第19話 魔物

 自分の震えた息が耳に届く。目が離せず、動くこともできない。


「魔物……? でも何故ここに……」


 ユグナが呆然とそう呟いた。それを聞いてやっとこの竜が魔物であると知る。ただそこに存在するだけでこちらを圧迫する迫力。既に勝てないと悟っていた。


 誰も動けない。想像もしていない魔物との遭遇は、僕らの思考を停止させるには十分だった。今僕らがいる魔法空間バーディは探索初心者向けの場所で、魔物が出ないはずなのだから。魔物が出るのはグレードがひとつ上の魔法空間からだ。


「っ!」


 ユグナが息を飲む。魔物が吠えて地響きと共に、周りの木々が大きく揺れ動いた。


「全員陣形を崩すな! どうにかして切り抜けるぞ!」


 そう叫んだユグナはカプセルから大剣を取り出して魔物に切り掛かった。さすがリーダー。冷静になるまでが人より早い。それを見て僕らもやっと息を吸い、自分のポジションへ移動する。キン、と音を立ててユグナの大剣と竜の爪がぶつかり合った。


「うわっ!」


 そのままユグナは弾き飛ばされて、僕の目の前に着地した。一瞬で構えの姿勢に入って隙を見せないようにしている。あんな魔物相手によくできるなと他人事のような気持ちが浮かんでいた。そう考えながらも僕はポケットから目眩しの魔道具を取り出す。あとは合図を待つだけだ。

 しかしまずい。今日の試合でほとんど使用済みで、残りは手元に僅かしかない。


「サテ!」

「わかった!」


 ユグナの前に出て僕は魔道具を竜の目の前に投げた。しかしそれは魔法発動の前に伸びてきた大きな手に握りつぶされてしまう。


「えっ!?」

「下がれ!!!」


 竜の目線が僕に向いた。ああ、まずい。すぐに後ろに引けない。竜の手が振り下ろされて、ユグナが剣でそれを受け止めた。


「た、たすかった……」

「立て直すぞ。……魔道具は今ので最後か?」

「あと一つ、ある」


 後ろに下がりながらそう答えると、ユグナの額から汗が垂れるのが見えた。状況がどんどんまずい方向になっているのがわかる。


「ぐっ!!」


 僕が下がり切る前にユグナがさらに後方へ飛ばされてしまった。それと入れ替わるようにアウィーロが弓を放ち、その合間を縫ってメロネが魔物に接近する。大きな声をあげてハンマーを振り上げていた。


「さ、サテ……どうしよう僕ら、何かしないと……」

 少し後ろでポリトナが震えた声を出した。力になりたい。でも手持ちの短剣で勝てないのは十分過ぎるほど分かる。


「ポリトナ、剣を貸して」

「えっ」


 僕はポリトナの手から剣をひったくった。勢いよく投げれば加勢はできるかもしれない。一度しか使えない手にはなるけれど。


「きゃあああっ!!」

「メロネっ!」


 僕らが話す間にも状況は動き、ハンマーごとメロネが吹き飛ばされる。メロネの攻撃の重量を持ってしても簡単に飛ばされてしまうらしい。アウィーロが彼女の手を引いて立たせ、すぐに後ろに下がった。


「やはり支給の剣じゃ歯が立たないな……」

「弓も、当たったところで効いていない」


 起き上がったユグナがよろよろとこちらに歩いてきた。その言葉にアウィーロが頷く。逃げようにも竜の目線はこちらを向いていて、背中を見せられない。僕は一歩前に出て左右の手それぞれに短剣を持つ。


「これを投げてみる。もし隙ができたら逃げよう」

「……わかった」


 狙いを定め、相手に集中する。その場に留まっている時間が長いほど狙われやすいのはわかっていた。だからここは一気に決めなくてはならない。


「っ!!」


 僕は勢いよく短剣を竜に投げた。狙いは悪くない。竜の目を目掛けて短剣は真っ直ぐに飛んでいく。ダーツの類は得意だったけどまさかこんなところで活きるとは思わなかった。


「そんなっ!」


 しかしその剣は先ほどの魔道具のように爪で簡単に弾かれてしまう。カラン、と短剣が落ちる音だけが虚しく響く。しくじった。大きな爪がこちらを向いていた。


 ……潰される。

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