのだと直ぐに理解できた。


 香織ちゃんに会いに行ったら喜んでくれるかな?


 そう考えていると、あっくんは私に言葉を・・・


「またよろしくな」





「!?」

(もう・・・・名前ですら呼んでくれないんだね・・・)


 あっくんは変わってはいなかった・・・・と言うよりももっと深い溝が出来ていた・・・


 受け入れたくない言葉に、瞳に溜まった涙が落ちない様に堪えているとタイミングよくチャイムが鳴ってくれた。


「うん・・・・こちらこそ・・・・


 呼びたくない・・・あっくんを・・・

 こんな他人行儀な呼び方で呼びたくない!


 でも・・・きっともう”あっくん”って呼んで欲しくないんだよね。


「じゃあ、私行くね・・・」


 私はそうあっくんに伝え、自分の席に戻った・・・


 こんな気持ちになるならあの時に・・・・もっと早くに告白しておけばよかった・・・


 * * * *


 私の自宅の近所には同い年の男の子と女の子がいた。

 物心が付いた頃からいつも一緒にいた【あっくん】と【香織ちゃん】は私の大切な幼馴染。


 二人は気弱で人見知りの私の前をいつも歩いてくれていた。


「待ってよ、あっくん!香織ちゃん!」


 私には二人の背中がいつも遠くに見えていた・・・


「はるが寝坊したからでしょ!」

「痛っ!!」


 いつもの様に香織ちゃんがあっくんの頭を叩く。


 本当、いつも仲が良いよねこの二人って・・・・


 でも私もいつかあっくんと、香織ちゃんみたいに・・・




「はる!今日は私習い事があるから、ちゃんと夢の言う事聞いて一緒に帰るんだよ!」

「お前は俺のお母さんか!」


 教室に着く前にも、二人の仲の良さは健在だった。


 今日の帰りはあっくんと二人っきりなんだ・・・・

 香織ちゃんには悪いけどちょっと嬉しいな。


「夢、はるの事お願いね!」

「うん!香織ちゃん、また休み時間にね」

「俺は問題児か!!」


 香織ちゃんに頼ってもらえた・・・

 顔には出さないように気を付けていたが、少し嬉しさで頬が緩んでしまった様に思った。


「あっくん、行こっ・・・」

「へいへい」


 五年生になった今年は香織ちゃんとは別々のクラスになってしまった。

 香織ちゃんは私とあっくんに向かい手を振りながら教室に入って行き、私もあっくんの手を引きながら私達の教室に入ったのだが・・・


「ヒューヒュー!」

「毎朝仲良い夫婦だね!」

「遥と香織は本当お似合いだよね~」


 今日も今日とてあっくんと香織ちゃんを、お似合いと茶化すクラスメイト達の声を隣で聞いていた。


 私はこの時間が苦手だ・・・

 あっくんもあっくんで、香織ちゃんに気がないならちゃんと否定してくれればいいのに・・・


(あっくんのアホ・・・)


 私が不貞腐れているとあっくんの親友でクラスメイトの男の子が話しかけてきてくれた。

 これもまたいつもの様に。


「おはよう力也君」

「おう、夢もおはよう!」


 あっくん繋がりで知り合った力也君はいつもクラスの女の子から人気だった。


「力也君!日曜日私とお出かけしない!?」

「ちょっと邪魔しないで!私が力也君と遊ぶの!」

「何言ってるの、私よ!」

「いいえ、私よ!!」


 確かに顔はかっこいいし頭も良い、性格も良いのだから女の子の反応は当然だ。


 力也君の方を眺め会話をしていると、絶賛モテモテ中の力也君に嫉妬したあっくんは羨ましそうに言葉を発した。


「あーあ、良いなぁ~。俺もあれだけ女子にモテてみたいなぁ」


 多分あっくんは女の子にチヤホヤされたいだけなんだろうな。

 そう言う所はまだ子供なんだろうけど・・・・まったくもう・・・


 私がいるんだからそんな事思わなくていいのに・・・・


「いいよあっくんは・・・・一生モテなくていいの」

「いや、なんでだよ!俺だってモテたいのに!」


 ほらね、やっぱりそうだ・・・もう、本当にこの鈍感は!


「あっくんのばか・・・・」


 その言葉の後に私は席に着き授業を受け始めた。


 * * * *


「あっくん遅いな・・・」


 授業が終わった夕方。

 私は教室であっくんを待っていた。

 なんでも香織ちゃんが、借りてた本を返し忘れていたのだとか・・・


 自分の席に座り待っていると教室に近づく足音が聞こえてきた。


 あっくんかと思い扉の方を確認したが、そこに立っていたのは同じクラスの仲のいい女の子だった。


「あれ、夢ちゃん一人?遥君は?」

「あっくんは今図書室に行ってるよ。あっくんに何か用だった?」

「あっ・・・うんちょっとお願いがあって・・・」


 同じクラスの女の子【七瀬愛奈ななせあいな】は頬を赤らめながらそう話す。

 愛奈ちゃんの茶髪のミディアムヘアが教室を吹き抜ける風に揺られていた。


 まさか!あっくんの事を!?

 どうしよう!愛奈ちゃん可愛いし、あっくん直ぐに返事返しちゃいそう!


「実は・・・力也君と仲の良い遥君にコレを代わりに渡してもらいたくて・・・」


 彼女がポケットから出したラブレターを見て、私の嫌な予感は直ぐに外れた事を理解した。


「愛奈ちゃん・・・力也君の事が好きなの!?」

「うん・・・・でも恥ずかしくて・・・上手くお手紙渡せそうにないから・・・」


 そう言う事だったのね。

 でも、そう言う事なら・・・


 私は安堵の深呼吸をしてから愛奈ちゃんに提案をした。


「愛奈ちゃん、もし良かったら・・・・私が力也君に渡そうか?」

「え?いいの?」


「うん、私もあっくん繋がりで力也君とはお話しやすいから・・・それに、応援したいから」

「夢ちゃん・・・・ありがとう!!」


 私の言葉に愛奈ちゃんは目を見開いていた。

 力也君はう女の子人気が高すぎて、お付き合いできるかわかんないけど。

 私で力になれる事なら・・・・


「うん!じゃあ早速探してみるね!」

「あっ、待って夢ちゃん!」


 力也君を探しに行こうとした私を呼び止めた愛奈ちゃんはまた別のお願い事をした。


「その・・・夢ちゃんにお願いする事になったわけだし、力也君と仲の良い遥君にはラブレターの事秘密にしてもらえない?」

「うん、分かった!」


 私はその言葉を伝え、力也君を探してみることにした。


 職員室、体育館、グラウンド・・・・後は下駄箱も見ておこう・・・


 下駄箱に着いた時、聞き馴染のある声が聞こえた。


「おーい、夢」


 私はとっさに愛奈ちゃんのラブレターを背中に隠した。


「先に帰るなら言っといてくれよな」

「夢、どうかしたのか?」


 下足に履き替え、いつもの様に私の方を振り返り確認してくれたのだが・・・・


 今日は力也君を探して子のラブレターを渡さないといけない・・・

 嘘に聞こえると思うけど・・・


「う、ううん大丈夫・・・・ごめんね。今日は先に帰っててくれる?」


「何かあるのか?」

「別に・・・何もないけど、今日は一人で帰りたい気分だなぁ~って・・・」


 あっくんから背中が見えないように意識しすぎたせいか、いつの間にか自分が持っていたラブレターがあっくんと私の間に落ちている事に気付かなかった。


「ん?なんか落ちたぞ?」

「だっ、だめぇー!!」


 私の制止を聞く前にあっくんは、差出先が書いたラブレターを見てしまった。


 ど、どうしよう・・・・あっくんに愛奈ちゃんのラブレターが・・・

 とにかく言い訳を!


「あっ、あっくん・・・これは違くて・・・・」

「な、なんだよ、そうならそうと早く言ってくれれば良かったのに・・・・」

「お、俺・・・・力也と仲良いからアシストしてやったのにさぁ!」


 どうしよ・・・絶対誤解してるよ。

 これは私のラブレターじゃないのに・・・

 私が好きなのは、力也君じゃないのに・・・


「ち、違うの・・・私はあっくんが・・・」


「ほ、ほら返すよ!ごめんな勝手に見ちゃって!」

「お、俺応援してるから!頑張れよ!!」


 あっくんは私の言葉聞いてくれずに、帰ってしまった。


 あっくんはその日以降、私とまともに目も合わせてくれず・・・・なんだか避けられている気がした・・・

 結局おとうさんの転勤で引っ越す事になった日もあっくんは・・・・


 高校で再会する日まで、私があっくんを思わなかった日は一度もなかった・・・

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