第51話 魔

 黒の燕尾服のようなものを身に纏った長身の男。見覚えはない。学園の生徒ではなさそうだ。


「お見事。スィッフハンター見習い諸君」


 彼は手袋をはめた手でぱたぱたと拍手をしている。にっこりと笑っているけれど、絶対に緊張を解いてはいけないのがわかった。


「お前は一体……?」


「私はシー。魔族だよ」


 ドッと心臓が大きく鳴った。魔族。初めて見た。見た目は人間そのものに見える。しかしそれは擬態した姿なのだろう。まさか彼がこの空間を攻撃していたのだろうか。


「魔族がどうしてここにいる!」


 ユグナが大声で吠えた。「おっと、威勢のいい子だねぇ」と肩をすくめて彼は僕らをおもしろそうに眺めている。ユグナは目を見開き体を震わせていた。彼にそれほどの反応をさせるのだから、恐ろしいものなのだろう。


「ちょっとした目的があってね。この試験をジャックさせてもらったのさ」

「ジャック……?」


 学園側からの通信は早々に途切れ、制御装置が効かずに魔物は暴走。そして出入り口の封鎖。トラブル続きの最終試験だったけれど魔族の仕業だったとは。


「それで、その目的とはなんだ?」

「まあまあそう怖がらずに。君たちのチームを捉えたくてね。まずは君。悪魔の子供ちゃんに交渉を」


 交渉? と疑問に思う前に、魔族はポリトナのすぐ前に移動していた。早くて見えず、間に入ることができない。


「っ!」

「君はいずれ魔族となる。それは別にタイミングが早まっても問題はないな?」

「ちょっと待て、何を言ってーー」


 僕が彼らの話に割って入ろうとした瞬間、僕の体は飛ばされていた。大きな衝撃と背中に激痛が走る。どこかにぶつかったらしい。途切れ途切れに僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「うるさい。今私はこの子と話をしているんだ」

「サテ!!!」


 いつの間に駆け寄ってくれたのか、ユグナとメロネが僕に回復魔法をかけている。二人がかりで治療する判断をされたのなら、今の一撃で結構深傷を負ってしまったのだろう。狭い視界で様子を伺うと、アウィーロがポリトナの近くにいてくれているようだった。


「この瞬間に魔族となることを考えてはくれないだろうか?」

「なんで……」

「魔族側にも事情があるんでね。君を早々に取り込みたいのさ。来てくれるならすぐにでも望みを叶えよう。育ててくれた村を早く救わなきゃいけないんだろう?」


 にいっと気持ち悪い笑顔を彼はポリトナに近づけた。彼女は震えている。

「だ……めだ」

「サテ、動くな。傷が塞がらなくなる」


 起き上がりかけた体をユグナに制される。なぜこんなに彼は落ち着いているのか。メロネも何も言わない。もうしかして先程の魔族の攻撃を見て、圧倒的な力の差を悟ったからだろうか。アウィーロも睨んではいるものの攻撃をする様子はない。


「そうかもしれない。でもボクは、お前の言う通りにはしない!」

「……それはなぜ?」

「ボクは……この仲間と最終試験を合格して卒業する。心を持って村を救うって約束したから……!」


 ポリトナが大声でそう答える。その目と声色から固い意志が見えた。僕は嬉しくなって、また体を起こそうとする。もう少しだからとメロネに抑えられた。動こうとした時に激痛が走ったので、確かに無理は良くないなと体を戻す。


「人間と過ごしすぎたようだな。交渉は失敗っと」

 全く声色を変えず、シーと名乗った魔族は言い放った。


「よし、もう大丈夫だ。痛みは?」

「おかげさまで」


 ユグナの手が体から退いて、僕は体を起こす。痛みや怠さはほとんどはない。ほぼ全回復をしてもらったようだ。


「じゃあ君は諦めて次だ」


 案外諦めが早いのかと彼を見る。いや違う。交渉なんて元々する気がなかったような顔だ。一体何を考えているのかわからない。しかし圧倒的な力の差があるのは確か。迂闊に手は出せない。シーは今度は僕らの目の前に立っている。


「力持ちのお嬢さん? 私と一緒にこの場にいる人たちと戦ってくれませんか? 最終的に魔族になれなんて言わないから」


「なっ!? 私はそんなことはしません……!」



 彼女の拒絶の声を聞いても、魔族はその笑みを絶やさない。その顔のまま、弧を描いた口を開いた。


「君の望みを叶えてあげると言っても?」


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