過去の記憶・・・
「では、あっしはこれで失礼しやす」
「あっはい!ありがとうございました!」
俺と香織は、自宅前で青崎の運転手にお礼とお辞儀をしていた。
時刻は十九時過ぎ。
時間も時間なので、青崎主催の勉強会はお開きとなった。
俺たちは各々の自宅に青崎の運転手に送ってもらっていた。
「赤髪の兄ちゃん、ちょっとええか?」
俺もそのまま自宅に入ろうとした時、運転席の窓から運転手のおっちゃんが俺を呼び止めて来た。
「はい・・・」
俺は先ほどの飯田のおっさんと同じと似たような呼び止め方に、身構えてしまったが・・・
「お嬢は昔から家や俺らヤクザが原因で友達ができんかったみたいでなぁ、今日は久々にお嬢の楽しそうに笑った顔を見れた。兄ちゃん達には感謝するわ」
「お嬢と今後も仲良うしてやってくれんか?」
運転手の口から発せられたのはただの昔話とお礼、あとは親の様なお願い事だった。
意外・・・でもないか。
青龍会の人達は青崎を家族と・・・娘と思っているみたいだし。
でもなんだろう、この人は他のヤクザの人達と何か違っていた。
まともって言うと失礼かな?
まぁでも俺の返事は決まっている。
「もちろんです!」
「そうか、ありがとうな」
「お嬢ちゃんも、よろしゅうな」
「はい!」
横にいた香織にも声を掛け、香織は笑って言葉を返した。
やっぱりこのおっちゃんは他のヤクザと違ー
「まぁでもお嬢を泣かせたら兄ちゃんでも東京湾に沈めるさかい、よろしゅうな」
同じだった・・・
その言葉と共に運転手のおっちゃんは帰っていった。
遠くなって行く車を見つめたまま香織は口を開いた。
「だってさ~。まぁでも楓ちゃんを泣かしたり、変な事したら私が先にはるを殺すかもね。アハハハ」
「笑いながらおっかない事を言うなよ・・・・」
コイツがいつも何に怒っているのかがわからん・・・・
今度怒られたら、ちゃんと理由も聞いてみよう。
そう考えていると香織は何かを思い出し、俺に質問をしてきた。
「そう言えば、さっき夢についての話してた時に辰彦君に言ってた『色々ある』ってアレなんだったの?」
「・・・・あれは」
香織の質問は止まらなかった。
「もしかして夢が引っ越す一週間前くらいから二人が仲悪くなった事と関係あるの?」
「別に・・・もういいだろ?昔の事なんだし」
「じゃあ、また明日」
「あっ、ちょっとはる!」
俺はそのまま逃げるようにその場を後にした。
自宅に戻り、俺は暗いリビングで一枚の写真が入った写真盾を手にしていた。
小学四年生の時の運動会の写真・・・・
俺と香織と桃原が並んで立ち、俺の足を掴んでいる美穂と四人で撮った写真。
香織は相変わらず俺の腕に抱きつき、桃原は俺の服を少し握っていた。
この頃はただ、誰にでも優しかった桃原に・・・・夢に俺は憧れていた・・・・
* * * *
「待ってよ、あっくん!香織ちゃん!」
通学時、少し先を走っている俺達に手を伸ばし、夢は必死で俺と香織を追いかけていた。
俺たちは夢が追いつくのを待った後、少し木陰で休憩をした。
「遅いぞ夢、このままだと遅刻しちゃうぞ?」
「はるが寝坊したからでしょ!」
「痛っ!!」
俺の頭を容赦なく叩く香織の男勝りな性格は、今と変わらず幼少期から健在だった。
俺が痛みを抑えるために頭を抱えていると、夢はランドセルから取り出した水筒にお茶を入れ俺の方へ突き出す。
「はい、あっくん」
「え?」
「お茶飲まないと【ねっちゅうしょう】になるってテレビで言ってたよ?」
「なんかよくわかんないけど、俺は自分のあるからいいよ」
「じゃあ私、貰い!!」
俺が断った事を聞くや否や香織はコップを奪い取り、仕事終わりのサラリーマンの様にゴクゴクと喉を鳴らしながら飲み干した。
「プハァー!」と言う声付きで・・・・
「ごちそうさま、夢」
「おかわりもあるけど大丈夫?」
「うん、ありがと!後は夢が飲んで!」
夢はいつも自分よりも他を優先して助けようとする女の子だった。
道端でおばちゃんが困っていたら直ぐに駆け寄り助けるし、電車やバスでお年寄りが乗ってきたら真っ先に席を譲る。
迷子を見つけたら一緒に親を探して、ケガをしたらいつも絆創膏を貼ってくれた。
宿題で分からない所があれば教えてくれるし、教え方も分かりやすい。
気弱だけど、頭がよくて誰にでも優しい夢は俺の憧れの女の子・・・
「何してるの?置いて行くよ、はる!」
「あっくん、大丈夫?」
二人は俺の方に振り返り聞いてくる。
「うん、今行くよ」
五メートルほど先に進んでいた二人に追いついた俺は今日も三人で小学校に向かった。
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