第4話 野菜スープうどん

'うわ!ゲロまず……吐きそう'


数分前の期待を返せ。


そう思うほど料理は最悪だった。


パンは硬いしまずい。


スープは味がない。水とたいして変わらない。


そして何よりメインの魚を使った料理だ。


元の世界ではこの料理を食べたことも見たこともないので名前は知らないが、一体どんな風に作ればこんなまずかなるのか知りたくなるほど最悪だ。


食べれば吐きそうになる。


食べなければお腹が空く。


最悪の悪循環に陥り泣きそうになる。


それから一時間かけて全ての料理を平らげたが、その後すぐに吐きそうになり慌てて外へと出て吐く。


そのまま気分が悪くなり一日中、ベッドの上で過ごした。


夜はだいぶ良くなり風呂に入ろうと思い浴室はどこかと侍女に尋ねるとこの家にないことを教えられる。


風呂が自宅にあるのは皇族、公爵、金持ち商人だけだと知る。


そして風呂を所有している者たちも基本一ヶ月に一回しか入らない。


私は侍女から話を聞いて一番最初に思ったことは「私、今日風呂入れないの?」だった。


その次に思ったことは、もしかして、もう一生風呂に入れないかもしれないってこと。


私は目の前が急に真っ黒になりそのまま意識を手放した。



料理はまずい、風呂には入れない。


さすがの私もこれは耐えられなかった。


詐欺で役を演じているときに同じ状況になったことはあるが、それは終わりが見えていたから耐えられただけ。


今はその終わりが見えない。


これでは何を楽しみに頑張ればいいかわからない。


私はこの世界にきて3日目でギブアップした。


元の世界に返してくれ、と一度も神に祈ったことはないのに何度もいるかもわからない神に祈った。


意味はなかったが。


もう何もしたくなくてベッドの上にいると、主人公の二人に無理矢理起こされた。


さすがに今日は扱い酷くない?とは思ったが、そんな気力はなく黙っていた。


「お嬢様。今日はこちらに朝食をお持ちしましょうか?」


オリバーの言葉に私はゾッとして慌てて止める。


「やめて!それだけは絶対にやめて」


またあのゲロまず料理を食べないといけないと思うと気分が悪くなる。


'あー。こんなことなら自分で作った方がマシだね……ん?……そうじゃん!自分で作ればいいじゃん!なんでこんな簡単なことに気づかなかったの。馬鹿じゃん。私'


私はもうあんなまずい料理を食べなくて済むと嬉しくて笑みが浮かぶ。


「お嬢様。とうとうイカれましたね。気持ち悪いです」


「アスター。事実だとしてもそうはっきり言うものではありません。例え事実でも」


私は二人の言葉にイラっとくるも、どうせこのあと私に対しての態度が変わる未来が簡単に想像できるので、そう思うと気分が良くなり心に余裕ができ許せる。


私は何も言わずただ微笑む。


そして調理場へと向かった。


「……」


「……」


二人は黙って見つめ合った。


不気味な笑みを向けられ、全身に鳥肌がたち怖くなったから。




「お嬢様。どうされましたか?」


料理人の一人が私に気づき声をかける。


「気にしないで。ちょっと場所借りるだけだから」


私がそう言うとその場にいた料理人達は顔を真っ青にする。


今度はここをめちゃくちゃにするのかと。


'本当に何をやったらこんな顔をされるわけ……'


ローズの記憶を引き継いでないのでこれまでのことは何も知らない。


小説にも書かれていなかったので知ることはできない。


知れば対処はできるが、知らなければ無理だ。


私はこの件は諦めて、これから名誉挽回するしかないと思った。


「あ、それと食料も少し使うわね」


私がそう言うと全員「あ〜。貴重な食料が」と絶対に無駄になると思い項垂れる。


私はそんな料理人達を無視して、今何の食料と調味料があるのかを確認する。



「……まぁ、この時代じゃこんなもんよね」


私は目の前の食材と調味料を見て乾いた笑い声が出る。


キャベツ、にんじん、じゃがいも、小麦粉、塩、醤油。


この家にはこれだけしかない。


冷蔵庫がないから生物を保管できないため、毎日調達するしかないとしてもあまりにもひどい。


ラブロマンの主要人物達とのあまりの差に泣きたくなる。


「泣き言言っても状況は変わんないし、とりあえず作りますか」


私は腕まくりをしてから手を洗う。


最初に野菜達を切って水で洗う。


切ったものを鍋に全部ぶち込み水を入れて火を入れ煮込む。


野菜達がとろとろになるまでの間に小麦粉と塩を使ってうどんの麺を作る。


まずボウルに水と塩を入れて溶けるまで混ぜる。


溶けたらその中に小麦粉を入れまた混ぜる。


生地が滑らかになり耳たぶの柔らかさになるまでこねる。


生地を取り出し20分寝かせる。


その間に野菜スープの方の味を整える。


と言ってもコンソメがないため醤油を入れるだけだが。


入れすぎないよう注意して、ドバドバと鍋に入れていく。


ある程度水の色が濃くなったら入れるのをやめ味見をする。


「……うん。普通」


この世界で口にした中では一番美味しいが、日本で食べていたものと比べるとまずい分類に入る。


飽食の時代に生まれ生きてきた私にとっては正直微妙だが、この世界の基準で言えば美味しい枠に確実に入る。


「さてと、そろそろ続きをやりますか」


時計がないのでわからないが、20分はもう経っただろうと判断しうどん作りを再開する。


いたを用意して生地をのせる。


本当は打ち粉か片栗粉があればいいんだけど、ないのでそのままやる。


かなりやりにくかったが、なんとか綿棒で3mmの厚さまで伸ばせた。


生地を三つ折りにして5mm程度の間隔で切っていく。


鍋に水を入れ沸かし、切った麺を入れ茹でていく。


10〜15分程度したらザルに入れる水で洗う。


ぬめりがなくなると水気をきる。


打ち粉を使わなかったので麺同士がところどころくっついている。


'まぁ、味は変わんないし。食べれば一緒か'


見た目はアレだが頑張った。


私は自分を褒める。


そこからお椀に野菜スープをいれその中に麺を入れれば完成だ。


野菜スープうどんの出来上がり!


「では早速いただきますか」


この世界には箸がないのでフォークとスプーンを使って食べる。


「うん。普通!」


可もなく不可もなくって感じの味だ。


だがあのゲロまず料理を食べないでいいと思うと、なぜか物凄く美味しく感じた。


私はあっという間に完食しおかわりをする。


二杯目を食べようとしたとき、すぐ近くに一人の料理人がいることに気づく。


私の料理に釘付けだ。


「食べたいの?」


「はい!あ、いえ……」


男は勢いよく返事したが、すぐに無礼を働いたと思いどんな罰を下されるのかと顔を青くする。


「なら、お椀を持ってきなさい」


「え……よろしいのですか?」


男の顔は一気に輝く。


「ええ」


「ありがとうございます!」


男は腰を直角に曲げる。


私は席を立ち男の持ってきたお椀に野菜スープとうどんを入れる。


「はい」


「お嬢様。ありがとうございます」


男は嬉しそうに受け取る。


今の私達のやり取りを見ていた者たち全員がこれでもかというくらい目を見開いた。


信じられなかった。


問題ばかり起こすローズが、貴族以外を馬鹿にして見下すローズが、たかが料理人のために料理を装うなど。


夢でもみているのか?


現実を受け止めきれず、そう疑ってしまう。


「では、いただきます」


「どうぞ」


男はまずフォークでうどんを食べる。


「っ!美味しい!お嬢様とても美味しいです!」


「そりゃあ、どうも」


男の反応を少し大袈裟だと感じるも、褒められるのは嬉しい。


私も食事の続きをする。


私達の様子を、特に男の様子を見ていた二人の主人公と料理人達は私が作った料理を食べてみたくなった。


暫く私達の食べる姿を黙って見ていたが、我慢できなくなった一人の料理人が自分にも食べさせてほしいと頼み、それを機に料理人達全員が食べさせてほしいと言った。


もちろん。私は快く承諾した。


ローズのイメージを払拭するために、全員にスープうどんを装った。


彼らは一口食べると感動したのか私、を称賛する言葉を言い始めた。


私は嬉しくなり主人公二人を見て「どうだ?」と言わんばかりに鼻でフッと笑う。


二人は私の表情を見て「あの顔、物凄く腹立つな」と殺意が湧いた。


暫く見つめ合っていたが、私はもう一度フッと笑い料理を指差して「あなた達も食べる?とっーても美味しいわよ」と表情とジェスチャーで語りかける。


二人は「さっきよりもムカつく顔だな」と思うも実際気になっていたので食べさせてもらおうと足を踏み出そうとしたそのとき、料理人の言葉を聞いて足を止める。


「お嬢様。とても美味しかったです。そのもしよければもう一杯だけ食べてもいいでしょうか」


「ええ。構わないわよ」


私が許可を出すと他の者たちもおかわりしたいと言う。


これ以上はいらないので許可を出したが、料理人達が全員おかわりしたので二人が食べる分がなくなった。


私はそのことに気づいた二人の呆然とした表情が面白くてつい吹き出してしまう。


'バトル主人公でもあんな表情するのね'


私は必死に笑い声を出さないよう気をつけるが面白すぎてお腹が痛くなる。


私が笑っていることに気づいた二人は目で殺せるくらいの視線を送ってくる。


'やばい。腹痛いわ〜。死ぬ!死ぬ!'


ここに料理人達ぎいなければ大声で笑い、机をバンバン叩いていた。


それくらい二人の顔は面白かった。

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