第5章 バトル試験トーナメント
第28話 スィッフハンターの罪
ふあぁ、とあくびが半分ほど漏れて、僕はすぐに口を押さえた。大丈夫、先生には見られていなかったようだ。学園での生活は春休みで鈍った体を労ってはくれない。授業の内容もあまり耳に入ってこないままノートの上でペンを踊らせる。
入学してから一年が経過した。僕たちは二年生に上がったわけだが、特に生活に変化はない。学園が新入生を迎えたからといって、急に先輩になった自覚が芽生えるもんでもないだろう。
「なあ、サテ」
「ん? どうした?」
授業が終わって名前を呼ばれて後ろを振り返ると、後ろの席のキイルがダンベルを持ち上げながら話しかけてきていた。席替えがないので彼とは随分と仲良くさせてもらっている。この男は本当に筋トレが好きだなぁと手元を眺めていると、そのガタイに似合わない小さな声で話を続けてきた。
「聞いたかよ、新入生の噂」
噂? 何のことだろう。噂と聞いて思い当たることがあるとすれば、春休み中に何人か生徒が逃亡して学園を辞めていることくらいだ。見回すと、このクラスの生徒もずいぶん減っている。卒業できる生徒が少ないとは聞いていたがこれほど離脱するとは思っていなかった。しかしこれは彼の言う噂とやらではないだろう。僕は首を横に振った。
「僕は多分聞いてない。何かあったの?」
「じつはな」
彼は僕の方に身を乗り出してさらに声を顰める。しかし日頃からの腹式呼吸の賜物か、顰めた声すらでかい。内緒の話は不向きな奴だ。
「この学園にギドルヴァーグから引き戻されたスィッフハンターがいるらしいんだ」
「引き戻された……ってどういうこと?」
おいおい、そんなことも知らないのか。困ったなぁみたいなため息が返ってきた。知らなくて悪かったなと彼を睨めば、しょうがないといった表情で口を開く。なんだかんだキイルは面倒見が良く、聞いたら丁寧に教えてくれる。いつもありがとうな、キイルとお礼を言うと照れながらキレ散らかすので、今は心の声に留めておくことにした。
「卒業してスィッフ探索中に何かしらの違反をして、学園からやり直させれてるってことさ。それを一般的には”引き戻される”って言い方をする」
「へぇ。じゃあその引き戻されたスィッフハンターが新入生にいるってこと?」
「らしいな。オレはそう聞いた」
暫しの沈黙。彼は何か言いたげに僕を見ている。
「だから何だって顔だな」
「よく分かったね、君ってエスパー?」
そう。彼の言う通り、僕の頭にはだから何だ? と疑問符が飛んでいた。違反をしたから決められた償いをすることに何か噂が立つようなことがあるのだろうか?
「エスパーではないが……しょうがない。ここまで話したんだ、責任持って説明する」
「ありがとう。よろしく頼んだ」
キイルはダンベルを机に置いてノートを取り出した。彼はよく図を書いて説明してくれる。マッチョの癖に字も綺麗で絵も上手い。おまけに説明も上手い。
彼が本気でスィッフを探したいと思っているのを知っているので言ったことはないが、将来は先生になったらいいのにと心の中で思っていた。
「まず、この学園を卒業したらスィッフハンターになれる。そしてスィッフユニオンからチームで探索に出かける」
「うんうん」
彼はノートに三つの四角を描いた。その四角の中に大・中・小と書き足す。そしてそのうち大と中を丸で囲った。
「仕事というものはすべてそうだが、スィッフハンターにもやってはいけない違反がある。違反には大きく三つのレベルがある。より罪の重い方から大・中・小だ。そのうち、大・中を犯した時に適用される罰がスィッフハンターの資格剥奪。そうなったらまた教育課程を経て資格を取り直すしかない」
「つまり学園に引き戻された生徒は、スィッフハンターの資格を失うほど悪いことをしたってこと?」
「そういうことだ。何をしたかは知らないが、仲間の命の危機を平気で見捨てるなんてことでもしない限り、そうはならない。そんなやつと共に学ぶ、ましてやチームを組むなんてことになったら……と、みんな敏感になっているのさ。卒業のために一年待つ奴もいる。みんな夢を壊されたくなくて必死なんだよ」
「そういうことか」
だから噂になっているのかとやっと理解できた。この学園で一年過ごしたからわかる。クラスやチームの環境はかなり大事だ。特にチームメンバーと影響し合い、僕はここまで何とかなってる。違反を犯したというマイナスイメージからくる不審。たった一人で疑いを払拭するのは苦労するだろう。
「理解はできたようだな」
「うん。ありがとう」
彼がノートを閉じていると机に影が差した。影の正体を知るために僕らは顔を上げる。入学してから数度目にした顔がそこにはあった。
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