地獄の食事会

「あれ?はるにぃさんとおねぇちゃん!今帰り?」

その声に振り返ると、香織に似ている雰囲気の女の子がいた。

オレンジの長髪とメガネが特徴的な少女はそう言った。


「あっ、うん・・・・美穂、お帰り」

「うん、はるにぃさんも」

そう答える少女は小さく手を振りながら近づいてくる。

俺の家の隣に住む中学三年生の女の子【橙山美穂とうやまみほ】つまり香織の妹だ。


「なに?おねぇちゃんどうしてそんなに機嫌悪いの?」

「えっと、その・・・・」

察しの良い・・・と言うより誰がどう見ても不機嫌な顔をしている香織を見て美穂は尋ねるが、何も答えずその場で突っ立っている。

俺も俺でどう答えたらいいか分からずに頬を掻いていた。


「別に・・・・美穂には関係ないでしょ」

「ちょっ!おい、香織!」

そう言い再び歩き出そうとする香織を呼び止めようとしたが、そのまま歩き去って行った。


遠くなっていく香織の背中を美穂と二人で黙ってみていたのだが。

正面を向いたまま美穂がため息と共に口を開いた。


「はぁ・・・・どうせはるにぃさんがまた何か余計な事言ったんでしょ?」

「うっ・・・・」

悪気なくいつもの様に話してたとはいえ、俺が原因で機嫌を悪くしていた事を見事につかれた。


「何があったの?」

「・・・・実は」

俺は先ほどの会話の内容を話したが、美穂は終始呆れた顔をしていた。

普段の香織ならば、呼び方や話を聞く態度なんかじゃ不機嫌になることはない。

俺は未だにハッキリとした原因が分からないまま話していると、話を聞き終えた美穂が口を開く。


「にぃさんはさ、二年前のバレンタインの日におねぇちゃんが怒ってた事忘れたの?」

「わ、忘れるわけないだろ?あんなにキレた香織を見たのは初めてだったし。」

「三日間もまともに会話すらしてくれなかったんだぜ?」

二年前、中学二年生のバレンタインの日、香織は今回の様に珍しく怒っていた。

あの三日間は会話どころか登校すら一緒にしてくれなかった。


「その様子じゃ覚えてても、怒ってた理由はまだ理解してないみたいだね」

「え!?俺が寝坊して朝一にチョコ受け取らなかったからじゃないのか!?」

メガネを指でクイッと上げながら変わらないトーンで話す美穂に質問をするが、返ってきたのは先程よりも深いため息だった。


「・・・・・もう、何でもいいから早く仲直りしてよね。」

「お父さん、にぃさんが来るからってめちゃくちゃ張り切って仕事行ってたから。」

「す、すまん・・・・」

年下の中学生に呆れられた俺は、ただ謝る事しかできなかった。

今日の食事会を不参加にさせてもらおうとも考えたが・・・・おっちゃんも張り切ってるみたいだし。


「・・・・・私も楽しみだったから」

「ん?なんて?」

「な、なんでもないよ。ご飯までにおねぇちゃんと仲直りするんだよ!」

ボソッと何かを発したが聞き取れなかった。

その聞き取れなかった言葉の変わりのように美穂に念押しをされ、俺たちは一度それぞれの家に帰宅した。



既読にすらならない・・・・

自宅に着き、夕食まで約三時間。

何をすればいいか分からないけど、流石に何もしないと美穂に怒られる為、とりあえず香織にRAINをしてみたのだが・・・・完全に無視。


ヤバい・・・・ここまで怒った香織は初めてだ。

中二の時よりもって・・・・・怒るたびに”初めて”を更新してるじゃん。

どうしよ、このままじゃ美穂にも怒られる。

アイツ怒ると香織よりも怖いからなぁ。

頭がいいからか、言葉で逃げ道を封じられ、ただただ圧力のある説教が始まる。

・・・・・あぁ、思い出しただけでも怖いわ。


【橙山姉妹を怒らせてはいけない】これが俺の中の認識である。


結局何もしない・・・・できないまま時刻は十九時前になっていた。

とりあえず俺は幼馴染とはいえ、人の家にお邪魔しに行くので、部屋着からカジュアルな服に着替えて家を出た。


徒歩五秒。

右隣の家のインターホンを押すと家内からこちらに向け歩いてくる音が聞こえた。


普段ならドタタタと玄関まで走ってくる音で香織が来たとわかるのだが・・・・


「なんで何もしてないの?」

「すいません・・・・」

香織の代わりに玄関を開けてくれた美穂に開口一番に怒られた。


「私との約束は?」

「ち、違うって!俺ちゃんとRAINも電話もしたんだって・・・・」

「でも仲直りできてないのは事実でしょ?」

「うっ!!」

怖い怖い・・・もう逃げ道がなくなってきている。

玄関のライトが眼鏡に反射して美穂の瞳は見えないが、間違いなく気怠い目で俺を見ているのが分かる・・・・

この目はアカン。


万事休すかと思った時、リビングから俺たちを呼ぶ声が聞こえた。


「美穂、遥!玄関で何やってるの?」

「ご飯できたから運んでちょうだい!」

お、おばさん!!助かったよ・・・・あんたは俺の女神だ。

俺は内心泣きながら感謝をした。

その言葉にお互い「はーい」と返事を返しリビングに向かったが、美穂は当然納得していない様子だった。


「遥ぁ!久しぶりだな、元気にしてたか!?」

「おっちゃん・・・・先週会ったばっかりだよ?」

「何!?俺は半年ぶりの気分だったぞ!ハッハッハッ!」

黒髪で眼鏡をかけたガタイのいい壮年の男性【橙山健司とうやまけんじ】はリビングに入った俺を見るや否や俺に近づき、笑いながらドンドンッと背中を叩いてくる。


「ウチの娘達がお父さんに冷たいから、遥に会いたくてしょうがなかったのよ」

「お、おばさー」

「あぁ!?」

「お、お義母さんからも何とか言ってやってよ・・・・あははは。」

いや、こっわ!!

今さっきまでニコニコ笑いながら話していたと思ったら急に・・・・橙山姉妹の恐ろしさは間違いなく母親譲りだな。


「私が言ったくらいでどうこうなるのなら、この人はもっとまともだわ」

オレンジ色の髪を結び、エプロンで手を拭きながらキッチンから出てきた女性【橙山香穂とうやまかほ】はサラッと毒を吐いた。


この人達が俺の幼少期より家族のように接してくれている隣人【橙山家】

怒ると怖い母・長女・次女、陽気な父・・・・そして俺。

後にたった一言で地獄と化した五人の今週の食事会が今始まる!!

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