第30話 恋のキューピット気分

「それで、改めてご用件を聞いても?」


 ユグナに憧れて近づいてきた女の子は、ぎゅっと手を握っていた。

「は、はいっ! えっとえっと……。すみません、ちょっと緊張しちゃって」

「ゆっくりでいいよ。時間はあるから」


 言葉が出てこないようだったので、まずは名前を聞いてみることにした。新入生のリーフちゃんというらしい。色素が薄くて控えめで、ぷるぷる震えているから小動物っぽい。小さな顔の横に大きな三つ編みが揺れ、顔にはそれまた大きな丸い眼鏡が乗っかっている。

 人見知りと恥ずかしがり屋のダブルコンボのようで、声も上擦っていた、でもいろいろ話すうちに緊張は解れてきて、だんだん彼女のことも話してくれるようになった。彼女曰く一目惚れだったらしく、入学してから第三の選択肢を追い続けてやっとメンバーの僕に辿り着いたという。


「あとはその……魔法発現されたと聞いたので……属性もお聞きしたいです!」

 彼女はDクラスの生徒のようで、同じ属性の魔法を利用したいらしい。何とも可愛らしい話だ。

 僕はユグナが魔法発現した時の様子を思い出す。中央コロシアムが炎の海になりかけたあの惨事を脳裏に浮かべて身震いした。あの時は自分で貼ったシールドの直ぐ先に大きな炎があり、身の危険を感じていたから。


「属性は炎だったよ。発現した時は炎の柱が何本も立ってね。すごい迫力だったな」


 話をすると、彼女は興奮した様子で聞き入ってくれていた。自分の話じゃないのにすごく褒められていい気分になってしまう。ダメだダメだ。これはユグナの話なんだぞと自らに言い聞かせた。


「その……やっぱり今から一年生と組み直すなんてこと、考えてはいただけないですよね……?」

 ある程度話をして話題が途切れたタイミングで、申し訳なさそうに彼女は問いかけてくる。僕も申し訳ない気持ちになって彼女の問いに頷いた。僕はユグナの事情を知っている。

 彼はずっと育ててくれた乳母を追って、一日でも早くギドルヴァーグに行かなければならないから、今から彼女と組むということはどれだけ頼まれてもしないだろう。それにユグナはなんだかんだ僕たちのことを気に入っていて、離れたくないと思ってくれいるはずだ。自分で言うのもなんだけど。

「それは難しいかな。……卒業を急いでいるから、今のチームから離れることはないよ」

 そうですよね、と言いながら彼女は下を向いてしまった。しまった、ストレートに答えすぎたかとフォローの言葉を探す。慌てて口を開いた。

「こ、これから一年は同じ学園にいるんだしさ、その後卒業してスィッフハンターになったらギドルヴァーグで会ったらいいよ。そしたらまたーー」


「サテ。こんなところで何やってるんだ?」

「あ、ユグナ」


 なんと話題の中心だったユグナが現れる。彼も第三理科室へ向かうところだったのだろう。ちょうど良かったとリーフちゃんがいたところに目線を戻す……が彼女の姿がなかった。


「あれ? たった今までここに一年生がいたんだけど。ユグナのファンだって子が」

「一年生の子なら俺が来た瞬間に走り去っていったが」

「やっぱ本物に会うのはまだ早いかぁ〜。ユグナは直視するにはかっこ良すぎるもんな」


 そう言ってぽんっと彼の肩を叩くと面倒臭そうな視線がこちらに向く。

「なに意味のわからない冗談を言っているんだ」

「あれ、本当のことなんだけどな」


 僕に声をかけてきたことから、きっと本人への直接のアクションは勇気が出なかったのだろう。それでも好きな相手の情報を知りたくて頑張った彼女のことを思うと、僕はその小さな恋を無性に応援したくなった。第三理科室に向かいながらにやけていると、怪訝そうな顔でユグナに見られてしまった。

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