第5話 チャンス

「さてと、お腹も満たせたし本題に入りますか」


私は両手を上に上げ体を伸ばす。


「貴方達。全員こっちにきて並びなさい」


私は料理人達を呼ぶ。


二人は何をするんだと不審がり、料理人達は美味しいご飯を作ってくれた私に呼ばれ嬉しそうに近寄ってくる。


「貴方達。これからもこの程度の仕事しかできないなら全員クビよ」


私は笑顔で言う。


私の言葉を聞いた瞬間、全員の時が止まった。


さっきまでの穏やかな雰囲気から一変し重い空気が流れる。


「今から町に出かけてくる」みたいな話し方で怖いことを言われたと理解したとき、全員顔を真っ青にして体を震わした。


一番最初に我に返ったオリバーは「お嬢様。いきなり何を言ってるんですか?」と言う。


本当に頭がイカれた、と思いながら。


「何って当然でしょう。職務怠慢。給料泥棒なんだから」


私の方こそ逆にオリバーに聞きたかった。


何でこれでクビにならないのかを。


「厨房は清潔に保たれないといけない場所なのに、ここは不潔。こんなところで作った料理をこれからも食べ続けたら病気で死ぬわ」


さすがにこれには納得したのかオリバーは何も言い返さない。


その間に私は話しの続きを言う。


「そして何より最大の理由は、私の作った料理より下手だからよ。違う?」


私は二人に言ってから気づいた。


'あ!お前らは私の料理食べてなかったな'


と、つい「美味しい料理を食べれなくて可哀想だな」と馬鹿にしてしまう。


二人はイラっとくるも料理人達が私の料理を美味しいと言って食べていたのを思い出し何も言えなくなる。


私は勝った!とその勝利に嬉しくなる。


散々二人に馬鹿にされていたので、つい大人がもなく喜んでしまう。


「お嬢様。どうか、お願いします。何でもしますので解雇だけはお許しください」


料理長が土下座をして頼むと他の者たちも同じように土下座をして「何でもするので解雇だけはやめてください」と言う。


「その言葉に嘘偽りはないわね」


「はい!ありません!」


「そう。それは良かった」


私は料理人達の言葉にニヤけてしまう。


横からこのやり取りを見ていた二人は私の表情を見るなり「……悪魔だ。いや悪魔よりタチが悪い」と思った。


「では、貴方達の言葉を信じるためにもテストはしないとね」


「テストですか……?」


料理人達は一体何をやらされるんだと不安になる。


「ええ。そんなに身構えないで。簡単なことだから。ただ今日中にこの部屋を綺麗にすればいいだけだから。塵一つないようにね。わかってると思うけど、もしできなかったら……」


私はニッコリと笑いかけ途中で言うのをやめる。


料理人達はその続きの言葉が「クビ」と察し「必ずお嬢様のご期待にお応えします!」と言う。


「ええ。期待してるわ。頑張ってね」


私はそう言うと厨房から出ていく。


二人も私の後についてくるが、私の表情を見るなり見なれば良かったと後悔する。


何を企んでいるのか知らないが、絶対ロクでもないことだと察した。


二人はバレないようため息を吐くが急に私が後ろを振り返りビクッと体を揺らす。


「さてと次はあんた達に協力してもらうわよ。いいわね」


「……はい」


嫌だと言えるような雰囲気でなく二人は素直に返事をする。




「それで一体何をするつもりですか?」


アスターは本当に私がこの家のためにやってるのか、ただのいつもの悪ふざけなのか判断ができず混乱して苛立った口調で問いかけてしまう。


「そんなの決まってるわ。風呂を作るわ」


絶対に一日でも早く作って湯に浸かる。


もう耐えられない。


自分も周囲も臭いから最近は何も感じなくなったが、体は気持ち悪い。


このままでは間違いなく病気より早く心が病む。


「風呂ですか?なぜ?」


オリバーは風呂の必要性がわからない。


生まれてこの方一度も入ったことがないから。


それはオリバーに限らずこの国の9割以上がそうだ。


もちろん私が憑依したこの体の主も入ったことがない。


「いい?部屋を掃除しないと汚くなるのと一緒で体も洗わないと汚くなるの。どけだけ厨房を綺麗にしても、作る人間が汚かったら意味ないでしょう?」


逆も然り。


「だからね、つべこべ言わずあんた達は作ればいいのよ。わかった?」


途中まで怒った顔で最後だけは笑顔で言う。


そんな私の豹変に二人はある意味恐怖を感じた。


'このままこいつの指示に従ったらこの家は終わる'


そう思ったが、言っていることはわかるので今回だけ言う通りにして結果を見てから二人は判断することにした。


「……わかりました。では、何から始めればいいですか?」


オリバーの質問に私は待ってましたと言わんばかりにドヤ顔をする。


'ウザッ!'


二人の心の声が聞こえてきたが無視をして私は計画を話す。


「まず大前提として水を確保しないといけない。これに関しては私に考えがあるから心配しないで。明日アスターとサイギアードに行くからしばらくの間、この家のことよろしくね」


二人は私の言葉にそれぞれ言いたいことはあったが、さっき今回は言う通りにすると決めたばかりなので我慢して「わかりました」と返事をする。


「それでアスター。あなたは今から私に乗馬を教えてね。その前に風呂の作り方を教えるから、オリバーは騎士達に作るよう指示してきて」


「……はい。わかりました」






「私ってやっぱり天才ね」


馬に乗って5時間も経たない内に、ほぼ完璧にマスターした。


山も難なく走れた。


「馬がいいだけでは?」


アスターが横からしれっと馬鹿にする。


「はっ。私の才能が羨ましいからって嫉妬は見苦しいわよ」


私がそう言うとアスターは死んだ魚のような目をして見てきたと思ったら、そのあとにフッと鼻で笑った。


「チッ……」


私は顎を少しだけ上にあげて、見上げる形でアスターを睨む。


'クソったれ!絶対その鼻へし折ってやるからな!'


私は自身のプライドに火がつき、どんな手を使ってでも認めさせてやると決める。




その頃の訓練所。


オリバーは騎士達にローズの指示で風呂を作ることになったから言う通りに動けと命じていた。


騎士達は「また問題を起こす気か」とうんざりするも、今この屋敷にいるスカーレット家はローズだけなので大人しく従う。


男爵夫婦が皇宮パーティーのため二週間前に家を出た。


ここから皇宮まで一カ月はかかる。


帰ってくるまであと一カ月半ある。


騎士達は絶望に近い感情を抱きながらローズの指示に従うも、どうしてもやる気が出ない。


そのせいで作業は思った以上に進まない。


オリバーは焦っていた。


そろそろ二人が帰ってくる。


ローズはきっとここにくると確信していた。


もしこの作業の進み具合を見たら、さっきの料理人達にしたようにクビっていうかもしれないと嫌な予感がしていた。


オリバーが一人頭を抱えていると、悪魔の声が聞こえてきて悲鳴をあげそうになる。


「オリバー。どう?順調?」


「……」


オリバーは思った。


終わったと。


「おーい。オリバー?」


私は急に固まったオリバーの顔の前で手を振る。


だが反応はない。


仕方ない。置いていこう。


私はオリバーを無視して騎士達が作業している場所へと向かい進行状況を確認する。


「は……?」

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