第29話 小さな憧れ
「あらぁ? 授業のお邪魔だったかしら?」
「いいや。今終わったところだ。授業ってほど立派なもんじゃないけどな」
現れたのは女性的な口調の男子生徒で、キイルの幼馴染だという。Bクラスに所属していて、確か名前はイービスくん。キイルとはチームが違うらしいが、授業終わりにはこうして行動を共にしていた。同じ志を持って入学した仲間なのだろう。何とも羨ましい。そんな存在は僕にはいないから。
「この後はチームの集まりか?」
「うん」
「そうか、頑張れよ魔法使い。じゃあな」
「じゃあね、“ずるいカエル”ちゃん♡ もう同じ手には乗らないわよ」
ぞくっと背筋が凍った。そう。イービスくんは、僕らがカエル型の飛び道具という狡い手を使って勝ったチームに所属していた。彼自身もカエルが苦手で、前の戦いでは早々にダウンしていたのを覚えている。
その節は本当にすまないと思っているけど、和解への道は遠そうだ。一年の最後のバトル試験での戦いの功績は耳に入っているだろうが、彼らと直接戦ったわけではない。二年生に上がったことでこれからはバトル試験が主になってくる。見返す機会は逃さないようにしなければならない。
「こ、今後の試合は全部期待してもらっていい。もう、あんなことはしないよ」
そういえば彼は振り返らずに手をひらひらとあげて去っていった。大丈夫、次は正々堂々と戦える。彼らが教室を出て行ったのを見て、僕も荷物をまとめて教室を出た。これから……と言っても少し時間を空けてから、第三理科室でチームの集まりがある。
ポリトナは購買に行くとかで先に行ってしまったので、僕は一人で歩いていた。先に第三理科室で待っていよう。時間があるから仮眠を取ってもいいな。
「あの」
十一号館のから出たところで小さな声に呼び止められる。普通にしていたら聞き逃しそうなほどの声量だ。僕じゃなきゃ見逃していたね、なんて心で呟きながら周りを見る。しかし声の主は見当たらない。もうしかして僕に向けた声じゃなかったのだろうか?
「あの、先輩」
また声がする。僕は足を止めてもう一度辺りを見渡した。すると十一号館の掲示板の裏からひょこっとこちらを覗き込む小さな体。随分と小柄な女子生徒だ。見覚えもないし、着ている制服がとても綺麗だからおそらく一年生だろう。彼女の視線はがっつり僕に向いていて、やはり声をかけられていたことがわかった。
「ええっと、僕に何か用かな? もうしかして道に迷ったとか?」
わかるよその気持ち。この学園は広すぎる!!! と叫びたくなった日は僕だって何度もあったから。そう思っていたけど彼女の反応があまりにも薄くて、僕は自分が的外れな予想をしているのを自覚した。道に迷ったわけではないとすれば何の用だろう? ユグナのファンとか?
これまでもそういった類の声かけはあった。リコエシャール家というものは結構有名な家らしく、ユグナに憧れる人は多い。家柄もさることながら成績はAクラスとDクラスの両方でトップ。今では魔法もうまく使いこなす彼がカッコよく見えないわけがない。近くにいる僕すらも見飽きないくらいだ。
「いえ……あの、その……入学する前からずっと憧れていて」
そうだろう、そうだろう、と僕は頷いて彼女の目線に合うように屈んだ。入学して間もない生徒から好意を寄せられるなんて、とんでもない男だと改めてユグナの凄さを思い知る。彼がモテることに嫉妬するのは随分前に止めいているのでもう何とも思わなかった。今となっては程よい協力者として僕はモブの役割をきちんと果たしている。
「知りたいことがあったら言って。答えられる範囲で答えるし、俺ができることなら協力するから」
「あっ、ありがとうございます!!」
彼女は勢いよくお辞儀をする。その角度がすごくて思わず笑みがこぼれてしまった。彼女は恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている。恥ずかしさを紛らわせてあげようともう一度彼女に聞き直す。
「それで、改めてご用件を聞いても?」
そう言えば、彼女は緊張したように肩を振るわせた。
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