帰り道

「あの、すみません!」

「え!?」

 突然青崎が頭を深く下げ、謝罪をしてきた。

 正門で”女の子が男に謝罪をしている”こんな光景を素通りする生徒などいるはずもなく。


「何あれ?女の子に頭下げさせるとか最低!」

「てか、あの子青崎さんじゃん!」

「青崎に謝罪をさせるなんて、あいつ何者なんだ!?」

 まずいまずいなんか視線が集まってる・・・・

 青崎さんって普段こんな気持ちだったのか。

 ってそうじゃなくて!


「ちょ!いきなりどうしたの?」

「私が話しかけた事で、あの・・・橙山さんが」

 そういう事か・・・・

 別に青崎のせいではないだろうけど、どうしてアイツあんなに不機嫌だったんだ?

 俺がアイツに取る態度なんて今までとさっきとで特に変わりなんてなかったのに。


「青崎さんが原因って事はないと思うから、頭あげて!」

「わ、わかりました。突然すみません」

 俺は”あはは”と周囲に笑いかけるが、なんだかもう手遅れなきがした。

 そのまま立ち止まっていた生徒たちも校舎に入る様に歩き出す。


「まぁアイツとは今晩も合うわけだし、流石にその頃には機嫌も直ってるだろうから」

「先ほど仰られていた”十九時”の事ですか?」

「あっうん、今日は晩御飯を一緒に食べる日なんだ」

 家に親が居ない俺を気遣って食事に誘ってくれた橙山家の家族達。

 週に一回お邪魔させてもらう日が今日なのだ。


「一緒にご飯・・・・ってお二人で、ですか!!?」

「ち、違う違う、アイツの家族とだよ」

 ち、近い!急に距離詰めないでくれ・・・・あっ良い匂い・・・・


「俺、ウチに親がいなくて、香織の親とは昔から仲良かったから一人の俺を気にして、食事に誘ってくれるんだよ」

「す、すみません!!」

「は?え!?なんでまた」

 また歩き出した生徒たちが足を止め俺たちを見てくる。

 なんでこの子また俺に謝っちゃってんの!?

 やばいって、なんかみんなゴミを見る目で俺を見てるし・・・・


「辛い事を思い出させてしまったみたいで・・・・すみません!」

 辛い事?辛い事・・・・・・あっ!

 俺は自分の発言を振り返り、青崎の言いたい事がなんなのか理解した。


「ち、違うよ!別に”親が亡くなった”とかじゃないから!」

「そ、そうなのですか?」

 下げた頭を上げ、俺を見る青崎はそう聞いた。


「うん、仕事でいないだけ」

「普通に生きてるし、毎日連絡を取ってるよ」

 父親は長期出張、母親は作家で編集者に近い場所に家を借りている。

 親子の仲が悪いわけではない、どちらかと言うと良い方だ。

 月に一度は帰ってきてくれるし、何より両親の働いている姿が好きだ。


 父が仕事で活躍した話を聞けば嬉しいし、母の本が売れれば周りに自慢したくなる・・・・・したことないけど。

 それに俺の隣人にもう一つの”家族”と呼べる人達がいてくれるおかげでそこまで寂しさを感じた事はない。

 ここはやっぱり、香織に感謝だな。


「そうですか、よかった」

 青崎はホッと一息つくように胸に手を当て息を吐いた。

 意外と直ぐにパニックになるタイプなのか・・・・ここも青崎さんの知らなかった一面だな。


 キーンコーン


 会話をしていると予鈴が鳴り始め、付近の生徒は慌てて走り出す。


「青崎さん、とりあえず俺たちも急ごう!遅れたら担任がうるさいし」

「そ、そうですね!行きましょう」

 ようやく俺は教室にたどり着いた。


 * * * *


 学校も終わり、皆それぞれに動き出す。

 部活に行く者、アルバイトに行く者・・・・当然俺は即帰宅。

 帰宅部エースの名は伊達ではない。

 今朝珍しく一人で登校した青崎は普段通り、リムジンに揺られ帰宅した。

 話を聞くと、今朝の一人登校を認めてもらう代わりに、帰りは迎えに来る事を許可したらしい。

 お嬢様と言うのは大変だな。


 いつも通りヤクザ達が二列に並び、車までの道を作る。

 その中を通る青崎だったが、車に着いた時こちらに振り返り、小さく手を振ってきた。


 口パクではっきりとは分からなかったが口の動きを見るに、おそらく。


「またね」と言ってくれていたと思う。

 俺は返事は返さなかったが、青崎に向け手を振った。


 ちなみにヤクザ達には凄い顔で睨まれた・・・・・


「アイツ、もう帰ったのかな?」

 青崎を見送った俺は一人正門前で呟いていた。

 今までアルバイトなどの用事がある時以外は必ず一緒に登下校していた”騒がしい奴”。

 授業が終わるや否や俺の教室までやってきて一緒に帰るのだが、今日は教室に来る事はなく、香織の教室に行っても姿は見当たらなかった。


 今日、バイトあるって言ってなかったよな?

 まぁいいか、香織がいないなら【マイケル】も聞き放題だし。

 俺はカバンからイヤホンを探り出し装着、慣れた手つきで音楽を再生し自宅に向け歩き始めた。


「バッバットゥスリラー~スリラ~ナイ、アンドノウワンフンフンフン♪」

 相変わらず何言ってるかわかんないな・・・・俺。


 しばらく歌えない歌詞を口ずさみながら歩いていると前方に見慣れた人影が見えてきた。


 あれ?香織じゃん。

 俺はイヤホンを外し、香織に駆け寄っていった。


「おーい、香織」

「ん?何だはる、か・・・・」

 呼びかけに対し、気怠い目で振り返る香織は、俺を確認した途端に再び歩き始めた。


「何だとは何だ」

「て言うかなんで今日は先に帰ってたんだ?一声かけてくれればお前を探す手間が省けたのに。」

 歩きを止めない香織に付いていく様に話を続けるが、一向に足を止める気配がない。


「別に・・・はるは青崎さんと帰りたいんじゃないの?」

「青崎?なんで?」

「青崎の家はウチと真反対だぞ?」

 ついには進行方向を向いたまま会話を始めた。

 普段よりもトーンの低い声で。


「なに?はる、青崎さんの家にも行ってるの?」

「行ってないよ、お前も青崎の家くらい知ってるだろ、グルグルマップに載ってるんだし。」

 ようやく足を止めて振り返ったと思えば、気怠い目のまま少し俺を睨んでいる。

 青崎の家・・・・と言うより青龍会本部は地図アプリでも【青龍会】と打てば表示され、校内で少しの間有名になっていた。

 ちなみに俺も調べたことがある・・・・


「あっそう・・・・じゃあ・・・・」

「ちょ、ちょっと待てよ!どうしたんだよ、お前今日なんか変だぞ?」

 またしても歩きだそうとした香織の肩を掴み、声をかけたが振り払われてしまった。


「変じゃない・・・・と言うよりはるの方が、変だよ」

「俺が?」

「そうだよ、先週まで青崎さんの事”怖い”って言ってたクセに・・・・」

 確かに先週のヤクザのお嬢様口調を聞いたときは怖いとは思ったけど、関わりたくないと思うほど恐怖していた分けじゃない、それにあの後に青崎の本心を知れた今、前のように怖いと思う事はなくなった。


「いやそれは、俺が青崎の事を何も知れていなかっただけでー」

「今はもう知ってるんだ・・・・」

 被せるようにそう聞く香織の足はまた止まり、こちらを見る。

 コイツだけじゃない、学校の人達も青崎の事をちゃんと知れば、彼女に対する見方も変わるに違いない。

 少し含みのあるような言い方をしてくるが会話を続けた。


「なんだか良くわからないけど、お前も青崎の事を知ったらー」

「”お前”、”お前”って言わないでよ!!」

 青崎がどう言う子なのかを説明しようとした時、香織は急に声を荒げ、地団駄を踏んだ。

 木々は揺れ、少し風が吹く。

 香織の声を良く聞こえやすくするかのように、辺りは静かになった。


「どうして私は”お前”とか”アイツ”とか”コイツ”呼びで、ちょっと知り合った青崎さんは名前で呼ぶの!?」

「私の話はいつも適当に聞くクセに、青崎さんとはニコニコして!!」

「そんな事で怒ってたのか?そんなのいつもの事だろ?」

「そんな事ってー」

「あれ?はるにぃさんとおねぇちゃん!今帰り?」

 香織は怒りのまま言葉を続けようとしたが、二人の背後から聞きなじみのある声が聞こえ、振り返った。

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